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待ち受けるもの
第89話 帰還 ~市原 2~
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修治と別れてから高田とともに長谷川を見舞い、そのまま花丘に向かって宿を取った。
もう外は明るくなっていたけれど、主人と高田が知り合いだったおかげで、嫌な顔一つされずに部屋へと通された。
「長谷川くんの容体が落ち着いたら、尾形さんも来られるそうだ。市原、すまないが一眠りしたら道場へ戻り、今日は戻らないと塚本に伝えてくれ。それから多香子にも、修治が無事に戻ったことを伝えてほしい」
「わかりました」
「それが済んだら、手間だろうがまたここへ戻ってくれ」
「はい」
そう答えると寝床の用意をして眠りに着いた。
高田もこのところ、ずっと動き回っていたせいで疲れが溜まっていたのだろう。
昼前に市原が起きたときには、まだ眠っていたので起こさないようにそっと宿を出た。
西区へ戻り、道場の裏手に車をつけると、中はやけに静かで塚本の姿も見えず、仕方なく先に多香子のところへ行き、修治が無事に戻ったことを伝えた。
多香子はもちろん、手伝いに来ていた修治の母もホッとした表情を見せ、市原まで顔が綻んでしまう。
「多香ちゃん、そんなわけで先生は修治の報告も聞いてから戻るそうだ。俺はこのまま先生を迎えに出るけれど……塚本はどうしてる?」
「塚本さんなら、今日は小さい子どもたちの演習で森へ出ているのよ。そろそろ戻るころだと思うんだけど」
「そうか。じゃあ俺もそっちへ行ってみるよ」
長居をすると不自然さを感じ取られてしまいそうで、早々にその場をあとにした。
森の入り口で師範の橋本とともに、戻ってきた子どもたちに指導をしている塚本を見つけ、声をかける。
塚本は橋本に子どもたちのことを頼むと、こちらに駆け寄ってきた。
「船が戻ったって?」
「ああ、修治が帰ってきたんだけどな、連れの長谷川くんが怪我をしていた。恐らく今ごろは軍部に缶詰だろうと思う」
「だろうな、麻乃の件もあるし……」
「そんなわけで、高田先生は花丘に宿を取って控えている。俺が連絡係になるだろうから道場のことを頼む。少しばかり面倒な話しもあってな、中央に来てもらうかもしれないから、いつでも動けるようにしておいてくれ」
「わかった。こっちでもなにか変わったことがあったら、すぐに連絡を入れる」
本当は話しておきたかった修治の報告も、詳細がわからないままでなにも伝えられない。
宿名だけを教え、そのままとんぼ返りで中央へ戻った。
宿に着くと高田の姿はなく、一時間ほど待っても戻ってこないことに痺れを切らし、軍部へ向かってみることにした。
門を入ったところで、ちょうど中から出てきた高田と尾形の姿が見え、階段の下に車をつけた。
「市原、早かったな」
「先生、なにか進展があったのですか?」
車を降りて駆け寄ると、二人の後ろから加賀野を始め、元蓮華の数人が出てきた。
「進展どころか上層のやつら、まだ熱のさがっていない長谷川まで呼びつけて、会議室にこもっていやがる!」
憤慨している加賀野をほかの元蓮華たちがなだめている。
「どう話しを持っていったのかわからんが、今日は国王さまも出てきているそうだ」
「国王さままでですか?」
驚いて聞き返すと、高田はつと視線をあげて空を眺めた。
「国王さまは思慮深いかただ……偏ったお考えで早急に決断をされることはないとしても、場合に寄ってはこちらが動きにくくなるかもしれん」
「取り急ぎできるかぎりの準備はこちらで進めていく。逐一、連絡を入れるが、そっちからも頼むぞ」
加賀野はそう言って、ほかの元蓮華と軍部を出ていった。
どうやら加賀野が中心になって、なにかあったときの下準備や情報収集を進めているらしい。
高田と尾形を乗せ、花丘の宿まで戻ると、早目の夕飯をとった。
考えることがいろいろとあったせいか食欲が出ないけれど、いざというときのために無理やりに詰め込んだ。
市原が西区に戻っているあいだに、ずいぶんとバタバタしたようで、高田は箸を進めながら修治から聞いた話しを尾形に聞かせていた。
最後まで黙って聞いていた尾形は、いったん箸を置くと膝を正して考え込んだ。
「大陸に情報が漏れている、いないの問題ではないな……藤川の件はもとより、上陸の日程や日付まで詳細が早い段階で流れていると考えていいだろう。これは諜報云々ではなく、内通者がいるとしか思えん。加賀野にもその辺りを良く調べてもらうよう、すぐに連絡を入れよう」
高田以上の経験を持ち、重厚な人柄の尾形の手が、かすかに震えていることに気づいた。
もう外は明るくなっていたけれど、主人と高田が知り合いだったおかげで、嫌な顔一つされずに部屋へと通された。
「長谷川くんの容体が落ち着いたら、尾形さんも来られるそうだ。市原、すまないが一眠りしたら道場へ戻り、今日は戻らないと塚本に伝えてくれ。それから多香子にも、修治が無事に戻ったことを伝えてほしい」
「わかりました」
「それが済んだら、手間だろうがまたここへ戻ってくれ」
「はい」
そう答えると寝床の用意をして眠りに着いた。
高田もこのところ、ずっと動き回っていたせいで疲れが溜まっていたのだろう。
昼前に市原が起きたときには、まだ眠っていたので起こさないようにそっと宿を出た。
西区へ戻り、道場の裏手に車をつけると、中はやけに静かで塚本の姿も見えず、仕方なく先に多香子のところへ行き、修治が無事に戻ったことを伝えた。
多香子はもちろん、手伝いに来ていた修治の母もホッとした表情を見せ、市原まで顔が綻んでしまう。
「多香ちゃん、そんなわけで先生は修治の報告も聞いてから戻るそうだ。俺はこのまま先生を迎えに出るけれど……塚本はどうしてる?」
「塚本さんなら、今日は小さい子どもたちの演習で森へ出ているのよ。そろそろ戻るころだと思うんだけど」
「そうか。じゃあ俺もそっちへ行ってみるよ」
長居をすると不自然さを感じ取られてしまいそうで、早々にその場をあとにした。
森の入り口で師範の橋本とともに、戻ってきた子どもたちに指導をしている塚本を見つけ、声をかける。
塚本は橋本に子どもたちのことを頼むと、こちらに駆け寄ってきた。
「船が戻ったって?」
「ああ、修治が帰ってきたんだけどな、連れの長谷川くんが怪我をしていた。恐らく今ごろは軍部に缶詰だろうと思う」
「だろうな、麻乃の件もあるし……」
「そんなわけで、高田先生は花丘に宿を取って控えている。俺が連絡係になるだろうから道場のことを頼む。少しばかり面倒な話しもあってな、中央に来てもらうかもしれないから、いつでも動けるようにしておいてくれ」
「わかった。こっちでもなにか変わったことがあったら、すぐに連絡を入れる」
本当は話しておきたかった修治の報告も、詳細がわからないままでなにも伝えられない。
宿名だけを教え、そのままとんぼ返りで中央へ戻った。
宿に着くと高田の姿はなく、一時間ほど待っても戻ってこないことに痺れを切らし、軍部へ向かってみることにした。
門を入ったところで、ちょうど中から出てきた高田と尾形の姿が見え、階段の下に車をつけた。
「市原、早かったな」
「先生、なにか進展があったのですか?」
車を降りて駆け寄ると、二人の後ろから加賀野を始め、元蓮華の数人が出てきた。
「進展どころか上層のやつら、まだ熱のさがっていない長谷川まで呼びつけて、会議室にこもっていやがる!」
憤慨している加賀野をほかの元蓮華たちがなだめている。
「どう話しを持っていったのかわからんが、今日は国王さまも出てきているそうだ」
「国王さままでですか?」
驚いて聞き返すと、高田はつと視線をあげて空を眺めた。
「国王さまは思慮深いかただ……偏ったお考えで早急に決断をされることはないとしても、場合に寄ってはこちらが動きにくくなるかもしれん」
「取り急ぎできるかぎりの準備はこちらで進めていく。逐一、連絡を入れるが、そっちからも頼むぞ」
加賀野はそう言って、ほかの元蓮華と軍部を出ていった。
どうやら加賀野が中心になって、なにかあったときの下準備や情報収集を進めているらしい。
高田と尾形を乗せ、花丘の宿まで戻ると、早目の夕飯をとった。
考えることがいろいろとあったせいか食欲が出ないけれど、いざというときのために無理やりに詰め込んだ。
市原が西区に戻っているあいだに、ずいぶんとバタバタしたようで、高田は箸を進めながら修治から聞いた話しを尾形に聞かせていた。
最後まで黙って聞いていた尾形は、いったん箸を置くと膝を正して考え込んだ。
「大陸に情報が漏れている、いないの問題ではないな……藤川の件はもとより、上陸の日程や日付まで詳細が早い段階で流れていると考えていいだろう。これは諜報云々ではなく、内通者がいるとしか思えん。加賀野にもその辺りを良く調べてもらうよう、すぐに連絡を入れよう」
高田以上の経験を持ち、重厚な人柄の尾形の手が、かすかに震えていることに気づいた。
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