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第3話 女神からのお願い……それを人は悪魔の囁きと呼ぶ
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一日中吹雪いていたと思われていた豪雪だったが、昼間は少し落ち着いた為、家屋の修繕に充てることができそうだった。
幸い小屋の奥に斧や小刀など大工用品が一通り置かれており、二人で樹木を切り倒して調達することができた。
こうして数日を要して、やっと雨風から身を守る小屋が完成させることができたのであった。
「これはなかなか。それなりにいい出来栄えなんじゃないか?」
「えぇ、二人で作ったとは思えない上物です」
いや、実際はそんな大したものではなかったが、何不自由なく生きてきた僕らにとって何かを成し得たのは初めての経験で、たとて不恰好な出来栄えでも美化フィルターが働いて素晴らしく映し出されていた。
「それにしても、そろそろ身体の汚れを拭いたいものだな。今なら火焔魔法も消し去られることもないだろうから、湯くらいは沸かせるかもしれないな」
できればゆっくりとお風呂に浸かりたいものだが、きっとそういった贅沢はこの先叶ことはないだろう。だが、互いに温かな湯で体を拭うことくらいは可能だ。
僕らは前住人が残してであろう鉄鍋に雪を入れ、それを溶かして湯を沸かした。そして互いの背中を拭き合い、汚れを落としていった。
「マーニー、寒くはないか?」
「……はい、大丈夫です。兄様」
無音の空間にパチパチと焚火の火が音を立てる。昨日前は暗闇の中だったマーニーの輪郭が優しく照らされ、愛しさが込み上がった。
互いに食欲を満たす為だけだった関係。
だが僕は、少しだけ明るく灯された未来に安心を感じたのか、違う欲が芽生えたことを自覚した。
それは性欲・独占欲。
どちらにせよ、自分勝手で情けないものだった。
「兄様、ありがとうございます。あとは自分で致しますので、その……少し目を瞑って頂けませんか?」
彼女は僅かに膨らんだ胸元を隠しながら、恥じらうように頼んできた。むしろその懇願が僕の制御を薙ぎ倒す。
気付けばいつものようにマーニーの首筋に牙を食い込ませ、血を欲していた。
だが普段と違ったのは血だけではなく、温もりやその奥の熱まで欲したことだろうか?
「マーニー、僕はもう……」
「アデルお兄様、んン……っ、待って」
僕は彼女を押し倒し、そのまま両腕の自由を奪った。そして露わになった二つの膨らみを見て、そのまま右の乳房に齧り付いた。
心臓に一番近い、最も命が濃い場所。
「あああァッ! 痛い、痛い痛ィ!」
今までどんなに血を吸われても喚くことがなかったマーニーが、耐えられずに痛苦の叫びを上げた。
だが、そんな声ですら届かないほど、僕はマーニーの血を欲し続けた。
角度を変えては何度も何度も吸い縋る。
そして数分後——……やっと我に返った僕は、力尽きて気を失ったマーニーの肩をゆすって謝罪を続けた。
それでもビクともしない彼女を見て、なんてことをしてしまったのだろうと深く反省した。
「マーニー、マーニー! 目を覚ましてくれ! お前がいなくなったら僕は!」
こんな何もない世界で、どう生きれというのだろう?
絶望で目の前が真っ暗になった時、やっと彼女の目が開き、再び僕を見つめてくれた。
ボロボロと涙を流す僕の頬を指で撫でて「兄様……」と微笑んでくれたのだ。
「マーニー、すまなかった! もう二度とこんなことはしないから許してくれ!」
「——そんなに気を病まないでください……私は大丈夫です。少し驚いただけなので」
そう言って慰めの言葉を続けてくれたが、そこに意味を見出せなかった。
もう二度とマーニーを失うようなことはしたくない。彼女がいなくなった世界なんて想像したくなかった。
その反面、力強く脈を打つ心臓の鼓動を近くに感じ、酷く喉が枯渇した。
彼女が死ぬ間際には、その真っ赤な心臓に喰らい付きたい。だけど今は、絶対に彼女を失いたくない。
我ながらなんて矛盾に満ちた欲を抱えているのだろう。
そんな彼女に謝罪の意味を込めて、指を差し出した。マーニーは失った血を補う為にハムハムと噛み付いていたが、その姿ですら愛しくて堪らないほどに欲していた。
——そして、そんな二人を観察し続けていた一つの影が、言葉を発した。
「いい、スゴくいい……! やっぱり彼が一番だわ。彼じゃないとダメ」
千里眼を駆使して覗き見していたのは転生を司る女神ヴィータだった。二人のやりとりを見て、欲情し光悦した表情を晒していた彼女は、そのまま自らを慰めるかのように胸元を揉みほぐし出した。
「滅された人類最大の敵、吸血鬼一族の最後の末裔。彼こそ魔王の器だわ! この秀麗な顔付も全部私好み! この端正な顔を酷く絶望させて歪ませたい……っ!」
それは悪魔に見初められたも同然の不運だった。
こうして僕らの平穏は終わりを迎えたのだった——……。
幸い小屋の奥に斧や小刀など大工用品が一通り置かれており、二人で樹木を切り倒して調達することができた。
こうして数日を要して、やっと雨風から身を守る小屋が完成させることができたのであった。
「これはなかなか。それなりにいい出来栄えなんじゃないか?」
「えぇ、二人で作ったとは思えない上物です」
いや、実際はそんな大したものではなかったが、何不自由なく生きてきた僕らにとって何かを成し得たのは初めての経験で、たとて不恰好な出来栄えでも美化フィルターが働いて素晴らしく映し出されていた。
「それにしても、そろそろ身体の汚れを拭いたいものだな。今なら火焔魔法も消し去られることもないだろうから、湯くらいは沸かせるかもしれないな」
できればゆっくりとお風呂に浸かりたいものだが、きっとそういった贅沢はこの先叶ことはないだろう。だが、互いに温かな湯で体を拭うことくらいは可能だ。
僕らは前住人が残してであろう鉄鍋に雪を入れ、それを溶かして湯を沸かした。そして互いの背中を拭き合い、汚れを落としていった。
「マーニー、寒くはないか?」
「……はい、大丈夫です。兄様」
無音の空間にパチパチと焚火の火が音を立てる。昨日前は暗闇の中だったマーニーの輪郭が優しく照らされ、愛しさが込み上がった。
互いに食欲を満たす為だけだった関係。
だが僕は、少しだけ明るく灯された未来に安心を感じたのか、違う欲が芽生えたことを自覚した。
それは性欲・独占欲。
どちらにせよ、自分勝手で情けないものだった。
「兄様、ありがとうございます。あとは自分で致しますので、その……少し目を瞑って頂けませんか?」
彼女は僅かに膨らんだ胸元を隠しながら、恥じらうように頼んできた。むしろその懇願が僕の制御を薙ぎ倒す。
気付けばいつものようにマーニーの首筋に牙を食い込ませ、血を欲していた。
だが普段と違ったのは血だけではなく、温もりやその奥の熱まで欲したことだろうか?
「マーニー、僕はもう……」
「アデルお兄様、んン……っ、待って」
僕は彼女を押し倒し、そのまま両腕の自由を奪った。そして露わになった二つの膨らみを見て、そのまま右の乳房に齧り付いた。
心臓に一番近い、最も命が濃い場所。
「あああァッ! 痛い、痛い痛ィ!」
今までどんなに血を吸われても喚くことがなかったマーニーが、耐えられずに痛苦の叫びを上げた。
だが、そんな声ですら届かないほど、僕はマーニーの血を欲し続けた。
角度を変えては何度も何度も吸い縋る。
そして数分後——……やっと我に返った僕は、力尽きて気を失ったマーニーの肩をゆすって謝罪を続けた。
それでもビクともしない彼女を見て、なんてことをしてしまったのだろうと深く反省した。
「マーニー、マーニー! 目を覚ましてくれ! お前がいなくなったら僕は!」
こんな何もない世界で、どう生きれというのだろう?
絶望で目の前が真っ暗になった時、やっと彼女の目が開き、再び僕を見つめてくれた。
ボロボロと涙を流す僕の頬を指で撫でて「兄様……」と微笑んでくれたのだ。
「マーニー、すまなかった! もう二度とこんなことはしないから許してくれ!」
「——そんなに気を病まないでください……私は大丈夫です。少し驚いただけなので」
そう言って慰めの言葉を続けてくれたが、そこに意味を見出せなかった。
もう二度とマーニーを失うようなことはしたくない。彼女がいなくなった世界なんて想像したくなかった。
その反面、力強く脈を打つ心臓の鼓動を近くに感じ、酷く喉が枯渇した。
彼女が死ぬ間際には、その真っ赤な心臓に喰らい付きたい。だけど今は、絶対に彼女を失いたくない。
我ながらなんて矛盾に満ちた欲を抱えているのだろう。
そんな彼女に謝罪の意味を込めて、指を差し出した。マーニーは失った血を補う為にハムハムと噛み付いていたが、その姿ですら愛しくて堪らないほどに欲していた。
——そして、そんな二人を観察し続けていた一つの影が、言葉を発した。
「いい、スゴくいい……! やっぱり彼が一番だわ。彼じゃないとダメ」
千里眼を駆使して覗き見していたのは転生を司る女神ヴィータだった。二人のやりとりを見て、欲情し光悦した表情を晒していた彼女は、そのまま自らを慰めるかのように胸元を揉みほぐし出した。
「滅された人類最大の敵、吸血鬼一族の最後の末裔。彼こそ魔王の器だわ! この秀麗な顔付も全部私好み! この端正な顔を酷く絶望させて歪ませたい……っ!」
それは悪魔に見初められたも同然の不運だった。
こうして僕らの平穏は終わりを迎えたのだった——……。
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