聖女への供物

たなまき

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 新聖女お披露目の日、普段は教皇が信徒たちに姿を見せるために使用されるバルコニーの上で、私は彼女の背後に控えていた。眼前の広場には多くの国民が集まり、こちらを見上げて熱狂的な声をあげている。

 教皇がローズマリーを紹介する。拡声器を使用しているので国民の声にかき消されることはなく、広場に響き渡る。教皇の長々とした説教まじりの話がようやく終わるようだ。

「——新たな聖女ローズマリーが王国に平和と豊穣をもたらすであろう」

 大衆が歓声をあげる。ふとローズマリーの横顔をのぞくと、高揚しているのか頬を赤く染め、瞳は潤みを帯びてきらめいている。まったく緊張していないようだ。担当した聖女の多くはこの場に立つと、緊張のあまり顔を青ざめさせていたことを考えると、この娘はかなり肝が据わっているらしい。

 広場から「聖女様!」「ローズマリー様!」と叫ぶ声が飛んでくる。聖女を呼ぶ声はどんどん増していく。皆、ローズマリーの発言を求めているようだ。

 教皇が私に目配せした。私は教皇に目礼してから、ローズマリーに耳打ちする。

「聖女様、出番です。拡声器をお忘れなく」

 ローズマリーはうなずいて、すこし息を整えてから身を正した。拡声器を通して、透明な美声が響く。広場の熱気に満ちた空気が清浄に清められるようだった。

「本日はわたくしのためにお集まりいただき、誠にありがとうございます。聖女として、王国のために身命を賭す栄誉にあずかりましたこと、心よりうれしく、また、その責務の大きさに身の引き締まる思いでおります。わたくしは、必ずや皆様に豊かで心安らかな日々をもたらすことをお約束いたします」

 そう言うと、ローズマリーは優雅なカーテシーを披露した。
 大衆から奔流のような大歓声があがる。

 盛大な祝福のもと、聖女ローズマリーの最初の一年はこうして順調にはじまった。
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