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第三章 権能覚醒篇

第六十八層目 忙しい試験官

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 午後になり、実技試験が始まった。
 各受験生達は、グラウンド等にそれぞれのコースごとに分けられ集合する。
 腕に覚えがあるものが目指すという探索師の性質上、やはりAコースやBコースの希望者が多い。流石に全員を担当する、ということもなく、Aコースでもいくつかに別れて、弾虎や瑞郭といった試験官が就くことになる。

「それでは、Aコース3組の実技試験を始めます。まずはそれぞれ、自分の得意とする武器を用意してください」

 弾虎以外にも教職員の試験官はいる。と言うのも、弾虎はあくまでもこの後にある実践試験での試験官であり、それ以外の試験項目は別の試験官が担当するのだ。

 試験官の指示に従い各々で武具を用意する受験生達。剣を持つものもあれば、槍や弓を持つものもある。一見すると、その様な物理的な武具に実用性があるのかと思ってしまうが、これらのほとんどが『人工魔導倶』である。
 魔力や気を込めることでそれぞれの武具に備わった能力が発揮され、モンスターに対して大きな効果を与えることができる。逆に言えば、これらが使えない者は戦闘を主体とする探索師には致命的に向いていない。

 そして、試験官が指示した『用意してください』という言葉。これは、武具をただ出せばいいという訳ではない。ダンジョンにおいて武具を用意するということは、『直ぐに使える状態にしろ』という意味であり、魔力や気を武具に流し込んでスタンバイ状態にすることにある。
 これは試験対策でも最初に教わることであり、対応が遅れた者や、武具に流し込む速度の遅い者はこの時点で減点対象になる。

(こういった基本的な事は流石に慣れてるかどうかが大きいなぁ。まぁ元々、俺はそんな高価な物持ってなかったけどなッ!)

 過去の一輝は、ただの普通の短剣でダンジョンに潜るという、ある意味手の込んだ自殺を繰り返していた。購入する資金が致命的に無かったのだ。
 それがたった半年ほど前の話なので、人生とはわからないものだ。しみじみと一人で頷く弾虎を、受験生達はチラチラと盗み見る。

(頷いてる……正解だったのかしら?)
(い、いま、俺を見て頷いた……!)

 皆、画面や紙面の向こう側の存在が気になって仕方がなかった。その事に気がついている試験官は、一瞬だけ減点にしようかとも思ったが、流石にそれは酷だろうと思い直す。
 そんな中で、一人の少女が武器に魔力を込めた状態で姿勢を正していた。だが、その視線は弾虎に釘付けである。

(はぁ~……やっぱりカッコいいなぁ)

 彼女の名は満田みつだ まい。今朝、車に跳ねられそうだったのを弾虎に助けられた少女であり、偶然にも早織の友人の片方である。

(ちゃんとお礼が言いたいけど……ハッ! ダメダメッ!! 集中、集中ッ!)

 武具に魔力を込めるのは、慣れた者であれば呼吸をするかのように行える。だが、自転車などもそうだが、慣れていないということは無駄に力が入ったり、上手く出来なかったりする大きな原因だ。
 少しでも集中を崩せば、直ぐに魔力が抜けそうになってしまう。その衝動と戦いながら、舞は真剣な表情を見せる。

「はい、結構ですよ。楽にしてください。では、少し休憩を挟んでから実践試験へと移ります。先に申しておきますが、試験官は手加減をしてはくれますが、怪我程度は覚悟しておいてくださいね。これはA、Bコース希望者には全員周知していることです」

 試験官の言葉に文句を言う者は誰もいない。その様な軟弱な思考では探索師などなれはしないし、皆覚悟を決めてやってきているのだ。特にA、Bコースの受験生は。
 だが、そんな覚悟を決めている受験生の憧れの的は、脳内で別の事を高速計算をしていた。

(ここからCコースの実技試験場までは800m程。その間に姿を隠せる施設は……よし、ある。休憩時間は10分程度。今から行って帰ってきての所要時間が3秒だから、8分は向こうに顔を出せる。行くしかねぇッ!!)

 この間、僅か0.01秒。色々と能力の無駄遣いである。

「皆ッ! 必要以上の怪我をしないよう、ちゃんと準備運動をしておけよッ!! 俺はちょっとウォーミングアップをしてくるッッ!」

 そう言い残し、風よりも速く姿を消す弾虎。突然消えたヒーローに皆が唖然としている間に、当の本人は物陰に隠れてスーツを仕舞う。そして、あたかも校舎から出てきた風を装い、Cコースの実技試験組と合流を果たした。

「おや? 神園君ではないか。今日はどうしたんですか? 入学試験の日なのに」
「あ、え、聞いてませんかね!? 学園長先生からこちらのお手伝いをするようにと言われまして」
「おやおや? 聞いていませんね……まったく、学園長は」
「俺が途中編入組なので、単位が少し足りないんです。お手伝いの代わりに単位をくださると」
「なるほど。それなら頼みましょうかね。いや、助かります。予想外に受験生が多くてですねぇ。あれでしょうか、弾虎さんの効果なんですかね」

 試験担当職員のモンスター習性学の教師、畠平はたひらはポリポリと顎をかく。
 事実、弾虎が現れてから受験志願者の数がグンッと増えた。彼の活躍に胸を踊らせた中学生達が、これまで以上に探索師を目指すようになったのだ。

 それはAコースの受験生を見ても明らかだ。
 最新型ボディスーツ『弾虎モデル』。老舗ダンジョン用具店が開発した探索師向けのボディスーツで、その性能の高さとシックな黒が人気の防具だ。
 中身ははっきり言えば弾虎の使うものとは雲泥の差も良いところである。だが、一応タイアップしているからには中途半端な物は出せないと、匿名でボブも開発に監修していたりする。
 受験生の三割はこのボディスーツを纏っている。それだけ、いま弾虎は注目をされているのだ。因みに値段は一着あたり、かつて一輝が使っていた中古のボディスーツが十着は買える。その事を知った一輝がショックに崩れ去ったのは余談だ。

「神園君が手伝ってくれるなら、サクサクと行きましょう。では、早速だが神園君。『ペープ・ピープ』を小屋から連れてきてください」
「わかりました」

 畠平の指示で近くにある飼育小屋へと向かう一輝。しばらくすると、小屋の中から一頭の牛の様な生き物を連れて出てきた。

「皆さん。この生物の名前は『ペープ・ピープ』と言います。モンスターとは基本的にダンジョンから出ることは出来ませんが、ダンジョンの外で生まれた場合はそのルールが適用されません。そして、このペープ・ピープはダンジョンの外で品種改良を重ねられた、人工飼育のモンスターです」

 畠平がペープ・ピープへと近づくと、ペープ・ピープは畠平の手に鼻を擦り付ける。

「この様に、このモンスターは非常に温厚であり、人懐っこい生き物です。だか、それでもモンスターであるので、体の何処かに弱点となる部位が存在します。本試験はその部位を発見し、レポートに纏めることです。気づいたことは何でも書いてください。そちらも採点対象とします」

 真剣な表情で畠平の話を聞く受験生達。だが、その内心では『こんなにデカイ生き物を観察するのか』とおののいていた。
 ペープ・ピープは牛の様なモンスターだが、元々はミノタウロス……牛と人が混合した様な巨大なモンスターを祖に持つ。ところが、ある日発見された非常に牛よりのモンスターから、幾度もの交配を重ねてこのペープ・ピープが生まれた。
 丈夫でかつ、温厚なので扱いやすく、様々な実験などにも用いられる。かつて、モンスター肉を食して大惨事を引き起こした実験の肉も、このペープ・ピープだ。ちなみに、一輝はいつか食おうと思っているが、内緒である。

 大人しいペープ・ピープは、受験生に取り囲まれても動じることなく、餌の飼い葉を食べ続けている。

 今が抜け時だ。そう思った一輝は、畠平に小声で話しかける。

「すみません、先生。ちょっと、ペープ・ピープの追加の餌を取ってきます」
「そうですねぇ。餌が無くなったら動きだしますから、お願いします。そこまで急がなくても大丈夫なので」
「わかりました。では」

 頷いて走り出す一輝。
 飼い葉のある倉庫に入るや否や直ぐ様スーツを身に纏い、倉庫から飛び出して校舎の壁を走って大ジャンプを決める。

「それでは、そろそろ実践試験を始めます……が、弾虎さんが」
「待たせたなッ!!」

 既に集まっていた受験生の前に軽やかな着地を決める弾虎。 
 息を切らすその姿に、受験生も試験担当も顔を引きつらせる。

 そこまで本気でウォーミングアップをして、何をする気かと。

 こうして、あちらこちらを行ったり来たりする弾虎。まるで綱渡りの様なスケジュールをこなしきれるのか。それは誰にもわからない。
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