蓮華

鎌目 秋摩

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動きだす刻

第123話 覚悟 ~穂高 3~

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 ルーンは手にしていた包みを、いったん足もとに置き、身にまとっていたローブの裾を斬り裂いた。
 穂高も巧に駆け寄ると、傷の具合を見た。

 傷は浅いようでホッとしていると、ルーンが手早く巧の腕に裂いた布を巻き付けてくれた。
 龍牙刀を納めながら、巧がレイファーの前に歩み出た。

「もう一度聞くわ。今のは本気? こんなことを仕出かしてまで、あんたがしたかったのはそんなことだって言うの?」

「そうだと言ったら……」

 レイファーが言い切らないうちに巧は勢い良く襟首を掴み、足払いでレイファーを倒すと、その上に馬乗りになった。

「がっかりなことを言ってくれるわね! 父親の命をその手で絶っておきながら、やろうとしてることは嫌悪していた父や兄たちと同じだってんじゃあ、情けなさ過ぎるじゃないのさ!」

 巧は右手でレイファーの襟首を掴んだまま、左手で頬を何度も張った。
 その勢いに、穂高もルーンも止めることもできず立ち尽くしていた。

「いい加減にしてくれ! 俺はやつらとは違う!」

「お黙り! たった今、その口で言ってくれたじゃないの、泉翔を落として手に入れるってね!」

「これ以上、そんな手間をかけていられるか! 俺のやりたいことはそんなことじゃない! あの森を……あんな土地を増やしていくことだ! あんただって葉山だってそれが一番だと言ったじゃあないか!」

 物凄い威圧感に溢れる巧に目一杯の力で抑えつけられ、レイファーがもがく。
 その姿は、まるで悪さをして叱られている子どものようだ。

「言ったがどうした!」

「だからっ……! 俺はそれを成すべく事を起こした……」

「泉翔を攻めようって話しはどうなったのよ」

「……本気でそうしようと思って言ったわけじゃない。ただ、一刻も早くあんたたちを帰したかった。それだけだ。本当だ……」

「その割にずいぶんとこだわっていたじゃないの」

「手に入れたいものがあった。けれど今は、無理やりに奪い取るつもりはない」

 堂々と物怖じしない様子にしか見えなかったレイファーが、巧に逆らわず消え入りそうな声で言い訳をしている。
 毎年、巧がジャセンベルでレイファーに対してどんな接しかたをしてきたのかは知らない。けれど今、その力関係がハッキリ見えた。

「思ってもいないことを軽々しく口にするんじゃあない! この馬鹿っ!」

 数秒、なにも言わずにレイファーを見つめたあと、巧はいつも岱胡にしていたのと同じように、その頭に拳を振り下ろした。
 ゴツンと鈍い音がして、自分がたたかれたわけじゃないのに、穂高は頭のてっぺんが痛んだ気がした。
 立ち上がった巧はレイファーに見向きもせず、ルーンに向き直った。

「ルーンさん、ご心配をおかけしました。この子、大丈夫です。危惧されていたようなことは考えていません」

「そう……ですか……」

 穂高の肘を掴んでいるルーンの手が小刻みに震えている。
 緊張のせいなのか、今見た二人の様子に驚いているのか、それとも望んでいた結果を確信できて喜んでいるのだろうか?

「ですから、このあとのことは打ち合わせたとおりに……どうか、よろしくお願いします」

「わかりました。ではすぐにつつがなきよう準備を進めますゆえ、そちらの件も今少し、どうぞよろしくお願いいたします」

 互いに頭を下げ合ったあと、ルーンは小走りで部屋を出ていった。
 しんと静まり返った部屋の中、時計の針の音が響く。
 立ち上がったレイファーが、頬をさすりながら探るように問いかけてきた。

「中村……あんた一体ここへなにをしに来たんだ? ルーンとなにを話し合った?」

「私が焦っていたせいもあったけど、一時は本気であんたが馬鹿なことを考えているんだと思ったわ。穂高が何度もやり取りをしてくれたおかげで、あんたが嘘をついてるって気づいたけどね」

「あいつが……? なんで俺が嘘を言っていると思ったんだ」

 穂高もそれが気になった。
 穂高自身はなぜかレイファーの思いが流れ込んできて、嘘を言っているのがわかったけれど、たった数回の会話の中から巧はなにを見出したのだろう?

「穂高に感謝なさい。引き延ばしてくれなければ、私は問答無用であんたを斬っていたわ。それがあんたのお父さまとの約束だったからね」

「王との約束……?」

 レイファーはチラリと穂高に目を向けて来ると、困ったような表情を浮かべた。
 そんな目で見られても穂高も困る。

「さぁ、時間がないんでしょ。さっさと動く!」

 もう一度、巧はレイファーの頭を引っぱたき、レイファーは渋々と落ちた包みを拾い上げ、部屋の出口へと向かった。
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