蓮華

鎌目 秋摩

文字の大きさ
上 下
246 / 675
待ち受けるもの

第24話 追走 ~マドル 7~

しおりを挟む
「この国はリュに任せるわ。知った顔が上陸してくるようだしねぇ。それに、その相手にはどうやら誰かが術を施している跡があるようでね。リュの術は実に良く効くらしいんだよ」

 マドルは目もとが引きつった。
 含み笑いを漏らしたジェがさらに続ける。

「あちらさんも、かつてはその身をゆるしたほどの相手だからか、温い攻撃しかしてきやしない。リュをやれば確実に仕留めてくるだろうさ。ヘイトと庸儀のほうは、あんたの好きなように兵を向ければいい」

 初めてリュから鬼神の情報を引き出したとき、弱く見せたらあっという間に手中にできた、そう言った。
 簡単に情報を手にすることができた、という意味だと思っていた。

 あの麻乃が、その辺の女官やジェと同じで、あんなくだらない男にうつつを抜かし、その身を任せたというのか?

 所詮は女だということか。
 ひどく失望した。

(誰もかれも、まったくもって愚かだ――)

 表面上は平静さを保ちながらも、腹のうちでは煮え繰り返るほどの憤りを感じる。
 それでいて、なにがそんなにも苛立つのかさえ、マドル自身もわからない。

「ところで、やつらが上陸してくるとして、どこから来てどこへ向かうのかわからないんじゃ、話しにならないんじゃないのかい? まさか全土を捜し回れなんて、いうわけじゃないだろう?」

 ジェの言葉に、ハッと我に返った。

「まさか、そんなことを……少々、仕かけをしてありましてね、私の部下の術師をそれぞれに数名ずつ同行させていただきます。戦士たちの位置は彼らが探り出してくれるでしょう」

「フン……まぁ、いいわ。そうと決まれば早速、編成を組んでしまおうじゃない。一度、庸儀へ戻って兵を選ぶことにするよ」

「四日後には泉翔を出発してくると思います。どのような船を使うかはわかりませんが、上陸は早ければ五日後、滞在は恐らく一週間弱かと」

 ジェは早々に出かける支度を始め、側近を先に出すと、おもむろに唇を寄せてきた。
 仕方なくその背を抱き寄せる。

「泉翔の戦士は根絶やしにする。ジャセンベルを落としたあとは、泉翔を狙うつもりだろう?」

「良くおわかりで……」

「あんたには、この私……鬼神がついているんだ、邪魔なものはすべて排除してやろうじゃないの」

 鬼神――。

 その言葉に強く力を込めて言うと、唇のはしをあげてニヤリと笑い、部屋を出ていった。
 ジェとリュは、こちらからうながすまでもなく、どちらも庸儀から兵を連れていくようだ。

 今回、ロマジェリカの兵を泉翔の戦士たちに向けるつもりはない。
 それぞれにつける術師にも常に姿を隠し、ことが起こった際には速やかにその場を離れるよういい含めてある。

(それにしても……)

 まさか自分のつけた印のせいで、リュの術を通してしまうとは思わなかった。
 触れさえしなければ通用しないのに、偶然とはいえ、そこに気づかれてしまうとは。

(あれを消してしまっては、意識を繋げなくなる。それに覚醒したときには、さらに強固に結べるように施してしまった)

 まさかリュごときに倒されるとは思えないけれど、ジェの話しと術が効いてしまうことで不安がよぎる。
 念のため、リュの選ぶ兵にはなんらかの手を加えなければ。

 偽物がいくら邪魔をしようが、排除しようが、兵をうまく使って勢力を広げようが、本物が自らの命をかけて切り開いていくものには敵うはずがない。

 ジェでは駄目なのだ。

 部屋を出ると、そのまま軍の本部へと向かった。
 近く、戻る予定の皇帝の出迎えと国境沿いの侵攻の準備、やることはまだ山積みだ。
 一つ一つを確実に消化して、マドルにとって一番大切なものを迎え入れる用意をしておかなければならないのだから。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄していただき、誠にありがとうございます!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:4,927pt お気に入り:1,991

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:41,975pt お気に入り:29,889

婚約破棄されましたが、幼馴染の彼は諦めませんでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,733pt お気に入り:281

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,183pt お気に入り:3,569

ある公爵令嬢の生涯

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:5,468pt お気に入り:16,126

止まった世界であなたと

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:8

処理中です...