蓮華

鎌目 秋摩

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大切なもの

第54話 焦燥 ~岱胡 1~

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 岱胡は徳丸と別れてから森の中を走り、中央へ続くルートと演習場に沿って走る抜け道の分かれ道まできた。

「ここから二手にわかれる。飯川、おまえはこのままみんなを連れて、鶴居のあとを追って。伝令に漏れがないかの確認もお願い」

「わかりました」

「浜にはトクさんが残っているから、もう進軍もないと思う。各拠点は引き上げさせて先に進んだ敵兵に対応しながら、そのまま一緒に中央へ向かって」

「岱胡隊長はどうするんです?」

「俺は森本と一緒に抜け道から向かう。難しいとは思うけど、なんとかマドルより先に中央に着きたい」

「わかりました。じゃあ、こっちでなにかあったときには誰かに連絡を入れさせます」

「うん、そうして」

「それと、これ。持っていってください。この先に拠点があるかわかりませんから」

「わかった。ありがとう」

 飯川は数人が所持している予備の銃弾をかき集めると、手持ちのかばんに詰め込んで岱胡に手渡してきた。
 それを受け取ってから退避用に準備していた車に森本と乗り込んだ瞬間、浜のほうから強い風が吹き抜けた。
 なにかが体を通り抜けていったような感覚に、思わず体じゅうをかきむしった。

「どうしました?」

「どうもこうも、今の気持ち悪くなかった?」

「いや、俺は別に……急に突風が吹いて驚きはしましたけど」

「え……そう? まあ、いいや。先を急ごう」

 最初から飛ばして車を走らせた。
 きっとサムが暗示を解く術を放ったんだろう。
 暗示が解けたとして、庸儀の兵に変わりはあるんだろうか?

 赤髪のババアたちの様子から見て、暗示が解けても進軍の意思は変わらないように思える。
 上陸してすぐにルートへ消えていった雑兵たちも、まともな様子に見えたから、ほかの浜に比べて制圧に手古摺る可能性もある。
 とはいえ、詰めているのは巧と徳丸の部隊だし、仕切っているのが徳丸だ。
 きっと力でねじ伏せるだろう。

「岱胡隊長、前方に庸儀の兵が!」

「ええっ! 嘘でしょ……うわ……ホントだ」

 抜け道はルートからだいぶ離れているはずなのに、こんなところまで潜り込んできているとは。
 数えると、七、八人はいる。
 やけに中途半端な人数だから、ほかにも森へ入り込んだ敵兵がいるかもしれない。

「どうします?」

「このまま走らせて。俺が足止めする」

 すべての敵兵を探している時間はないし、止まって倒している時間も惜しい。
 岱胡は銃を構えると、庸儀の兵の足を狙って撃った。

 全員が倒れたのを確認してから急いでメモを出してルートを逸れた敵兵がいることを、徳丸に知らせるためにテントウ虫を飛ばした。
 届くまでに時間はかかるだろうけれど、中央に着いてから連絡を入れるよりは早いはずだ。
 これで浜から中央へ移動するときに、なんらかの対応をしてもらえるだろう。

「まさかこんなに早い段階で脇道に逸れてくる敵兵がいるとは思いませんでしたね」

「ひょっとすると、この先にも入り込んでるやつらがいるかもね。本当は対応しなきゃいけないんだろうけど、俺たち二人だし、とりあえずは足止めだけして中央へ向かおう」

 先へ行くほど庸儀の兵が増えていく気がする。
 暗示にかかっていた雑兵が虚ろなままに森へ入り込んできて、ここで暗示が解けて置かれている状況に戸惑っているんじゃあないかと思った。

 しっかりした様子ではあるけれど、勝手のわからない島内でどっちへ向かったらいいのかわからずに、彷徨っているふうにもみえる。
 このまま道沿いを行けばいい話しだけれど、なぜか山のほうへ向かっていく兵もいた。

「やつら、山のほうに行きますね。なにを考えているんでしょう? 進軍するつもりがないのか……」

「庸儀の兵だしね。あいつら、物事を甘く見てるっぽいところがあるし……それか、反同盟派みたいに戦う意思はないのかも」

「すぐに脅威になることはないでしょうけど、こいつら、あとで捜索するの大変そうですよね……」

 こちらへ向かってきそうな数人の足を撃って止め、景色とともに流れて消えていくのを振り返って眺めた。
 こんなときだというのに、森本もどうでもいいようなことを心配をするけれど、岱胡も同じことを思っていた。
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