蓮華

鎌目 秋摩

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大切なもの

第50話 女戦士たち ~穂高 3~

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 振り返った比佐子の顔は、まるで鬼の形相だ。
 なにかを言おうと口を開きかけたとき、咆哮が響き、東区の入口に視線を移した。
 レイファーたちの姿を目にして驚いた比佐子は、穂高の胸ぐらを掴んで訴えてきた。

「ジャセンベル兵が……! 穂高! ジャセンベルまで襲撃を……」

「落ち着いて、彼らは敵じゃあない。庸儀の兵を一掃してくれている」

 比佐子の手を取り、後ろ手に庇うと向かってくる敵兵を打倒した。
 見てわかるほどに庸儀の数が減っている。

 一般の人々も師範の方々も、ジャセンベルの兵たちにしっかり守られていた。
 数十分もすると、すべての敵兵を倒してしまい、最後の一人をレイファーが打ち倒した瞬間、大きな歓声が上がった。

「さすがだな。こんな短時間で決着がつくとは思いもしなかった」

 勝ちどきを上げるレイファーを見つめたまま、そう呟いた直後、頬に強い衝撃を受けた。これはきっと、比佐子の平手打ちだ。
 よろめいて道の脇にある紅葉の木にもたれたところを、比佐子がまた胸ぐらを掴んできた。

「どうなってるの? 敵じゃあないってどういうこと? それより穂高、あんた一体、今までどこにいたのよ!」

「大陸で襲撃されて、足止めをされていたんだよ。俺や巧さんは、ジャセンベルのおかげで戻って来れたんだ」

「巧隊長も……だからって、なんの連絡もなくて……私がどれだけ心配したと思ってるのよ!」

 比佐子の平手打ちが止まらない。
 避けようと腕で顔を覆い隠しても、その上から攻撃されてしまい、自分の腕で鼻を打つ始末だ。
 死んだらきっと怒り狂うんだろうな、とは思っていたけれど、生きて帰ってもこれか。

 痛みに涙がにじみながらも、想像通りの比佐子の態度に、変に笑いが込み上げてしょうがない。

「そうは言っても……仕方ないだろう? 大陸からじゃあ、連絡手段がなかったんだから」

「笑いごとじゃあないでしょ!」

 穂高の態度に更に怒りを増した比佐子の手は、平手から握り拳に変わっている。
 殴られる、と思ってつい目を閉じた。

「奥方! 上田と中村を引き留めていたのは俺だ。そんなに責めないでやってくれ!」

 薄目を開けて腕の隙間から様子を見ると、レイファーがあわてた様子で比佐子の腕を掴み取っていた。

「うるさい! 邪魔すんじゃないわよっ!」

 比佐子は腕を思いきり振り解き、その勢いを利用して、力一杯レイファーのみぞおちあたりを肘打ちした。
 レイファーも、まさかそんな反応が返ってくるとは思っていなかったのだろう。
 低い呻き声を漏らし、膝をついて倒れてしまった。

 東区の人たちは比佐子の気性を知っている。
 いつものことだと、気にも留めずに消火活動を始めているけれど、ジャセンベル軍の兵たちは呆気に取られた様子で立ち尽くしている。
 今ので多少、興奮が冷めたのか、比佐子はフンと大きく鼻息を漏らし、レイファーを振り返った。

「……あんた誰よ?」

「彼はジャセンベル軍の指揮官だよ。西浜に上陸した俺を、ここまで連れてきてくれたのも彼だ」

「そうだったの。ごめんなさい。申し訳ないことをしたわね……けど、あんなタイミングで割って入ってくるあんたも悪いのよ」

 悪びれもせず、比佐子はレイファーに手を差し伸べ、起き上がらせてそう言った。
 何度か咳込んだあと、レイファーは大笑いをした。

「まさか、この俺が倒されることになるとは思いもしなかった。なかなかに勇ましい奥方だな。さすが、中村のもとにいただけのことはある」

「あんた、巧隊長を知ってるの?」

「まあな。そのせいで、上田ともども足止めをさせる結果となってしまった。心配させて本当にすまない」

 本当はレイファーのせいではない。
 巧の頼まれごとや梁瀬の血縁との関わり、短いあいだにたくさんのことがあった。
 それに乗り、残ると決めたのは自分だ。

 比佐子の表情は、レイファーの言葉を信じきっていない。
 本当のことを話すのは、あとで十分だ。

「比佐子、本当にごめん。頼むから許してくれよ、な?」

 手を握り、心配をかけたことを心から謝った。
 曇天の空がとうとう雨粒を落とし始めた。
 うつむいた比佐子の頬を伝うのは雨粒ではないとわかっている。

「人を集めて消火の手伝いを頼めるかな? 俺はまだやることがあるんだ。このまま中央へ向かわなければならない。わかるだろう?」

「わかってる……」

 東区の入口には、もう既にジャセンベル兵たちが車の準備をして待機している。

「奥方、今しばらく上田を借り受ける。上田、行こう」

「あぁ。じゃあ、比佐子、行ってくる」

 離そうとした手を比佐子は強く握りしめてきた。

「全部済んだら、決着がついたら、後処理が始まる前に宿舎じゃあなく、必ず一度、ここへ戻ってきて」

「うん。わかった」

 比佐子は手を離し、軽く振りながらニッコリとほほ笑んだ。

「……じゃないと、ぶっ殺すわよ」

 それを聞いて、レイファーがまた思いきり笑い声を上げた。
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