紫房ノ十手は斬り捨て御免

藤城満定

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刺客十番勝負〜北町奉行所との合議。

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「来たか、伝三郎、お静。まあ、座れ」
 南町奉行大岡越前守忠相の許しを得た伝三郎とお静は下座に座った。
「松平殿、お静とやら、此度は誠に申し訳ない。我ら北町の同心ともあろう者が死末屋などをしておるなどとは夢想だにしておらなんだのじゃ。いや、これは言い訳じゃな。申し訳なかった」
 北町奉行大久保備中守実隆様の顔は一気に十歳も二十歳も老け込んだような疲れきった様子だ。
「伝三郎殿。木村太郎兵衛は儂の直属の同心だったのだ。彼奴めが死末屋をしておるなどとは露とも知らずにおったは某の不明。ご容赦下されたい」
 七右衛門が平伏して謝るのを見て、
「備中守様、七右衛門殿。死末屋などというものは、己がそうである事を毛ほども悟られないように致すとか。此度の事は已むを得ぬ仕儀かと存じまする」
「そう言っていただけると」
 表沙汰にはしないと臭わせると、大久保備中守様と七右衛門殿はほっとした顔をした。
「それにしても死末屋共の元締、根岸ノ三左衛門とは何者なのか」
「実は某、一度だけチラリと見た事がございます。提灯一つの薄暗がりであった為に確とは言えませぬが、歳の頃なら五十四、五。左の目尻から耳まで刀疵があったように記憶してございます」
「ふむ。左の目尻から耳までの刀疵とな」
 うぅむ、と唸った大岡越前様は大久保備中守様と顔を見合わせて頷いた。
「追い込み漁しかござらぬな」
「左様。賞金首となれば江戸中の町民がこぞって探し始めましょう」
「更に申せば、根岸ノ三左衛門とて命は惜しい筈。江戸を売って何処ぞに逃散致すかもしれませぬな」
「そうなれば」
「某らは助かります」
「であろうな」
「悪戯に血を流すは好ましくございませぬ」
 大岡越前守と大久保備中守は根岸ノ三左衛門を賞金首にして広く町民達から情報を仕入れ、捕縛、または江戸から逃散するのではないかと思案しているのだ。それは伝三郎とお静にとっても有り難い事なのでほっとした。
 と、ここで北町奉行大久保備中守様からお詫びの品が贈られた。
 銀子百両と大和守安定二尺五寸の刀だ。御奉行を見ると頷いたので、有り難く頂戴した。
 其処からは根岸ノ三左衛門のうろ覚えの人相書を作り、市中の高札場や湯屋、髪結処など、人目につく場所に貼りまくった。瓦版でも賑々しく取り上げさせたのが功を奏したのだろう。根岸ノ三左衛門身内の死末屋達が次々に捕縛または討ち取られ、遂には根岸ノ三左衛門の居所が知れたのだ。
 その場所は川向こうの小梅村にある茅葺き屋根のこじんまりとした陋屋だった。
 此処で出てきたのが、白浪ノ権蔵一味対策で結成された「討伐隊」だった。
 南北両町奉行所の討伐隊及び予備隊総勢四十八名からなる精鋭部隊が主戦力となり、他の同心捕方、岡っ引きまでも動員してその陋屋を十重二十重に囲んだので、仕掛け通路でもなければ逃走するのは不可能である。それ故に、陋屋の周囲一町にまで包囲網を広げて万が一に備えているのだ。
 討伐隊の面々は打刀、小太刀、捕物十手、短槍、鉢金、鎖帷子、鎖籠手、鎖脛当で武装していて、他の同心捕方達もそれぞれに武装している。更には弓鉄砲用の革盾まで用意してある。
 これらを指揮するのは南町奉行大岡越前守忠相と北町奉行大久保備中守実隆の南北両町奉行が直々の御出馬とあって、只ならぬ緊張感が張り詰めている。
 夜明けまで後一刻余り。
 皆の緊張感はいや増すばかりだ。
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