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無実の証明
しおりを挟む「遅くなって申し訳ない。執務が少々立て込んでいたもので」
王太子ローハンが茶会の席に現れた事で、側妃レアが招いた王子全員が揃った。
「構いませんわ。ローハンさまは次の王になられるお方、こちらこそお忙しい中、お茶の席などに呼び立ててしまい、申し訳ありませんでした」
レアは優雅に笑うと、背後に立つ使用人たちに手で合図を送る。
「実は、とても希少な茶葉を献上品で貰いましたの。それでせっかくだから、皆でそのお味を楽しもうかと思いつきましたのよ? ほら、ハインリヒ。茶葉を持ってらっしゃい」
「は、はい」
10代後半の青年が、ゆっくりと進み出る。両手で盆を持ち、その上には茶葉を入れた陶器の入れ物があった。
「彼は伯爵家の三男なのですが、領地で採れる茶葉が非常に美味だとか。わたくしが飲んでみたいと言ったら、是非にと献上してくれましたの」
「ほう、そうですか。もしやその有名な茶葉とはシャスラですかな?」
「あら、どうだったかしら、ハインリヒ。そのお茶の名は、それで合っている?」
「・・・はい。我が領地が誇る茶、シャスラの初摘みにございます」
「ああ、やはり」
王太子ローハンが興味深げに問うと、父親が献上したというハインリヒが控え目に頷いた。
王子たちが勢揃いしているせいか、ハインリヒの手は微かに震えている。
「随分と緊張している様だ。大丈夫か? 他の者に頼んだ方が良いのでは?」
「あら、それはいけませんわ」
第3王子レクターが顔色の悪いハインリヒを心配して提案するも、レアはころころと笑って断りを入れる。
この茶葉は非常に扱いがデリケートで、ひとつ手順を間違えると、味が損なわれてしまうと言う。
「ここでこの茶葉の扱いを一番良く知っているのはハインリヒですもの。
ねえ、ハインリヒ、そうでしょう? わたくしのお茶会の成否があなたにかかっているのよ。変に緊張して失敗したりしないで頂戴ね?」
「・・・はい」
皆の視線がハインリヒの手元に集まる中、茶葉が温めたティーポットの中に入れられ、湯が注がれる。
ユスターシュは、その大きな目を更に大きくして、その様子を見つめていた。
ハインリヒがティーポットを手にして、王子たちが座るテーブルへと近づいて来る。
ユスターシュはまず3番目の兄を見上げ、それから1番目の兄を見た。
そのどちらもが弟に頷いてみせた時、「あ」と小さな呟きが聞こえた。
それに続いたのは、器の割れる音。
「・・・ハインリヒッ! あなた、何をやっているのっ!」
茶会が開かれた場所は王城の庭園。
割れたティーポットから溢れ出たシャスラ茶は、あっという間に地面に吸い込まれていった。
「・・・申し訳、ありませ」
「・・・お前は、お茶一つ真面に淹れられないの?」
「も、申し訳・・・」
「直ぐに新しいお茶を用意しなさい・・・次に失敗したら許さないわよ」
「・・・畏まりました」
レアの命令で新しいティーポットが用意され、再びハインリヒがお茶の用意をする。
「今度は落としたりしないよう気をつけるのよ?」
「・・・はい、側妃さま」
王太子ローハンと第3王子レクター、そしてユスターシュ以外の4人の王子たちは、場を支配する妙な空気に戸惑っているのが分かる。
王族の前で茶器を落とすなど、そんな粗相をした者にもう一度茶を淹れさせようと言うのだ。他に何名もの侍女や侍従が側にいるにも関わらず。
体調が優れず、直前まで休んでいた第4王子ダレルが実兄2人に視線を送った。訳知り顔の2人を見て、どうやら蚊帳の外に置かれたと思ったらしい。目つきがちょっと拗ねていた。
ユスターシュはそっとダレルの服の裾を引く。
そして兄に向かって、指を口元に当てて見せた。
ダレルがそれに目を瞠ったのとほぼ同時に、茶を注ぎ終えたハインリヒの声がした。
「御前、失礼します」
皆の視線がその声の主に集まった瞬間。
ハインリヒは、王太子が飲む筈だったカップを手に取り、それを自分の口元へと持っていく。
「な・・・っ、ハインリヒ?」
側妃の驚いた声。
それも当然だ。
ハインリヒは、そのままローハンのお茶を一気に呷ったのだから。
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