22 / 116
初めての贈りもの
しおりを挟む
アユールは、解除魔法を自らに施すため、家の外に出た。
足取りは少々危なげではあったが。
それでも、スプーンひとつ持てなかった時のことを考えれば、ずいぶんと回復したことになるのだろう。
アユールは少し拓けた場所まで行き、その中央に立つ。
そして、期待で目を輝かせているサーヤたちに向かって、自信たっぷりにこう言った。
「滅多に見られないものだからな。よーく見てろよ」
クルテルがアユールに何かを手渡す。
それを重ねた両掌の上に乗せ、そのまま目線の高さまで腕を上げた。
あれは・・・石?
何で石なんか乗せたのかな。
そして、アユールは小声で何か呟きはじめた。
・・・瞬間、アユールの全身が光る。
眩しい。
あまりの眩しさに、思わず、目をぎゅっと瞑る。
それから、恐る恐る目を開けると。
アユールの体からは光はすでに消えていて。
でも、アユールの周りの空気が少し揺らいでいる。
なぜだろう、全身をまとうように、空気がゆらゆらと、生き物のように揺らめいているのだ。
射しこむ太陽の光が、アユールの周りで揺らめく空気の層に反射して、そこだけキラキラ光っている。
わぁ、・・・きれい。
そう思ったとき。
アユールの足元から頭にかけて、ぶわりと風が吹き上げて。
光も揺れる空気も、消えてなくなった。
・・・終わった、のかな?
遠目に見ていると、アユールは天を見上げて、大きく息を吐いて。
よほど力を消耗したのか、その場に膝をついた。
「師匠、大丈夫ですか?」
クルテルが、アユールの元へ駆け寄る。
続いてサーヤとレーナも。
「・・・解除魔法ひとつで、こんなに疲れるとはな。こりゃあ、全部解くまで、まだかかりそうだ」
「月光石で増幅させてもダメでしたか」
「いや、助かった。・・・まぁ、とにかく、これで一つ解除できたから、体も前より楽になるし、回復も早まるはずだ。・・・って、なに見てんだ、サーヤ?」
見ると、アユールの脇にしゃがんで、足元に転がる砕けた石の欠片を珍しそうに眺めている。
「ああ、それは月光石だ」
げっこうせき?
初めて聞く名前に、首をこてん、と傾げる。
「魔力を増幅させる作用があるんだ。手に持つだけで効果が出るから、手っ取り早く力を増強させたいときとかに便利な代物でな」
ふーん、増幅するんだ。
名前もきれいだけど、色もとってもきれい。
それもそのはずで。
石といっても、これは宝石の一種なのだ。
表面はつるっと滑らかで、美しい乳白色をしている。
「ああ、そういえば、そういう石を、宮廷魔法使いたちがいつも持ち歩いてたわ」
「自分の魔力を消耗せずに、増幅を図れるからな。大抵の魔法使いは、持ち歩いてるはずだ」
欠片を手に持って、うっとりと眺めているサーヤは、よほど月光石が気に入ったようで。
その時、黒の森から出たことのないこの少女にとって、目の前できらきら光る月光石の欠片が、初めて目にする宝石だということに、アユールは気がついて。
綺麗なドレスも、輝く宝石も、豪勢な住まいも、可愛い靴も、・・・本当だったら、一国の姫として当たり前に享受できたはずの物すべてを、手にしたことはおろか、目にしたこともないのだと、そう思って。
あの城でシリルと顏を会わせながら暮らすより、ここで母娘ふたり、静かに暮らす方が幾万倍も勝っていると、よくわかってはいても。
こういうところは、やっぱり、女の子だな。
クルテルの持っていた袋を、ひょいと取って。
中を、がさごそと漁ると、アユールはそこから一番大きな月光石を取り出した。
軽く握って少しの魔力を込める。
どうか、この子が幸せになりますように、と。
平安と幸福を願って。
「・・・ほら」
そう言って、石をサーヤの手に乗せた。
きれいに整った楕円形で、さっきの石より一回り大きい。
え? いいの?
アユールの顔を見る。
でも、なぜか、すいっと逸らされてしまって。
それで、次に、にこにこしているクルテルの顔を見て。
それからレーナの顔を見た。
「綺麗ね」
母の声に、こくりと頷く。
「宝石を初めて貰ったね。・・・ふふ、そうよね。サーヤも女の子だものね」
なんだか恥ずかしい。
でも、・・・すごく嬉しい。
横目で、ちらちら様子を伺っているアユールに、ぺこりと頭を下げてから、にっこりと微笑んだ。
どうか、気持ちが伝わりますように、と。
それきり、目も合わせてくれないけど、きっとこの気持ちはアユールにも伝わったと思う。
家に戻ると、サーヤは早速、布で小さな袋をこしらえた。
もらった月光石をその袋に入れて、紐を通して首から下げて。
お風呂のとき以外は、ずっと身につけていた。
初めてもらった綺麗な綺麗な石で。
大好きな人からの贈り物。
だから。
なんだかいい事が起こりそうな、そんな気がした。
それが当たったのか、当たらなかったのか。
その日の夜、サーヤは、アユールの夢を見た。
足取りは少々危なげではあったが。
それでも、スプーンひとつ持てなかった時のことを考えれば、ずいぶんと回復したことになるのだろう。
アユールは少し拓けた場所まで行き、その中央に立つ。
そして、期待で目を輝かせているサーヤたちに向かって、自信たっぷりにこう言った。
「滅多に見られないものだからな。よーく見てろよ」
クルテルがアユールに何かを手渡す。
それを重ねた両掌の上に乗せ、そのまま目線の高さまで腕を上げた。
あれは・・・石?
何で石なんか乗せたのかな。
そして、アユールは小声で何か呟きはじめた。
・・・瞬間、アユールの全身が光る。
眩しい。
あまりの眩しさに、思わず、目をぎゅっと瞑る。
それから、恐る恐る目を開けると。
アユールの体からは光はすでに消えていて。
でも、アユールの周りの空気が少し揺らいでいる。
なぜだろう、全身をまとうように、空気がゆらゆらと、生き物のように揺らめいているのだ。
射しこむ太陽の光が、アユールの周りで揺らめく空気の層に反射して、そこだけキラキラ光っている。
わぁ、・・・きれい。
そう思ったとき。
アユールの足元から頭にかけて、ぶわりと風が吹き上げて。
光も揺れる空気も、消えてなくなった。
・・・終わった、のかな?
遠目に見ていると、アユールは天を見上げて、大きく息を吐いて。
よほど力を消耗したのか、その場に膝をついた。
「師匠、大丈夫ですか?」
クルテルが、アユールの元へ駆け寄る。
続いてサーヤとレーナも。
「・・・解除魔法ひとつで、こんなに疲れるとはな。こりゃあ、全部解くまで、まだかかりそうだ」
「月光石で増幅させてもダメでしたか」
「いや、助かった。・・・まぁ、とにかく、これで一つ解除できたから、体も前より楽になるし、回復も早まるはずだ。・・・って、なに見てんだ、サーヤ?」
見ると、アユールの脇にしゃがんで、足元に転がる砕けた石の欠片を珍しそうに眺めている。
「ああ、それは月光石だ」
げっこうせき?
初めて聞く名前に、首をこてん、と傾げる。
「魔力を増幅させる作用があるんだ。手に持つだけで効果が出るから、手っ取り早く力を増強させたいときとかに便利な代物でな」
ふーん、増幅するんだ。
名前もきれいだけど、色もとってもきれい。
それもそのはずで。
石といっても、これは宝石の一種なのだ。
表面はつるっと滑らかで、美しい乳白色をしている。
「ああ、そういえば、そういう石を、宮廷魔法使いたちがいつも持ち歩いてたわ」
「自分の魔力を消耗せずに、増幅を図れるからな。大抵の魔法使いは、持ち歩いてるはずだ」
欠片を手に持って、うっとりと眺めているサーヤは、よほど月光石が気に入ったようで。
その時、黒の森から出たことのないこの少女にとって、目の前できらきら光る月光石の欠片が、初めて目にする宝石だということに、アユールは気がついて。
綺麗なドレスも、輝く宝石も、豪勢な住まいも、可愛い靴も、・・・本当だったら、一国の姫として当たり前に享受できたはずの物すべてを、手にしたことはおろか、目にしたこともないのだと、そう思って。
あの城でシリルと顏を会わせながら暮らすより、ここで母娘ふたり、静かに暮らす方が幾万倍も勝っていると、よくわかってはいても。
こういうところは、やっぱり、女の子だな。
クルテルの持っていた袋を、ひょいと取って。
中を、がさごそと漁ると、アユールはそこから一番大きな月光石を取り出した。
軽く握って少しの魔力を込める。
どうか、この子が幸せになりますように、と。
平安と幸福を願って。
「・・・ほら」
そう言って、石をサーヤの手に乗せた。
きれいに整った楕円形で、さっきの石より一回り大きい。
え? いいの?
アユールの顔を見る。
でも、なぜか、すいっと逸らされてしまって。
それで、次に、にこにこしているクルテルの顔を見て。
それからレーナの顔を見た。
「綺麗ね」
母の声に、こくりと頷く。
「宝石を初めて貰ったね。・・・ふふ、そうよね。サーヤも女の子だものね」
なんだか恥ずかしい。
でも、・・・すごく嬉しい。
横目で、ちらちら様子を伺っているアユールに、ぺこりと頭を下げてから、にっこりと微笑んだ。
どうか、気持ちが伝わりますように、と。
それきり、目も合わせてくれないけど、きっとこの気持ちはアユールにも伝わったと思う。
家に戻ると、サーヤは早速、布で小さな袋をこしらえた。
もらった月光石をその袋に入れて、紐を通して首から下げて。
お風呂のとき以外は、ずっと身につけていた。
初めてもらった綺麗な綺麗な石で。
大好きな人からの贈り物。
だから。
なんだかいい事が起こりそうな、そんな気がした。
それが当たったのか、当たらなかったのか。
その日の夜、サーヤは、アユールの夢を見た。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
312
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる