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第1章 性別不明のオネエ誕生

013 従兄の従兄弟ってわたしからすると

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「悪い、聞いてなかった。もっかい言ってくれ」

 師匠が私の出した突きを躱して、横にジャンプしながら言った。師匠の無造作に束ねた赤い長髪が、弾みでふわりと舞い上がる。そのまま師匠は独楽が回るかの如く一回転し、流れるような優美な動作で斬りかかってきた。

「仕方ないわね。もう一度話すわ」
「ああ」

 私は再度剣を構え直し、師匠の剣を受け流しながら再び斬撃を繰り出す。師匠の頷くのを見て、私は先程と同様の事を話した。
 昨晩、夕食の席で聞いた話だ。

「明後日、お義兄様の従兄弟が、来るそうなのよ」
「レイの兄貴の従兄弟? てことは、ラシュブルク侯爵家の兄弟か」
「その通りよ」


 何度か良いところに攻撃出来るも、涼しい顔で避けられてしまう。
 会話に気を取られた隙に一本取れないかしらと狙っていたのに、むぅ。

 寧ろ、長文を話して若干息が切れ始めた私の方が、不利じゃない?

「それで?」
「とんな方々なのか、知っているかと思って」
「あんまり会ったことは。優秀だと噂に聞く事は…あるな」

 聞きたいのは噂じゃないんだけど。
 師匠が怪訝そうな顔をしながら一歩踏み込んでくる。

「というより、兄貴に聞いた方が早いだろ?」
「悪い奴らではないって」
「………………。そりゃなんとも微妙な言い分だな」
「でしょう?」

 師匠が何とも言えない渋い顔になる。
 私は溜息をつきながら、右脇腹に繰り出された切っ先を避けた。


 あれから、お義兄様とはもうすっかり打ち解けたように思う。師匠ともなんだかんだ付き合いが続いていて、早二ヶ月が過ぎた。
 始めは敬語を使って話していたのだけれど、気持ち悪いから普通に話せと言われてからはオネェ言葉に戻した。

 公爵家に来てから早いもので、私もようやく貴族子息としての生活に慣れてきたかなと言える程になって。
 そんな折に、義母様の兄家族がハンスベルク公爵家に遊びに来る事になったと告げられた。


 養母様は元々、シュトラール公爵家の末娘として生まれたそうで、上に二人のお兄さんがいるらしい。
 長兄が現シュトラール公爵様で、次兄がラシュブルク侯爵様だそう。
 今回訪問されるのは、二番目のお兄さん家族という事になる。


 因みに、現シュトラール公爵様は文武両道で才色兼備、社交界でも高く名を馳せるほどの御仁にもかかわらず独身らしい。
 そんなわけで、次期シュトラール公爵家を継ぐ子供がいない。現時点で、弟夫婦の息子の誰かを養子にすると言っていると周囲に明言しているらしいと聞いたけど、そんな優良物件(しかも公爵)が独り身だなんて、周りが放っておかない気がするのに。

 ───極度の女嫌いだったりするのかしらね。


 考えても仕方ないけど。
 まぁそうな訳で、お義兄様の叔父家族がくる。

 そして、ラシュブルク侯爵には五人の子息がいる。つまり、お義兄様の従兄弟という訳で。


 ───お義兄様は、本来私の従兄にあたるのよね。そうすると、お義兄様の従兄弟は、私からすると従兄の従兄弟って事になる……のよね。ん? するとどうなるのかしら?


 ええと。
 親の兄弟同士の子供が従兄弟で、従兄弟同士の子供がはとこ。私とお義兄様の子供ははとこ同士で、従兄弟の従兄弟は………?

 ……駄目だ分らん。ややこしい事この上ない。
 もう、従兄弟でいいや。


 取り敢えず、仲良く出来るならそれに越したことは無いと思っている。
 でも、お義兄様の話し方ではなんだか癖のある人物達っぽいニュアンスだったから、それだけ心配だったのだ。

 テルカ師匠は王族だから、高位貴族の子息令嬢と一通り面識があると思って聞いてみたけど……。


「ラシュブルク侯爵家の息子達だろ? 長男次男はたしか俺と同い年かそこらで、三男四男はお前の兄貴と同学年の双子で多分学友だったか……? 
 えー、あとは……。五男がお前と同学年で、六男が新しく生れたとか言っていたように記憶してるが……。名前はちょっと忘れたわ」
「忘れたっ!? ちょっと、師匠……」


 しっかりしてくれ!
 ほんとに貴方王族ですか?! そんなミジンコみたいな記憶力って!!

 咎める視線を向けると、師匠はバツが悪そうに視線逸らした。


「仕方ねぇだろ。あそこの家は双子が多いんだよ。三男以降はデビュタント前だし……」
「デビュタント? …あ、そうか。お義兄様と同学年って事は、まだ十四歳前って事だものね。社交界には出ていないから、師匠も直接会った事があるわけじゃないのね?」
「そういうことだ」


 師匠に言われて気が付いたけれど、あんなに大人びているお義兄様も、よくよく考えてみればまだ十歳なのだ。デビュタントまでは四年もある。

 デビュタントというのは、前世で言うところの成人式のようなもので、大人と認められる年齢になったことをお披露目する場の一種だと教わった。それまでは、公式での大人の社交界に出ることは禁じられているのだとか。

 貴族院に入学する十四歳になると、王家の主催する全ての貴族令嬢・子息が一同に会するデビュタントに出席し、ようやく貴族の一員として認められる。
 そういう仕組みらしい。

 いくら師匠が王族でも、公の場に出たことのない学年の違う侯爵家の子息の名前までは分からないのだろう。寧ろ、歳を把握しているだけでも凄いことかもしれない。

 とんだ無茶ぶりを言ってしまった。
 馬鹿にして悪かったかもしれない。


「まぁ、いじめられたら……。泣き顔、拝みに行ってやるから心配するな」
「ははは、師匠。そう言うときは黙って胸を貸してやるというのがモテる大人の台詞ですわよぉ~~!!」
「ハッ! 忠告痛み入るぜ!」


 前言撤回。

 ニヤニヤと笑っている師匠の鳩尾に貫通させるつもりで突き技を出すと、笑いを引っ込めた師匠が弾き飛ばし、そのまま一気に踏み込んできた。
 上手く受け流すことが出来ずにバランスを崩し、すっ転んだ私は、剣先を鼻先に突きつけられたまま、師匠を見上げる事になる。


「まだまだ、だな?」
「っ参りましたっ! くっそう、油断したわ!」
「あっはっは!! 相変わらず負けん気が強ぇなあ!!」


 大爆笑する師匠に引っ張って立たせてもらいながら、私はしかめっ面になる。
 テルカ師匠は初対面の時私が年齢を思わず間違えたくらい、とても十九歳の体格には見えない。少なくとも、前世の基準でいう日本人の十九歳男子の体格とはまるで違う。

 五歳の私がそんな体格の良い師匠に勝つには、少なくとも同程度の重量か身長、もしくは師匠を上回る速さが必要だと言われた。

 早さはクリアできているとして……。


 ───やっぱり、筋肉が足りてないのよねぇ……。


 公爵邸に来て質の良い食事と健康的な生活を取って行う筋トレをするようになってから、それでも以前より何倍も持久力が上がって、俊敏さも増した。

 加えてこの身体には武術の才能があったみたいで、身体が出来ていくに従って自由自在に動けるようになってもきた。


 なんと言えば分りやすいだろう。

 前世でプレイしたRPG系ゲームの格闘家の技や、不可能スパイアクション系海外映画の俳優さん達のアクロバティックな動きは大体出来る……と言えば、想像がつくだろうか?

 試しにバク転三連をやってみると、綺麗に着地が決まる。


 この前廊下で連続十回を飛んでいたら、ジルベールに見つかって「じぃの心臓は縮み上がるほどに驚きましたぞ」と褒めると共にたしなめられてしまった。
 側にいたメリナが腰を抜かしていたので、多分誰でも出来ることじゃないと思う。
 勿論、メリナにはきちんとお詫びをした。


「なんだそりゃ。おい、もっかいやってみろ。俺もやる!!」


 ああ、うん。
 この人は別だわ。


 その後は剣術指導ではなくてバク転の練習になってしまい、お義兄様が昼食に呼びに来るまでの間、私は師匠にバク転を実演し続ける羽目になった。

 これは、明日は筋肉痛確定案件である。
 調子に乗って披露した捻り技で収拾が付かなくなったせいで、腰回りが、ちょっと……。


 ちなみに。
 師匠はバク転は一回も出来なかった。わはは。
 まぁ、あれ程重量のある身体でそんな簡単にバク転されたら、それはそれで怖い。
 悔しがる師匠を尻目に、ちょっぴり優越感に浸ってその日は終了した。



 ***

 そんなこんなで幾日か過ぎ。
 いよいよお義兄様の従兄弟達に会う日となった。毎日の日課の筋トレや素振りをその日の朝は行わず、カサーラ達に全身磨かれて新調した服に袖を通す。
 お昼頃、来客を告げる門番がやってきて、公爵家の皆でエントランスに待機した。


「ハンスベルク公爵、我が義弟! お招きいただき感謝する」
「ラシュブルクの義兄上。ようこそ参られた」


 家令に恭しく迎え入れられ、義母様に似たにこやかに笑う男性と養父様が簡単な挨拶を交わした。
 義兄弟と呼び合う様から推測するに、関係はかなり良好なのだと思う。

 男性は次に、隣に立っていた義母様と挨拶し、抱擁を交わした。

「やぁ、私の可愛い妹ミシェル! 元気にしていたかい?」
「息災ですわ。お兄様もお元気そうですわね」
「もちろんだとも。ああ、ムトアも大きくなった! 叔父さんを覚えているかな?」
「お久しぶりです、ラシュブルク侯爵様」


 お義兄様が礼儀正しく挨拶を返すと、機嫌が良さそうに侯爵様は頷いた。それから、最後に私に向き直る。


「やぁ、本当に驚いたよ。まさか、会わないうちに甥が二人に増えているとは! 君が、レイリアンだね?」

 ニコニコと人好きのする笑みを浮かべながら、侯爵様は片膝をつき目線を合わせてくれた。
 直感で、なんとなくこの人は優しい人だと分かる。
 私は年相応の無邪気な笑みを浮かべ、きっちりと挨拶をした。


「初めまして、侯爵様。レイリアンと申します」
「おお、なんて可愛らしい事だ! ムトアもレイリアンも、私のことは是非、叔父と呼んでくれ。こんなに素敵な甥達をもてて、私は幸せ者だね」

 朗らかに笑う様子が、義母様とよく似ている。
 義母様が相好をくずして、立ち上がった侯爵様に問い掛けた。

「お兄様。私、可愛い甥達にも挨拶をしたいものですわ」
「おお、そうだな! お前達、挨拶なさい」


 侯爵様が促すと、後ろで並んで待っていたお義兄様の従兄弟達が前に進み出し、顔が見えるようになる。
 師匠が言っていた通り、もう成人を済ませたであろう歳の双子と、お義兄様と同い歳くらいの双子がいた。どちらも互いに見分けのつかないほどに、よく似ている。

 一番小さい男の子が、お兄さん達の後ろでやや所在なさげに俯いて立っていた。

 とすると、あの子が私と同じ年頃の五男か。
 お兄さん達の自己紹介の最後に、小さい男の子が自身の名を言う。


「……セルゲイです」
「まぁ、セルゲイ? 大きくなりましたね。以前会った頃はまだ赤ん坊の頃だったわ」
「………」


 義母様が「覚えていないのも無理はないわね」と笑うけれど、セルゲイはニコリともせず突っ立っている。大分無愛想だなと思ってしまうが、彼はいつもと変らないようで、侯爵様や他の兄弟達は大して咎めもしていない。


「ははは、すまないな。少々人見知りのようで」
「構わない。そう言えば、六男が生れたと聞いたが」


 公爵様が通常運転の鉄仮面でさらっと話題を変える。
 他の人は義父様と侯爵様に視線を戻したから気が付かなかったかもだけれど、セルゲイがほんの微かに身動いだ気がした。なんとなく、顔も強ばっているような。
 はて。何故だろう。


「ああ、そうなんだ。ただ、身体が弱いようでな……。今日はディアナと一緒に屋敷にとどまるよう言ったんだ。いずれまた、挨拶に来させよう」
「いや、その時は私達が出向くとしよう。ああ、このようなところで立ち話もなんだ。応接間へ移ろうか」
「そうしよう。お前達はどうする?」


 侯爵様が子息達に問うと、上の双子達がにっこりと笑って揃って言った。


「「父上達は積もる話もありましょう。弟達と従兄弟達は、私達で面倒見ます故、ご心配なく」」
「そうか。それでは、ムトアの部屋にでもお邪魔させて頂きなさい」
「「分りました」」


 そうして、私達は七人で暇を潰すことになった。
 お義兄様が部屋へと案内する後ろを、下の双子の兄弟達が勝手知ったる様子でついて行く。同学年と聞いたから、今までに遊びに来たことがあったのかもしれない。


 やがてお義兄様の部屋に到着し、使用人達が外に控えて部屋の中が子供だけになると、瞬間的に砕けた雰囲気になった。部屋にある一組の応接用ソファーにそれぞれの家族で並んで座る。いつの間に準備されたのか、机には紅茶や菓子が並べられていた。


「ああ、緊張したなぁ~。やっぱり、ルトア公爵は迫力があるよ。うちの父上と大違いだわ」
「だな。あ、ムトア。改めて、弟君紹介してくれよ。さっきはあんまり話せなかったろ」


 上の双子達がお義兄様に向かって親しげに笑いかける。
 お義兄様も、いつもと表情は変わらないまでも、リラックスした雰囲気で頷いた。


「ああ。レイリアンだ。可愛くて天使で可愛い」


 お義兄様が手招きしたので近寄ると、ヨシヨシと頭を撫でられた。
 その様子をまじまじとした様子で双子達が眺めている。


「珍しいな、あのムトアが饒舌だ」
「驚きだな、猫可愛がりだ」
「意外だな、お前がそういうタイプだったとは」
「可愛いな、俺も撫でてみたい」
「却下」
「「「「ムトアが物凄い過保護っ!!!」」」」


 カラカラと笑う様子が、本当に仲良しなんだと分かる。
 なんだか、私もホッとしてしまった。
 従兄弟といえど、恐らく身分を弁えなければならないこともあるだろうと思っていた。貴族社会はそう言う場所だ。でも、現段階でお兄様達がリラックスして話すことが出来る人達なのだから、やっぱり、悪い人達ではないのだと思う。

 私は、改めて自己紹介をする事にした。


「改めまして、レイリアンですわ。趣味は筋トレ。好きなものはお義兄様。尊敬するのもお義兄様。将来の夢は、目立たずひっそり生きること。皆様、よろしくお願い致します」


 にっこり微笑んで、お辞儀をする。
 顔を上げると、十個の目がまじまじとこちらを見つめているのに気が付いた。


 ───……。あら? 何かおかしなこと言ったかしら? お辞儀を間違えた? 将来の夢、筋トレしつつオネェになることの方が良かったかしら。いいえ、でも、趣味筋トレって言っちゃったし。


 お義兄様を見上げると、何を思ったかこくりと頷いてヨシヨシが再開される。

 いや。違う、そうじゃない。お義兄様、ご褒美の催促じゃないですから!


「「ああ、うん? ムトア?」」
「可愛いだろう。私の弟は」
「「あ、うん。そうだね」」


 下の双子達が若干困惑した顔でお義兄様に問い掛けようとするも、お義兄様の返答に撃沈した様子で撤退していった。
 なんだろう。後ろでぷるぷる震えながら互いの肩をバシバシ叩き合っている上の双子達、既視感あるなあ。
 ああ、うん。なんかツボに入ったのは分る。
 タイミングが分らないだけで。


「なぁお前……」
「ん?」


 それまでだんまりしていたセルゲイがボソッとした声で、何かを言いかけている。
「なぁに?」と答えようとして、ハッとした。

 マズい。
 これは、一刻も早くこの部屋から撤退しなければ。


 ──そう、お義兄様に気が付かれる前にっ!!


 私はすっと立ち上がり、突然のことに驚いている面々に笑顔を振りまきながら言った。


「ちょっと私急用を思い出しましたの。部屋に行きますので付いてこないで下さいな。お義兄様、そういう訳ですので大変申し訳ございませんが、行って参ります」
「ああ」


 よし。
 取り敢えず、お義兄様の許可はもらった。
 直ちに退避しよう。


 私は急いでいることを感じさせないよう、けれども可能な限り足早に、お義兄様の部屋を後にした。
 セルゲイと一緒に。










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