蓮華

鎌目 秋摩

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動きだす刻

第115話 覚悟 ~巧 1~

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 レイファーが戻ってすぐに兄弟のところへ向かったのを、穂高と二人で見ていた。
 ルーンが先に情報をくれなければ見落としてしまうところだった。

(私なら、どうするか……)

 そう考えたときに動くだろう状況が概ね予想通りに運んだのは、元々はレイファーが葉山の指導を受け、巧自身も相手をしていたからだと思う。

「手早いな……もっと躊躇するものだと思ってた」

「……どっちが?」

「どっちもだな。俺だったらきっと迷っていた。けど、あいつにはそれがない」

「そりゃあ、迷ってたら自分の身も危ういだろうしねぇ」

「それだけじゃあないんだ。泉翔で対峙したときもそうだったけど、あいつに迷いを感じることは少なかったな。それに……」

 穂高は柱の陰から大広間を横切るレイファーと長兄の姿を眺めながら言い澱んだ。

「それに?」

「兄たちのほうも。互いに出し抜くきっかけを強く求めていたんだろうね。仮に失敗したとしても、逆にそれがレイファーをつぶすいいチャンスになる」

 穂高の言葉に巧はうなずいた。
 レイファーの周囲が少しでも協力的に動かなかったら、こうまで簡単は行かず、どこかでつまずいていたことだろう。

 城へ残った幹部たちの動きも、まるですぐそばでレイファーが指示を出しているんじゃあないかと疑うほどスムーズで、兄たちの妻や手のうちのものまで、あっという間に片づけてしまっている。

「こうして動くほどの強い思いが、大陸をいい方向へ導くといいんだけど」

「そうね……」

 今まで見てきたかぎりでは、レイファーのしようとしていることは、葉山の思いを継ぐ形に向かっているように見える。
 けれどその実、どうなのかは本人しか知り得ない。
 間違ったことを教えたつもりはないけれど、これだけ長いあいだに受け継がれてきた大陸の流れを考えると、不安が残るのも事実だ。

「中村さま、少々よろしいでしょうか?」

「あ……はい」

 ルーンに呼ばれ、巧が穂高と案内されたのは、王の部屋だった。
 王は初めて会ったときよりも更に力強い雰囲気をまとって見える。

「どうやら順調に進んでいるらしいな」

「ええ、私たちが見るかぎりでは。それが好ましいことかどうかは、また別の話しですが」

 わかってはいても納得がいかない思いが未だ巧の中で燻っている。
 今になって言ってみたところでなにを変えられるわけじゃないけれど、つい思いが口をついてしまう。
 王は身支度を整えながら、穏やかな笑い声を上げた。

「まったく、お嬢さんはどこまでも葉山に似ている。この私にハッキリとものをいうのは、今やお嬢さんとクロムくらいだ」

 王とクロムのあいだにどんな繋がりがあるのかは、大体予想できる。
 梁瀬のいうようにクロムが賢者の一人であるなら殊更だ。
 最後に腰に剣を差した王は、椅子に座るとゆっくりと大きく、深呼吸をした。

 ルーンは先が長くないと言った。
 クロムと話しをしていたときの様子でも、具合が悪いだろう様子がうかがえた。
 穂高も気づいているようで、表情には出さずとも心配そうな目をしている。

「あの……体調が優れないのでは……」

「私のときも、こんな状況だった。当時はただ上り詰めることだけしか考えていなかったが……」

 巧の問いかけをさえぎって、王は独り言のように呟く。
 深く腰をかけたまま足を組みかえると、不敵な笑みを浮かべた。
 その表情は、レイファーにとても良く似ていて強い眼光は体調の悪さを忘れさせるほどだ。

「あれがここへ来ることを、こんなにも待ち望む日が来ようとはな。実に楽しみだ。父王もきっと、今の私と同じ思いを抱いていたに違いない」

 小さく含み笑いをもらしている姿に、スッと背筋が寒くなった。
 一体、何代前からこんな形で受け継がれてきているのだろう。
 ジャセンベル人は、穏便に事を済ませる、というのが似つかわしくないくらいの荒い気性だからなのか。

 巧自身も、腕試しをしようというときには、内側から沸き立つ思いを感じるけれど、我が子を相手に、命を賭けて対峙するのを楽しみだなどとは決して思えない。
 もしも、レイファーまでもが王と同じように、これから起こることを楽しみだと感じているのだとしたら……。
 腰に帯びた龍牙刀の柄を握る手に、つい力がこもった。
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