紫房ノ十手は斬り捨て御免

藤城満定

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相模ノ統吾郎一味の探索〜其の壱。

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 八丁堀の同心組屋敷の百坪程よりも広い二百坪はある元与力の拝領屋敷に住む事になった伝三郎は、まずは下男下女を雇わなければならなかったが、これは直ぐに解決した。実家に奉公していた左吉とお咲の親娘を雇ったからだ。
 左吉の俸給は年三両一人扶持、お咲は一両三分一人扶持と決めた。
 伝三郎は引っ越したその晩に南町奉行所与力同心宅に引っ越し蕎麦や挨拶の銀子少々を贈っておいたので、異例の五十俵高での同心お取立てに表立って不平不満を口にする者はいなかった。
 出仕してから数日が経ったある日、年番方与力日村孫四郎様の御用部屋の控えの間にいたら、
「小柳。入れ」
 とのお呼び出しがあったので、刀を持って(普通は与力同心共に御腰ノ物預り所に預けるのだが、伝三郎は特に許されていた)御用部屋に入ると、日村様は五枚の手配書と睨みつけていた。
「小柳。ちと面倒な事になったぞ」
「と仰いますと」
 日村様が「これを見よ」と渡された御手配書には、本当に人間なのかどうかを疑わざるを得ない程の悪党面が描いてあった。
 日村様に渡された御手配書には、
『  相模ノ統吾郎 頭目
 相州無宿長良ノ甚八
 相州無宿岩戸ノ源太郎
 上州浪人橋本九郎右衛門
 武州女無宿玉掛けお仙
 上記五名の者共、極悪非道を極めたる人非人にて、商家、豪農家に押し入り、主一家、奉公人、三つの幼子に至るまで皆殺しに致し、多額の銀子を盗みし凶賊也』
 と書いてあった。
「この者共が如何致しましたので」
「極秘の探索で、この五名が江戸入りしておる事が判明したのだ」
 無意識のうちに、伝三郎は刀の鞘を掴んでいた。
「捕らえますか。斬りますか」
「盗み金の隠し場所や盗人宿を聞き出さねばならぬが、手に余るようなら斬れ」
「承知仕りました」
「良し。行け」
「御免」
 伝三郎は御用部屋を飛び出した。
 伝三郎にはこの数日間で配下となる岡っ引きができた。
 深川元町、六間堀町一帯を縄張りとする、堀越ノ藤助という親分だ。藤助は女房のお玉に東広小路で一膳飯屋を営ませており、八人の下っ引きを使っていて、江戸の町ではそれなりに名の売れた岡っ引きだ。
 両国東広小路にある一膳飯屋『丸九まるきゅう』に藤助を訪ねると、藤助がお玉の肩を揉んでいた。
「相変わらず尻に敷かれているようだな」
「こりゃあ、小柳の旦那。とんだ所を見られちまって」
 藤助は頬を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「お玉。済まねえが飯を頼む」
「いつものでよろしいですか」
「ああ、頼む。藤助」
「へい」
 伝三郎は前置き無しに事の次第を伝えた。すると藤助は小さく唸った。
「相模ノ統吾郎ですかい。面倒な野郎が戻ってきやがったな」
「オメェ、知ってるのかい」
 ちょっと知っているだけというような口ぶりではなかった。
「へい。統吾郎の奴は元々は北の臨時廻り、木下武左衛門の旦那の岡っ引きだった奴でしてね。あっしとは何度か捕物の手伝いをしたりされたりの仲だったんですがね。あの野郎。事もあろうに木下の旦那の奥様を手篭めごうかんにしやがったんでさ」
「な、何だと」
 武家の妻女が下郎風情に手込めにされたとあっては生きてはおるまいし、夫としては討ち取らねばならぬ不倶戴天の仇である。
 北町奉行所臨時廻り同心木下武左衛門と言えばあまり良い噂を聞かないが、それとこれとは話しが別だ。
「藤助。統吾郎だって元は岡っ引きだ。オメェらの溜まり場でちょいと聞き込んでくれねぇか。これは話しの聞き賃だ」
 伝三郎は財布から小判、一分金、一朱金を合わせて五両を懐紙に包んだ。
「小柳の旦那。こんなにほいほいと金を出して大丈夫なんですかい。お勝手向きに障りは出ねえんですかい」
 藤助は伝三郎の金払いの良さに有り難いと思うも、こんなに使っていたら暮らし向きが大変なんじゃないかと不安にも思う。
 が、伝三郎は笑った。
「心配するねぇ。付届けのお陰で財布の底が破れそうだぜ」
 伝三郎の俸禄は五十俵二人扶持だが、年番方与力付き同心に就任すると同時に幾つかの商家や旗本、大名家からの付届けが二百両にも及んだので暮らし向きは至って裕福なものだった。
 そう言えばそうだったなと得心した藤助は下っ引き達に探索費用を渡して江戸の町に散らばらせた。
 それと同時に、伝三郎が頼んだ飯が運ばれてきた。
 麦飯にとろろ汁、千切り大根に油揚げの味噌汁、鰯の塩焼きに香の物。
「夏場には、これが一番だな」
 麦飯にとろろ汁をぶっかけて醤油を垂らしてかき混ぜてずるずるとかき込む。鰯の塩焼きは塩の塩梅が抜群で、これだけで飯が何杯も食べられる。香の物は胡瓜と茄子。これも美味い。
 飯を二杯お代わりして銭を(いらないと遠慮されたが、御上御用の者が左様な真似はできないと断った)払って店を出た。
 さあて、相模ノ統吾郎よ。貴様らが拝める日の光は後何度かな。
 伝三郎の眼には冷たい笑みが光っていた。
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