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第二夜 黒猫、ではない
しおりを挟む再び自称・悪魔がカフェに現れたとき、夛利氏はほっとして、思わず大きく云ってしまいました。
「この間は、気の毒しました」
『悪魔だなんて、洒落にもならん』と、相手にしなかったのを、いささか気に病んでいたのでした。
「気の毒なことはされてないよ」と悪魔はしゃがれ声で平然と云いました。「ホットワインを、シナモン控えめで」
この前と同じく、重そうなバックパックを足元に置いて、スツールに坐りました。
「あら、なにか曰くありげな……」と、カウンター席でウィスキーを舐めていた常連客のミカが、悪魔と夛利氏へ交互に眼を遣りました。
彼女は、『女と男のいる舗道』のときのアンナ・カリーナみたいなボブカットにしたばかり。セーターと、頭のてっぺんで結んだ細いリボンは真っ赤で。
ミカの同僚のマキくんは、屈託無く、悪魔に手を振りました。
「今晩は。今夜も冷え込みますね」
水色のシャツは厚手のネルですが、彼は一年中、半ズボンなのでした。
背が高くて面長で、人懐っこい様子が、まるで大型犬のラブラドールかゴールデン・レトリバーを彷彿とさせる青年です。
「今晩は」と悪魔も二人に向かって挨拶しました。「俺ら悪魔なんだよね」
「悪魔って」とミカが半笑いで云いました。
「そう疑ってかかるものでもないですよ。よく見てごらんなさい」と夛利氏は声をひそめた。実はさっき、発見してしまったのです。「ほらほら、黒目に虹彩がない」
ミカは眉根にしわをよせて、悪魔を睨めつけました。
一方、マキくんは好意的に、
「悪魔って、誰にでも名乗っていいんですか?」
「うん。かまわない」と悪魔は、何故か不遜な口調で云いました。「あいにく、今日のところは名刺は切らしてるから、また今度わたすわ」
夛利氏とマキくんは、胡乱な視線を交わしました。二人とも、こう思ったからです。
『バックパックは、あんなにぱんぱんなのに、肝心の名刺を持っていない!?』
それまで黙っていたミカが、唐突に立ち上がります。隣に坐っていた悪魔に詰め寄ると、両手に力をこめて、彼の頬を挟みました。
「よく見せてごらんなさいよ。下らない冗談抜かして」
「痛い、やめろ」と悪魔がもがいた瞬間、その姿は大柄な黒っぽい猫に変身しました。
ミカの頬を蹴って逃れ、床に着地すると、もう黒いスーツを身につけた、元の姿に戻っておりました。
「蹴った。こいつ、あたしの顔を蹴りやがった」とミカが悪魔を指さします。
猫に変化したことには触れないので、マキくんが、
「黒猫では、なかったですね」と夛利氏に同意を求めました。
「お腹や手足は、白かったね」と夛利氏。
「黒猫じゃないんだ、悪魔の癖に」とミカ。
「悪魔の姿は、黒猫と違うんだけど」と悪魔が憮然と云いました。
「そうか!」とマキくんが晴れやかに、「悪魔は山羊だった。黒猫は、魔女の使い魔だ」
「だけど、白黒猫なんて、中途半端な」と、ミカは呟いてから、悪魔に向かい、「男のままじゃ、女のあたしを蹴れないからって、猫なら何をしても許されるのを利用しやがって」
「計算高いんだよ、悪魔だけに」と悪魔はにやりとしたが、ミカが冷ややかに訂正しました。
「姑息なだけじゃん」
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