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待ち受けるもの
第27話 ロマジェリカ ~鴇汰 2~
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真っ暗な中で、どっちに進めばいいのかわからずに立ち尽くしていた。
薄ぼんやりと光が見えて、鴇汰はとりあえず、それに向かって足を進める。
(――婆さま?)
青白く光るシタラの小さな姿が遠くに見え、足を止めた。
シタラは鴇汰に気づくと、スッと流れるように近づいてきて、数メートル前で止まった。
なにかを言いながら、しきりに頭をさげている。
「……なに?」
そう問いかけると、シタラの唇は動くけれど、言葉が聞こえてこない。
そしてまた何度も頭をさげる。
「聞こえねーよ……なにを言ってるのかわかんねーよ!」
苛立って大声で怒鳴ると、シタラは真っ暗な空を指差した。
見あげるといつの間にか満天の星空だ。
けれど、ただそれだけで、ほかになにも見えやしない。
一体、なにを言いたいのか。
星に混じって細く弧を描くような光の輪が見えた気がして、目を凝らした。
「月……?」
シタラがその言葉にうなずくと、ふわりとその体が宙に浮いた。
頭上から、今度は下を指差している。
指を追って視線を移した。
(――血の海!)
足もと一帯に広がって、膝の辺りまで真っ赤な血の海に沈んでいる。
驚きで心臓が弾けたように大きく鳴った。
思わず後ずさりをすると、血に見えたのは真っ赤な蓮華の花で、一面に隙間がないほど咲き誇っている。
「なんなんだよ? なにが言いたいんだよ!」
見あげてそう問いかけると、シタラはつらそうな表情でうつむいた。
その頬を伝って涙がこぼれ落ち、鴇汰の頬にパタリと当たった。
(泣いている……?)
そう思った瞬間、グラリと体が揺れて膝の力が抜け、地の底に落ちていくような感覚がした。
「…………!」
目を開けた瞬間、声が出ずに息を飲んだ。
「鴇汰」
まず目に飛び込んできたのは麻乃の顔で、その髪は濡れ、水滴が落ちて顔に当たる。
「鴇汰、起きて」
麻乃に肩を揺すられ、ハッと飛び起きた。
(寝て……たのか? 今のは夢……?)
まだ心臓が大きく脈打っている。
冷静に考えてみれば、こんなところにシタラがいるわけがない。
涙だと思ったのは、麻乃の髪から落ちるしずくだったのか……。
鴇汰は一度、深く深呼吸をした。
「どうしたんだよ? なんだよ、その髪?」
「それより早く起きてよ。荷物をまとめて。今すぐ」
麻乃の真剣な表情に、不安がよぎる。
「なにかあったのか?」
「人の気配が近づいてる。対岸のほうからくるよ。まだ遠いけど、相手がなにで移動してるかわからない。夜明け前で外は暗いけど、早くここを発とう」
急いで寝袋から出ると、荷物を全部車に移すように麻乃に頼み、鴇汰はテントを畳んだ。
もともと最低限の荷物しか出していなかったから出発する準備はすぐに整った。
空には手が届きそうなほどたくさんの星が瞬き、嫌でもさっきの夢を思い出す。
「対岸か……俺はまだ、なにも感じないけど、川幅があるから簡単に渡れないとはいえ、見つかったら面倒だな」
「うん、距離はだいぶあるから、こっちが車を出しても気づかれないと思う。今のうちにできるだけ離れたほうがいい」
ライトをつけずにゆっくりと車を走らせた。
土手の高さが続いているせいで、川沿いから離れずに済んだのはありがたい。
せめて月が出ていれば、多少は明るかったのだろうけれど、先が見えないのが不安だ。
「それにしても、ホントに良く気づいたな」
「そりゃあね、そのつもりで気を張ってるし。それに、こんななにもない場所だもん。生き物の気配がすればすぐにわかるよ。まぁ、寝てたらこんなに早くはわからなかっただろうけどさ」
麻乃は首にかけたタオルで髪を拭いて、少し得意気に言う。
「ふうん……そんで? その髪はなによ? 雨が降ったわけでもねーよな?」
「うん。砂埃が凄かったじゃない? なんだか体中がむず痒くて、川で砂を流してきたんだ。そしたら対岸から人の気配が近づいてきて……」
「おまえなぁ……夜中に一人でウロウロすんなよ。そういうときはな、ひと声かけろって」
確かに周辺はなにもない。
とはいえ、なにがあるかもわからないこんな国で、危機感のない麻乃の行動に呆れた。
薄ぼんやりと光が見えて、鴇汰はとりあえず、それに向かって足を進める。
(――婆さま?)
青白く光るシタラの小さな姿が遠くに見え、足を止めた。
シタラは鴇汰に気づくと、スッと流れるように近づいてきて、数メートル前で止まった。
なにかを言いながら、しきりに頭をさげている。
「……なに?」
そう問いかけると、シタラの唇は動くけれど、言葉が聞こえてこない。
そしてまた何度も頭をさげる。
「聞こえねーよ……なにを言ってるのかわかんねーよ!」
苛立って大声で怒鳴ると、シタラは真っ暗な空を指差した。
見あげるといつの間にか満天の星空だ。
けれど、ただそれだけで、ほかになにも見えやしない。
一体、なにを言いたいのか。
星に混じって細く弧を描くような光の輪が見えた気がして、目を凝らした。
「月……?」
シタラがその言葉にうなずくと、ふわりとその体が宙に浮いた。
頭上から、今度は下を指差している。
指を追って視線を移した。
(――血の海!)
足もと一帯に広がって、膝の辺りまで真っ赤な血の海に沈んでいる。
驚きで心臓が弾けたように大きく鳴った。
思わず後ずさりをすると、血に見えたのは真っ赤な蓮華の花で、一面に隙間がないほど咲き誇っている。
「なんなんだよ? なにが言いたいんだよ!」
見あげてそう問いかけると、シタラはつらそうな表情でうつむいた。
その頬を伝って涙がこぼれ落ち、鴇汰の頬にパタリと当たった。
(泣いている……?)
そう思った瞬間、グラリと体が揺れて膝の力が抜け、地の底に落ちていくような感覚がした。
「…………!」
目を開けた瞬間、声が出ずに息を飲んだ。
「鴇汰」
まず目に飛び込んできたのは麻乃の顔で、その髪は濡れ、水滴が落ちて顔に当たる。
「鴇汰、起きて」
麻乃に肩を揺すられ、ハッと飛び起きた。
(寝て……たのか? 今のは夢……?)
まだ心臓が大きく脈打っている。
冷静に考えてみれば、こんなところにシタラがいるわけがない。
涙だと思ったのは、麻乃の髪から落ちるしずくだったのか……。
鴇汰は一度、深く深呼吸をした。
「どうしたんだよ? なんだよ、その髪?」
「それより早く起きてよ。荷物をまとめて。今すぐ」
麻乃の真剣な表情に、不安がよぎる。
「なにかあったのか?」
「人の気配が近づいてる。対岸のほうからくるよ。まだ遠いけど、相手がなにで移動してるかわからない。夜明け前で外は暗いけど、早くここを発とう」
急いで寝袋から出ると、荷物を全部車に移すように麻乃に頼み、鴇汰はテントを畳んだ。
もともと最低限の荷物しか出していなかったから出発する準備はすぐに整った。
空には手が届きそうなほどたくさんの星が瞬き、嫌でもさっきの夢を思い出す。
「対岸か……俺はまだ、なにも感じないけど、川幅があるから簡単に渡れないとはいえ、見つかったら面倒だな」
「うん、距離はだいぶあるから、こっちが車を出しても気づかれないと思う。今のうちにできるだけ離れたほうがいい」
ライトをつけずにゆっくりと車を走らせた。
土手の高さが続いているせいで、川沿いから離れずに済んだのはありがたい。
せめて月が出ていれば、多少は明るかったのだろうけれど、先が見えないのが不安だ。
「それにしても、ホントに良く気づいたな」
「そりゃあね、そのつもりで気を張ってるし。それに、こんななにもない場所だもん。生き物の気配がすればすぐにわかるよ。まぁ、寝てたらこんなに早くはわからなかっただろうけどさ」
麻乃は首にかけたタオルで髪を拭いて、少し得意気に言う。
「ふうん……そんで? その髪はなによ? 雨が降ったわけでもねーよな?」
「うん。砂埃が凄かったじゃない? なんだか体中がむず痒くて、川で砂を流してきたんだ。そしたら対岸から人の気配が近づいてきて……」
「おまえなぁ……夜中に一人でウロウロすんなよ。そういうときはな、ひと声かけろって」
確かに周辺はなにもない。
とはいえ、なにがあるかもわからないこんな国で、危機感のない麻乃の行動に呆れた。
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