紫房ノ十手は斬り捨て御免

藤城満定

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刺客十番勝負〜根岸ノ三左衛門。

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 東の空が白んできた頃。
 御用提灯に火を灯し、松明に火を付けて茅葺き屋根に投げ込んだ。壁や戸にも火矢を射ち込んで暫くすると、覆面姿の男達が飛び出てきた。
 煙に耐えられなかったのだろう。
「南北両町奉行所である。一同神妙に致せ。それ、捕らえよ。手に余れば斬り捨てぇい」
 南北両町奉行の檄に同心捕方達は鬨の声をあげながら突っ込んでいった。
 勿論、先陣を切るのは伝三郎だ。
 その後に討伐隊が続く。
 刃と刃がぶつかり合って火花を散らす。当然ながら、死末屋達は鎖帷子を着込んでいるので、狙うのは腋や内太腿、目や口だ。
 死末屋達の人数は三十余名程だが、さすがに死臭が染み込んだ連中だ。並みの同心捕方達では相手にならない。
 そこで活躍しているのが伝三郎率いる討伐隊の面々だ。
 火花が散り、血飛沫が舞い、絶叫が響く。槍も弓も斬り割って、鉄砲で撃たれても死末屋の体を盾にする。鉄砲に水がかけられ、火縄が濡れた。こうなると鉄砲は使えなくなる。
 この機を逃すなとばかりに同心捕方達は一気呵成に斬りかかる。
 伝三郎も真っ先に斬り込む。
 陋屋の周りには刃と刃がぶつかり合う剣戟の音と悲鳴と怒号が飛び交い、皆、狂気に包まれた様相を呈している。
「松平様、其方に抜けました」
 南町奉行所定廻り同心三枝仙之助の叫び声に振り向くと、一人の浪人者が捕物の包囲を突破して此方に走ってくる。
「貴様が松平伝三郎か。兄、太郎兵衛の仇。覚悟せよ」
 覆面を脱いで斬りかかってきたのは昨晩返り討ちにした木村太郎兵衛の実弟朔次郎だった。
「兄弟揃って死末屋か」
 大上段から振り下ろされる一撃を受け流して背中に回り込み、首に剣を走らせるがそれを脇差で防がれた。
「二刀流か」
「兄と同じ二天一流だ」
 左手に刀、右手に脇差を構えるそれは間違いなく二天一流の構えだった。
「二天一流じゃあないが、俺も二刀流で相手をしてやる」
 右手に刀、左手に小太刀という真逆の構え。これは心境一刀流外ノ太刀・二刀術の構えだ。
「貴様あ、愚弄するか」
「いや、全く。貴様の兄太郎兵衛もこれで仕留めた。それを愚弄と呼ぶなら、貴様は実の兄である太郎兵衛をも愚弄する事になるぞ。それでも良いのか」
 的を射た一言。まさに正論だった。
 これには朔次郎も返す言葉が出なかったのか、切り歯した。
 刹那。
 朔次郎に隙ができた。
 その隙を見逃すような伝三郎ではない。右手の刀を下手投げに擲った。
 朔次郎はそれを弾いたが、刃が上に流れて胴ががら空きになってしまった。
「しまった」
 と思っても後の祭り。
 伝三郎は小太刀で朔次郎の胴を深々と抜いていた。
 あ、う、うぅぅ、ぐぅう
 朔次郎の口から何とも言えない呻き声と共に血が溢れ出て、その場に斃れ伏した。その間もどくどくと血が流れ出ている。朔次郎は苦しげに呻いているので、
「木村朔次郎。武士の情けだ。留めを刺してやる」
「か、忝い」
 心の臓を刺し貫くと、朔次郎は穏やかな顔で絶命した。
 片手拝みに拝んだ伝三郎は、刀と小太刀の切先を竹藪に向けた。
「根岸ノ三左衛門、いるんだろう。出てこい」
「さすがは伝坊だ。参ったよ」
 その言葉と共に竹の葉を掻き分けて現れたのは、
「は、花田の御隠居様」
 そう。
 根岸ノ三左衛門の正体は何と本所北割下水の御家人花田家の先代当主丹兵衛だったのだ。
「御隠居様が根岸ノ三左衛門だったのか」
「そうさ。儂が根岸ノ三左衛門さ」
 花田丹兵衛は伝三郎の父一郎兵衛の親友であり、幼い時分に相当可愛がってもらった叔父のような存在だ。
「御隠居。何故、死末屋などに」
「法で裁けぬ悪党をのさばらせておくのに嫌気が差してな」
「それなれば、何故に俺に刺客を放ったんだ」
 伝三郎には死末屋に狙われるような悪事を働いた覚えも加担した覚えも無かった。だからこそ不思議で仕方ない。
「ああ。伝坊に罪科は無い。無いのだがな、これも浮世の義理でな。伝坊には悪いと思ったが、どうしようもなかったんだ。許してくれ」
「と言われてもな」
 周りを見回すと、既に決着は着いていて、生き残っている死末屋は根岸ノ三左衛門こと花田丹兵衛のみだった。
「御隠居。見逃してやりてぇが、周りがそれを許しちゃあくれねえ。かと言って手捕りにするわけにもいかねぇんだ。分かってくれるよな」
 江戸の闇に生きる死末屋の元締が隠居したとは言え、公儀の直参御家人だったなどという事が表沙汰になれば公儀の威信に関わる一大事になるのは火を見るよりも明らか。
 だから、
「御隠居。いや、根岸ノ三左衛門。覚悟致せ」
 直参御家人ではなく、あくまでも死末屋の元締である根岸ノ三左衛門としてそれこそ死末するしかないのだ。
 心境一刀流対心境一刀流の勝負。
 丹兵衛は刀を正眼に構える。
 対する伝三郎は小太刀の鞘の石突を丹兵衛の眉間に向け、小太刀を背に回す。
 伝三郎の小太刀の鞘は鉄拵えで、並みの剣撃なら受け止める事ができるが、それは丹兵衛には通用しないだろう事は分かりきっている。
 じりじりと間合いの詰め合い、外し合いが続く。二人の顔には玉のような汗が浮かんでいる。
 動かない。
 いや、動けない。
 互いに一撃必殺の間合いに入るのを待っている。
 と、誰かがくしゃみをした。
 その瞬間、丹兵衛の刀の切先が伝三郎の喉に突き刺さったかのように見えた。
 同心捕方達から悲鳴が上がったが、血が噴き出したのは丹兵衛の首からだった。
 伝三郎は鞘で丹兵衛の切先を受け流して、小太刀で首筋を突き斬っていたのだ。
 ぐらりと揺れる丹兵衛は満足げな笑みを浮かべていた。
「で、伝坊。腕、を上げ、た、な」
「御隠居。態と死んだな」
「くっくっく。こ、これ、で良いん、だよ。わ、儂は楽しかっ、たぞ」
 血の泡と共に溢れる笑い声を上げた丹兵衛は懐から一枚の書状を取り出した。
「こ、こいつ、が、頼、み人だ、よ」
 最後の力を振り絞って笑った丹兵衛は風が流れるように穏やかに息を引き取った。
 丹兵衛の遺体を横たえた伝三郎は、震える体を奮い立たせて叫んだ。
「死末屋が元締根岸ノ三左衛門を、南町奉行所与力松平伝三郎家敏が討ち取ったり」
 その大音声の勝ち名乗りに、同心捕方は勿論の事、大岡越前守忠相も大久保備中守実隆も声の限りに勝鬨を上げた。
 こうして江戸の闇に生きる死末屋達の元締だった根岸ノ三左衛門との死闘が終結したのだった。
 しかし、伝三郎の両目には光るものがあったのには誰も気付かなかった。
「御隠居。俺もいつかは死ぬんだから、先にあの世で待っててくれよ」
 その呟きは風に流れて消えていった。
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