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第三章 権能覚醒篇
第七十三層目 助けを求める声
しおりを挟む生死問わず。
かつて開拓時代のアメリカ西部で手配書に書かれていたいわれる文言である......が、その実はフィクション作品、いわゆる西部劇の話ではある。それでも現代においても同様の意味で用いられることはある。
『その者を捕らえることが出来れば、生きていようが死んでいようが問題ない』。つまりは、生きて捕まえようともその先に待っているのは死という事だ。
「そんな無茶苦茶な話は聞けない。俺はお前らと違って、人を簡単に殺そうなんざ思っちゃいないからな」
探索師は常々そういう『覚悟』は持っているが、だからと言ってそれを実行する事を躊躇わないわけではない。あくまでも自衛として、最後の手段としてとる為の覚悟なのだ。
「おやおや、それは心外だ。私たちだって、好きで人を殺めてはいませんよ。ただ、それが人にとっての魂の救済になるから遂行しているだけです」
「そういう、神の名を背に好き勝手しやがるから、俺はてめぇらの語る神を信じないんだよ」
「......口に気をつけなさい、クソガキ。不信心は見逃しても、神の名を穢す事までは看過できません。なんだったら、外にいる三つの血袋を今すぐに破裂させてやりましょうデスか?」
お互いに殺気を振りまきながら対峙する。これには流石にただならぬ事態だと周囲も感じ始め、店内が静寂に包まれる。
「グルさん、めっ」
一輝の目の前でグルの頭部が物凄い勢いで横にぶれた。
気がついた時にはグルの頭は店の壁に突き刺さっており、いつの間にか現れたヴェールが満足げに小さな息を漏らす。
「ごめんなさい、デビルの人。グルさんは短気だから」
「い、いや。俺の方こそ、ついムキになってしまった。別にお前たちの信じているモノを貶めるつもりはなかったんだが......それでも、殺人は出来ない。あと、俺の事は名前で呼んでくれ。色々とまずい」
「ん、わかった。それでいい。これ以上に罪を重ねれば、魂の浄化をしても地獄に堕ちるから」
「そ、そうか。で、あいつは大丈夫なのか? 動かないけど」
壁に刺さったグルはピクリとも動こうとしない。
そして、グルが壁に刺さった音は外まで響いていたようで、早織たちも何事かと店内に再び顔を覗かせる。
「に、兄さん、何があったんですッ!? 人が壁に突き刺さってますけど!?」
「うわぁお......漫画みたいですね」
「でも生きてるみたい。不思議」
「えっと、すまん。ちょっと知り合いがはしゃいじゃって」
「壁に突き刺さるはしゃぎ方ってどんなんですかッ!?」
早織の鋭いツッコミの中、ヴェールは平然とグルを壁から引っこ抜いて肩に担ぐ。
「また後で連絡する。今日は騒がせたから、お金はこっちが払う」
「え、いや、それはいけない」
「気にしない。グルさんの財布だから」
気絶しているグルの上着からサッと財布を取り出し、会計の店員にカードを渡すヴェール。
「壁の修理代もこれで」
「え、あ、ハイ」
店員が本当に良いのかと、一輝の顔を見てくる。だが、そんな視線を向けられても一輝も答えを持ち合わせていない。
「聖職者が人の金で支払いすんのかよ......」
「......求めよ。さらば与えられん」
「誤用も誤用だし、本当に信心ある!?」
聖書に記載されている『求めよ、さらば与えられん』という有名な語句は、『努力をすれ結果は自ずとついてくる。だから待ってばかりいないで頑張ろうぜ!』という努力を奨励する言葉だ。ただ、その語句の見た感じから『求めたらくれるんだろ? よこせよ給付金! 徒党を組んだ福沢諭吉ッ!!』的な意味で誤用される事がしばしばある。
はっきり言って、その様な誤用は下手すれば右の頬と左の頬の差し出しあいに発展するので、気をつけよう。
「一輝、気をつけて。狙いは、あなた自身」
「......それは、昼間の話か?」
「そう。それも含めて連絡する。それじゃ」
嵐の様に去っていくヴェールたちを見送りつつ、一輝はため息をつく。
「はぁ......なんなんだ、いったい」
その後、愛実と舞を自宅まで送り届けてから自宅へと帰った一輝は、スマホに見慣れない番号から着信が入っていることに気がつく。
恐らくはヴェールかグルか。どちらにしろあまり電話をしたくない相手なのだが、それでも無視をするわけにもいかない。もはや、何故自分の番号を知っているかは疑問に思うだけ無駄だろうと諦め、番号を掛け直す。
『も、もしもし?』
だが、電話口に出たのはまったく面識のない子供の声だった。
「もしもし? あーっと、もしかして間違い電話ですか?」
『ち、違うッ! カズキ、助けてッ!!』
「!?」
電話の向こう側から聞こえてくる切羽詰まった声に、一輝はすぐさま立ち上がる。
「いま、何処にいるんだ! 君は誰だッ!!」
普通ならば、こんな電話はどうせ悪戯だろうと高を括るものだ。だが、一輝は気がついていた。電話の向こう側。子供の声とは別に、何かが戦う音が聞こえていることに。
『ボクた......すみ......だ』
「音声が途切れるな......だが、すみ、だ......墨田?」
『助けッ......』
ツー、ツー。
電話が途絶え、無機質な音だけが鳴り響く。
一輝はそのまま直ぐに源之助へと電話を掛ける。
「もしもし、会長? いま大丈夫ですかッ!?」
『あぁ、昼間はお疲れ様。どうした、いったい』
「直ぐに家の方に......早織に警護をお願いできますか? 実は......」
試験終了後にヴェール達『天使』の接触があったこと。そして、つい先ほど謎の電話があったことを話す。
『現在、旧墨田区近辺で問題は起こってはいないな。もしもあるとすれば......』
「誰も入れないはずのダンジョン、ですか?」
『そうなる。だが、いったいどうやって......いや、いまはそんな話ではないな。わかった。二分でそちらへ向かわせる。到着次第、現場に向かってくれ』
「了解」
電話を切った一輝は、ダンジョンに潜る準備を済ませる。といっても、腕の端末にスーツなどは入っているので主に早織に対してだが。
「早織、ちょっといいか?」
「はい、大丈夫ですよ」
部屋に入ると、早織はラフな格好で机に向かって参考書を開いていた。
「ん? 試験が終わったのにまだ勉強をするのか?」
「んー、これはもう習慣みたいなものなので。それに、自己採点もしておきたいですし」
「流石だな。あーっと、ちょっと兄ちゃんは急なバイトが入っちゃったから、少し出てくるな」
「あらら。兄さんも忙しいですね。わかりました」
「あぁ。一人にして、ごめんな」
「......ねぇ、兄さん」
「なんだ」
「兄さんは、兄さんですよね?」
いまひとつ要領を得ない問いかけ。
しかし、それが意味するところは一輝には何となくだが理解できる。
ここ最近、何かと源之助からの『バイト』という名の呼び出しを受け、留守にすることが多かった。なので、早織が何かを感じ取っているのには一輝も気がついていた。
そして、それが本当は自分の言う『バイト』では無いこと。妹へも話せないような内容である事への負い目などがあり、早織自身も一輝の悩みを察していたのだ。
「いつか......ちゃんと話すから」
「......そう、ですか。なら、いいですよッ! ふふ、頑張ってきてください。兄さんが頑張れば頑張るほど、明日の夕ご飯が豪華になりますから」
「はは、そうだな! ......それじゃ、行ってくる」
早織の頭を一度だけ撫で、一輝は部屋を立ち去る。
その背に小さく呟きを投げかける早織。
「私としては、兄さんが無事ならなんだっていいんですけどねー」
なんとなく、勉強を続ける気にもならなくなってしまった早織は、ベッドに体を預けてクッションに顔をうずめる。
遠くで聞こえる玄関の施錠の音を枕に、瞼を閉じるのであった。
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