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大切なもの
第83話 計略 ~鴇汰 2~
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確かにクロムは鴇汰の知る術師たちの誰よりも、術に長けている。
人型の式神をだすのも、クロム以外にみたことがない。
ただ、それは大陸のあちこちで経験を積んだからで、薬師としても誰よりも勤勉だったからだと思っていた。
まさか伝承の賢者だなどと、鴇汰は思いもしなかった。
そんな大切なことを、身内の自分に黙っているなんて。
キッと睨むと、クロムは肩をすくめて曖昧な笑顔をみせた。
「残る二人の賢者さまとも引き合わせていただけるよう、手はずを整えている間に、相次いでお二人が亡くなられてしまったと……」
「でも今回、その術は使われて……まさか、ヤッちゃん……」
巧の言葉に全員の目が梁瀬に向いた。
梁瀬はうつむいたまま、コクリとうなずく。
巧も徳丸も穂高さえも、驚いた様子を見せないのは、大陸にとどまっているあいだになにかあったからだろうか。
「梁瀬くんもサムくんも、確かに継ぐものではあるけれど、まだ完全ではない。なぜなら秘術を、あのロマジェシカの軍師に奪われているからだ」
「マドルの野郎に?」
「そう。どんな手を使ったのかわからない。けれど彼は継ぐものを匂わせて二人の賢者に近づき、その秘術だけでなく命までも奪った――」
二人の賢者が亡くなってから、その命を奪った相手を探すために、クロムは長い年月を費やされたという。
それを聞いて鴇汰はようやくクロムがあちこち飛び回っていた理由を理解した。
なぜ自分が置いていかれたのかも。
「準備は滞ることになってしまいましたが、それでも麻乃が戦士となるのであれば、まだ猶予はあると考えていました」
「ですが、麻乃の受けたのは蓮華の印……毎年必ずこの島を出ることに……」
「シタラさまはそのことを酷く憂いていました。可能なかぎり様子に変わりはないか気にかけていらっしゃったのですが、それが麻乃に警戒心を植えつけてしまった」
確かに麻乃は妙にシタラを気にして嫌がっていた。
それはシタラの憂いを感じ取っていたからだろう。
「先だっての、西浜でのロマジェリカ戦のあと、私はカサネさまより、麻乃とシタラさまの様子がおかしいと伺っていました」
イツキはどこか遠くを見るような眼で、そのときのことを話し始めた。
具合が悪いといって籠りがちになったシタラは、時折ふとどこかへ出かけていく。
麻乃も変に不安定であると、イツキのもとへ進言にくるカサネさえも、どこかおかしいようにみえたという。
どう判断したものか考えあぐねていると、あれよあれよという間に上層が介入してきて、結界を張りなおすと言いだした。
「……サツキさまに黒玉を渡したあのときの話しだ」
「ああ、間違いないな」
鴇汰のつぶやきに修治が答える。
あのときサツキがいっていた、不信感を抱いている巫女とはイツキのことだったんだろう。
「不測の事態が起きているとサツキとイナミより聞きおよび、早急にかつ密やかにクロムさまへ連絡をとりました」
「滞っていたすべての準備を再開できたのは、イツキさまがいらっしゃったことと、梁瀬くんとサムくんが思う以上の術師に育ってくれていたからだ」
「ですが、やはり麻乃はすでに干渉されていました。術が放たれた今も、まだその暗示は解けていません」
ここでようやく話しが最初に戻った。
「この術は紅き華である麻乃のための術です。干渉が外れるそのときまで、麻乃のそばに控えているでしょう」
「麻乃ちゃんの中からロマジェシカの軍師が離れた瞬間、術は麻乃ちゃんに掛けられた暗示に反応する」
「けど、それは確証のない話しだよな? マドルの野郎は術師として強いらしいじゃねーの。すぐにまた戻るようなことがあったら……」
「鴇汰、それはありませんよ」
イツキはきっぱりと言い切る。
「麻乃の覚醒は完全ではないはずです」
「はい。確かにあいつはスイッチが入ったり切れたりするように、行動が安定していません。それに炎魔刀も未だ抜けないままです」
「紅石が作用しているのですよ。あれには麻乃の隊員たちによって、無事を願う祈りが捧げられています」
「豊穣の出航のときに、七番のやつらが麻乃に渡していたピアスか! やつらの思いが麻乃を押しとどめているのか!」
「干渉がなくなったそのときこそ、麻乃の真の目覚めとなるでしょう。そうなればもう彼は麻乃には戻れません。たとえどんな下準備があってもです」
今ここに小坂や杉山がいないのが残念でならない。
七番のやつらにこそ、今の言葉を聞かせてやりたかった。
自分たちの思いが麻乃を救うと知ったら、どう思うかなど考えるまでもなく明らかだ。
人型の式神をだすのも、クロム以外にみたことがない。
ただ、それは大陸のあちこちで経験を積んだからで、薬師としても誰よりも勤勉だったからだと思っていた。
まさか伝承の賢者だなどと、鴇汰は思いもしなかった。
そんな大切なことを、身内の自分に黙っているなんて。
キッと睨むと、クロムは肩をすくめて曖昧な笑顔をみせた。
「残る二人の賢者さまとも引き合わせていただけるよう、手はずを整えている間に、相次いでお二人が亡くなられてしまったと……」
「でも今回、その術は使われて……まさか、ヤッちゃん……」
巧の言葉に全員の目が梁瀬に向いた。
梁瀬はうつむいたまま、コクリとうなずく。
巧も徳丸も穂高さえも、驚いた様子を見せないのは、大陸にとどまっているあいだになにかあったからだろうか。
「梁瀬くんもサムくんも、確かに継ぐものではあるけれど、まだ完全ではない。なぜなら秘術を、あのロマジェシカの軍師に奪われているからだ」
「マドルの野郎に?」
「そう。どんな手を使ったのかわからない。けれど彼は継ぐものを匂わせて二人の賢者に近づき、その秘術だけでなく命までも奪った――」
二人の賢者が亡くなってから、その命を奪った相手を探すために、クロムは長い年月を費やされたという。
それを聞いて鴇汰はようやくクロムがあちこち飛び回っていた理由を理解した。
なぜ自分が置いていかれたのかも。
「準備は滞ることになってしまいましたが、それでも麻乃が戦士となるのであれば、まだ猶予はあると考えていました」
「ですが、麻乃の受けたのは蓮華の印……毎年必ずこの島を出ることに……」
「シタラさまはそのことを酷く憂いていました。可能なかぎり様子に変わりはないか気にかけていらっしゃったのですが、それが麻乃に警戒心を植えつけてしまった」
確かに麻乃は妙にシタラを気にして嫌がっていた。
それはシタラの憂いを感じ取っていたからだろう。
「先だっての、西浜でのロマジェリカ戦のあと、私はカサネさまより、麻乃とシタラさまの様子がおかしいと伺っていました」
イツキはどこか遠くを見るような眼で、そのときのことを話し始めた。
具合が悪いといって籠りがちになったシタラは、時折ふとどこかへ出かけていく。
麻乃も変に不安定であると、イツキのもとへ進言にくるカサネさえも、どこかおかしいようにみえたという。
どう判断したものか考えあぐねていると、あれよあれよという間に上層が介入してきて、結界を張りなおすと言いだした。
「……サツキさまに黒玉を渡したあのときの話しだ」
「ああ、間違いないな」
鴇汰のつぶやきに修治が答える。
あのときサツキがいっていた、不信感を抱いている巫女とはイツキのことだったんだろう。
「不測の事態が起きているとサツキとイナミより聞きおよび、早急にかつ密やかにクロムさまへ連絡をとりました」
「滞っていたすべての準備を再開できたのは、イツキさまがいらっしゃったことと、梁瀬くんとサムくんが思う以上の術師に育ってくれていたからだ」
「ですが、やはり麻乃はすでに干渉されていました。術が放たれた今も、まだその暗示は解けていません」
ここでようやく話しが最初に戻った。
「この術は紅き華である麻乃のための術です。干渉が外れるそのときまで、麻乃のそばに控えているでしょう」
「麻乃ちゃんの中からロマジェシカの軍師が離れた瞬間、術は麻乃ちゃんに掛けられた暗示に反応する」
「けど、それは確証のない話しだよな? マドルの野郎は術師として強いらしいじゃねーの。すぐにまた戻るようなことがあったら……」
「鴇汰、それはありませんよ」
イツキはきっぱりと言い切る。
「麻乃の覚醒は完全ではないはずです」
「はい。確かにあいつはスイッチが入ったり切れたりするように、行動が安定していません。それに炎魔刀も未だ抜けないままです」
「紅石が作用しているのですよ。あれには麻乃の隊員たちによって、無事を願う祈りが捧げられています」
「豊穣の出航のときに、七番のやつらが麻乃に渡していたピアスか! やつらの思いが麻乃を押しとどめているのか!」
「干渉がなくなったそのときこそ、麻乃の真の目覚めとなるでしょう。そうなればもう彼は麻乃には戻れません。たとえどんな下準備があってもです」
今ここに小坂や杉山がいないのが残念でならない。
七番のやつらにこそ、今の言葉を聞かせてやりたかった。
自分たちの思いが麻乃を救うと知ったら、どう思うかなど考えるまでもなく明らかだ。
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