紫房ノ十手は斬り捨て御免

藤城満定

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刺客十番勝負〜後死末、其の壱。

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 死末屋の元締だった根岸ノ三左衛門を含め、多くの死末屋達を討ち取った南北両町奉行所の与力同心捕方達は大歓声を上げていたが、南町奉行所与力松平伝三郎、北町奉行所与力三谷七右衛門、南町奉行大岡越前守忠相、北町奉行大久保備中守実隆の四人だけは頭を抱えていた。
「御奉行。この事、如何取り計らいましょうや」
「如何と聞かれてもな。備中殿。これは如何ともしがたいと存ずるが、如何に」
「如何様左様。根岸ノ三左衛門に其処なる松平伝三郎の死末を依頼せし者が、この者ではな。伝三郎、其方は何とすれば良いと思うか」
「此処は一番、上様にお骨折りいただく他に道は無いと存じまする。七右衛門殿は如何」
「左様。御奉行。某も伝三郎殿の申される事に賛同仕りまする」
「左様か。しかし、まさかに沼田伊勢守様の嫡男であったとはな」
 そう。
 根岸ノ三左衛門こと花田丹兵衛に伝三郎の死末を依頼したのは何と老中沼田伊勢守正孝様の嫡男正親様だったのだ。
 沼田伊勢守正孝様は讃岐盛山藩三万八千石の藩主であり、やや癇癪持ちではあるものの、政事まつりごとの手腕はかなりの物であるので、上様の信頼厚い人物であるのだ。
 とは言え、嫡男がこの様な事を画策したとあっては幾ら上様の信頼厚い人物とは言え何事も無かったかのようにするわけにもいかない。いかないのだが、何とも面倒な事この上ない。
 ましてや、死末しようとした訳が正親が夜な夜な辻斬りなどという凶行を行っていたのを伝三郎に見付かり、手も無く捕らえられたが沼田伊勢守の嫡男であるという事が明るみになっては将軍吉宗公の政事と御威光に傷がつくのを良しとしなかったので右肩の骨を砕き、側付きの家臣共に沼田伊勢守様に御報告し、二度と此の様な凶行を辞めに致すように致せと言って終わりにしたのだが、万が一にもそれが世間の噂になった時に自分に何らかのお咎めあるやもしれぬ事を恐れての事だったでは、武士の情けもかけようがない。
 それを知った伝三郎は右肩の骨を砕くだけで終わらせたのが間違いだったのかと悔いた。
 侃侃諤諤と義を尽くした結果、この事を上様に上申し、伊勢守様は老中職を御役御免の上に隠居、嫡男の正親は切腹、次男の正治様を藩主としてもらおうという事で一致した。
 大岡越前守と大久保備中守は役宅に急いで戻り、登城の支度を整えた。そして何故か伝三郎にも登城せよとの下知があったので、組屋敷に馬を走らせ、継裃に着替えて登城の列に加わった。
 江戸城に登城した大名、旗本、陪臣は腰の物を預けるのが決まりになっているので、同田貫上野介二尺五寸を預け、長曾根虎徹入道興里一尺六寸八分の脇差を差している。
 上様に拝謁するには控えの間で順番を待つのが作法だが、大岡越前守、大久保備中守の連名で、
「天下国家の一大事」
 という旨の使者を遣わしていたので、待たされる事なく拝謁の儀が許された。
 大岡越前守、大久保備中守、伝三郎が平伏して待っていると、
「上様の~御成~り~」
 という茶坊主の声と共に御座所に上様がお座りになられた。
「越前、備中。天下国家の一大事とは穏やかではないの。何事が出来致したぞ」
「ははっ。実は本日未明、南北両町奉行所の与力同心捕方から選抜致せし討伐隊にて、江戸の町の闇に蠢く死末屋なる痴れ者共三十余名と、この者共を束ねる根岸ノ三左衛門なる者を討ち滅ぼしましてございまする」
「何とな。死末屋共を討ち滅ぼしたとな。備中。真か」
「ははっ。越前守殿らと我ら北町奉行所の合同にて討ち滅ぼしましてございまする」
「何と何と。これは朝から気分が良いぞ」
 将軍吉宗公はかなりの御満悦だ。
「して、越前。其処なる者な何者じゃ」
 上様の目が、隣り座敷との際に平伏している伝三郎に留まった。
「は。この者は南町奉行所与力松平伝三郎家敏なる者にございます」
「何、この者が有名な人斬り伝三郎か。うむ。苦しゅうない、面を上げよ」
 と言われて、はい、そうですかと顔を上げる馬鹿はいない。
 こういう時は、
「畏れながら上様の御威光に圧せられて叶いませぬ」
 恐懼きょうくと呼ばれる作法をしなければならないのだ。
「許す。面を上げよ」
 この遣り取りを三回繰り返してから顔を申し訳程度に上げる。そして、
「顔を見せよ」
 との仰せがあってから初めて上様の御尊顔を拝し奉る事ができるのだ。
「うむ。中々に見事な面魂よの。治にあって乱を忘れずとはこの者の事を言うのであろうな。越前。良き者を配下に持ったな」
「勿体なき御言葉。恐悦至極に存じまする」
 大岡越前守にお褒めの言葉があったので、大久保備中守様がちょっと羨ましそうな顔をしているのが目に映った。
 これはいけない。
 そう思った伝三郎は、急いで口を挟んだ。
「畏れながら上様に申し上げます」
「ん。何じゃ。申してみよ」
「ははっ。己で申すは口幅ったい事にございまするが、某の剣の腕は確かなものにございます。が、しかしながら北町奉行所にも武の心確かな方々が多数おられまする。中でも与力の三谷七右衛門殿と申される方の気迫は凄まじいものがあり、江戸の治安を保つ為には欠かせぬ人物と申しても過言ではない御方にございまする」
「ほう。其の方をして其処まで言わしめるとはの。備中。其の方も良き配下を持っておるようじゃな」
「畏れ入りまする」
 大久保様は思わぬお褒めの言葉に恐縮しているが、伝三郎に向けた顔には感謝の色が見えた。
「して、天下国家の一大事とは、この事か」
「ははっ。これは前置きにございまする。実は根岸ノ三左衛門が死末せんと致せしは、この松平伝三郎にございまして、その依頼人に問題がございまする」
「ふぅむ。依頼人に、のぅ。まさかに幕閣の誰かというわけではあるまいの」
「御明察」
 瞬間、上様の顔色が真っ青になり、見る見る内に真っ赤になり、怒りと困惑に体がブルブルと震え出した。
「越前、備中。その愚か者は誰じゃ」
「讃岐盛山藩三万八千石が藩主にして、老中職沼田伊勢守正孝様が嫡男正親殿にございます」
 吉宗公は金切り声で、
「伊勢守を連れて参れ」
 と命じると、小姓組の番士数名が駆け出した。
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