蓮華

鎌目 秋摩

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動きだす刻

第124話 布陣 ~梁瀬 1~

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 庸儀の国境に近い山の麓にサムは陣を構えていた。
 梁瀬も徳丸とともに部隊に混じってやってきた。

 このあたりは木々も多く、城よりも低い目立たない場所にあるからか、所々で火を焚いている。
 そのうちの一つを囲み、数人と雑談しているあいだ、サムはずっと落ち着かない様子でウロウロとしていた。

「……なんだ、あいつは? やけに焦っているようだが」

「さぁ? 僕にはサムの考えていることは良くわからないけど……」

「けど?」

「もしかすると、ジャセンベルの心配をしているんじゃあないかな?」

「あぁ、なるほどな。穂高から連絡は?」

「ずいぶん前に一度……気になるから僕から送ったのが、そろそろ着くんだけど、どのあたりなのかな……」

 意識を集中して穂高を手繰る。
 なにもない砂地を抜け、ロマジェリカとジャセンベルの国境にある山沿いに、大きな部隊を見つけた。

 その一番後ろに穂高たちの姿も見える。
 ツバメに気づいた穂高が手を差し伸べた。
 見つけた、その呟きが聞こえたのかサムが駆けてくる。

「梁瀬さん、遅くなったけどこっちはうまく行ったよ」

「そう、それは良かった。大変だったでしょ?」

「まぁね、でも……」

「それで! あのかたはどうしているんですか!」

 会話の途中でサムが割って入ってきて、梁瀬はもちろん、穂高も驚いているようだ。

「……誰?」

「すみません、取り急ぎあのかた……レイファーの様子を!」

「う~ん……お目付役が怖いようだからねぇ。張り切っているよ。聞こえるかな?」

 梁瀬は耳を澄ませた。
 サムには聞こえていないせいか焦れったいと言った表情だ。
 穂高の息遣いの向こう側に、かすかに咆哮に近い叫び声が聞こえた。

「なんだ今の?」

 もう一度耳を澄ませた。
 兵の士気が上がっているのか誰かの声が聞こえるたびに、歓声が上がっているようだ。

「なに? これ?」

「うん、レイファーのやつがね、ちょっとした演説みたいなことをしてるんだよ。これからのジャセンベルの指針とかさ」

「あのかたが? それはちょっと聞いてみたいものですね」

 梁瀬の後ろでサムが含み笑いをもらした。

「うん、まぁ、そんな感じだからね。こっちはなんの心配もいらないよ。梁瀬さんたちのほうはどう? トクさんも」

「こっちも平気。庸儀が動きだして、その船体が見えなくなったら即、動ける準備ができている」

「そうそう、ロマジェリカはこのあと昼に出航のようだけど、庸儀が出航するのに合わせて討ちたいってレイファーは言ってるんだ」

「なるほど……そうですね。ロマジェリカに合わせて進軍してしまったら、庸儀もヘイトもまだ残っている」

「こちらのしようとしていることが、早々に同盟のやつらに知られてしまうとしたらまずいかな」

「どうだろう? レイファーの判断に任せてみたら」

 チラリとサムを見ると、サムは黙ってうなずいた。

「うん。わかった。そうして。庸儀の動きは、逐一漏らさず伝えるから」

「それから、必ず連絡のための繋ぎが残るでしょう。庸儀にいるものは見当をつけましたが、ロマジェリカのほうも探っておきましょう」

「そうか、先にそいつらを抑えてしまえば、船上のやつらに知らせることができなくなるね」

「じゃあ、その件は二人に任せていいのかな?」

 二人――。
 そう括られると、まだ少し違和感が残る。
 けれど最初のときよりは、互いに解れたんじゃあないか、とも思う。

「任せといて」
「任せてください」

 同時に言葉がこぼれた。
 まだ照れ臭さと言うか慣れない感情が胸のうちに広がる。
 サムは背を向け、手もとにあった地図にいくつか書き込みをすると、それを小さく丸めた。

「これからすぐ、そちらに地図を届けます。こちらの現在の布陣を記してあります。ヘイトのほうは既に退却を終えていますが、残った庸儀とロマジェリカの兵が詰めている場所も記してあります」

「わかった。それがあれば、国境沿いも同時にたたけると思う。助かるよ」

「いえ。それでは後ほど、私の手のものが向かいます。よろしくお願いします」

 サムはそう言って穂高のもとから式神を引き上げさせた。
 その動作があまりにも自然で、あっと思ったときには、梁瀬の視界から景色が掻き消えてしまった。
 自分の式神なのに、まさかサムに動かされてしまうとは思いもしなかった。

「あ……まだなにか話し足りないことでもありましたか?」

「いや。用があればまたこちらから飛ばすから問題ないよ。それより冷えてきたから、少しでも火にあたって体調を整えておこう。地図を送る手配を済ませたら、すぐにロマジェリカに出ないとならないからね」

 軽く首を傾げてサムに先に行くよう示し、その後ろを歩いた。
 暗い中、見上げた空はまだ砂埃が舞っているせいなのか、星一つ見えはしなかった。
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