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『婚約破棄? べつにそれでも良いですよ。だって私、甘いものだけあれば幸せですから。』
私は毎日クッキーを十枚以上食べるくらいとにかく甘いものが好き。
しかし婚約者にはその点に関してあまり良く思われていないようだ。
というのも、婚約者であるローレンエは甘いものが好きでないのである。
それも普通の好きでないではない。彼は甘いものに対してかなり批判的。また、甘いものが世界に存在していると人々の魂が穢れる、などという意味不明な思想の持ち主でもある。それゆえ私が甘いものを食べていると急激に不機嫌になるのだ。さらに人格を否定するような暴言を吐かれる時もあるくらいで。
……とにかく私たちは気が合わない。
「お前との婚約だが、破棄とする」
そんなある日のこと。
ローレンエは唐突に私を自室へ呼び出して。
「甘いもの好きをやめないというのなら、俺はもうお前と共には生きない。魂に穢れを移されたくないからな。お前が穢れるだけならともかく、そのせいで俺まで穢れることには耐えきれない。だから……お前との関係は終わりとすることとしたんだ」
関係の終わりの宣言とその理由の説明を行ってきた。
「婚約破棄……ですか」
「ああそうだ。なんせお前は甘いもの好き、穢れているからな。共に生きることなど不可能だ」
「思想が強すぎます……」
「は? 俺が悪いと言うのか? 馬鹿め!! お前は馬鹿だ! 馬鹿の極み! 愚か! 脳足らず! あまりにも酷い!! この清らかな俺に対してそのようなことを言うなど!!」
彼は突然走り出す。
私に向かって。
「きゃ」
ぶつかられそうになった私は咄嗟にその場から退いた。
すると彼は勢いに乗ったまま窓に突っ込み、ガラスを貫き、下へと落ちていった。
「わあああああああ! たすけてええええええ! ぎゃああああああああ!」
ここは三階だ。
地上まではかなり距離がある。
彼はきっと、もう……。
その後ローレンエの死亡が確認された。
◆
あれから何年が経っただろう?
……分からない、数えていない。
調べればすぐに分かるだろうけれど。
でも、なんにせよ、あの婚約破棄はもうずっと遠い過去のように感じられる。
婚約破棄されて以降、私は自分のためだけに生きることにした。もう誰のためにも生きない、と、心を決めたのは。そしてそれは、甘いものを食べて生きてゆくという生き方。私は私が望む幸せを大事に抱きながら歩んでゆく。
それが一番幸せな生き方だと気づいた、だから。
私の人生は私だけのもの。
他者や社会に迷惑をかけすぎるのは問題だが、それを除けば、ある程度は自由に生きる権利があるはず。
だからこそ、自分だけの人生を歩み、楽しんでゆく。
◆終わり◆
『かつて婚約者を妹に奪われた女ですが……今は穏やかにそれなりに幸せに生きることができています。その運命に感謝です。』
私はかつて婚約者を妹に奪われた。
婚約者ロードレーフとの仲は悪くなかったのだが、妹であるリーンがロードレーフに惚れて近づくようになった。で、そのうちに段々ロードレーフがリーンになびいていって。気づけば二人は過剰なほどに愛し合うようになっていて。その果てに私は捨てられてしまったのだ。
「ごめんな、婚約は破棄だ」
「悪く思わないでねぇ? お姉さま。わたくし魅力的だからぁ、選ばれてしまっただけなの」
あの時わざとらしく寄り添いながらこちらを見てきていた二人。
その視線の冷たさは、きっと、死ぬまで忘れないだろう。
「俺はリーンと生きていく。だから……これでお別れだ、さよなら」
「お姉さまはもう要らないってことよ!」
……だが、その二人は、それから一年も経たないうちに亡くなった。
二人は婚約した。
しかしそんな二人を待っていたのは死という絶望であった。
ロードレーフは仕事関係の出張中に馬車の事故に遭う。その際、馬車から放り出され、着地したところが不運にも毒のある草の上だった。草に落ちたためその時点では幸い怪我はなかったが、毒草に触れてしまったために皮膚を痛め、そのダメージにより生命が危ない状況へと追い込まれてしまう。
そして、治療のかいなく、彼は数日後に亡くなる。
その話を聞いたリーンは激怒。
彼女はいきなり走ってその山にまで行き、何度も繰り返し「こんな草があったから!」と叫びながら山に火を放つ。
すると一瞬にして燃え広がった。
それを見てようやく落ち着いたリーンは帰ろうとしたが、煙に取り囲まれて帰り道が分からなくなってしまい、道に迷っているうちに気を失う。
そうして彼女は自滅した。
……もう懐かしいばかりの話である。
ちなみに私はというと、今は仕事に打ち込みながらそこそこ快適な暮らしの中に身を置くことができている。
今の仕事は嫌いではない。
たまに残業があるのは面倒臭いけれど。
これからもこんな風にして生きてゆけたら、そう思う。
穏やかな暮らし。
一応ある居場所。
そういった平凡なものこそが愛おしいのだと今なら分かる。
ロードレーフも、リーンも、ここへは辿り着けなかった。けれども私はここへ来た。私はここまで生きてくることを許されたのだ。ならば生きるのみ。ただ息をして、ただ今日を終える、それすら叶わない人も世界にはいるのだから。そう考えるなら、生きているだけである程度は恵まれているのだ。
これからも、細やかな幸せを見失わないように生きてゆく。
◆終わり◆
私は毎日クッキーを十枚以上食べるくらいとにかく甘いものが好き。
しかし婚約者にはその点に関してあまり良く思われていないようだ。
というのも、婚約者であるローレンエは甘いものが好きでないのである。
それも普通の好きでないではない。彼は甘いものに対してかなり批判的。また、甘いものが世界に存在していると人々の魂が穢れる、などという意味不明な思想の持ち主でもある。それゆえ私が甘いものを食べていると急激に不機嫌になるのだ。さらに人格を否定するような暴言を吐かれる時もあるくらいで。
……とにかく私たちは気が合わない。
「お前との婚約だが、破棄とする」
そんなある日のこと。
ローレンエは唐突に私を自室へ呼び出して。
「甘いもの好きをやめないというのなら、俺はもうお前と共には生きない。魂に穢れを移されたくないからな。お前が穢れるだけならともかく、そのせいで俺まで穢れることには耐えきれない。だから……お前との関係は終わりとすることとしたんだ」
関係の終わりの宣言とその理由の説明を行ってきた。
「婚約破棄……ですか」
「ああそうだ。なんせお前は甘いもの好き、穢れているからな。共に生きることなど不可能だ」
「思想が強すぎます……」
「は? 俺が悪いと言うのか? 馬鹿め!! お前は馬鹿だ! 馬鹿の極み! 愚か! 脳足らず! あまりにも酷い!! この清らかな俺に対してそのようなことを言うなど!!」
彼は突然走り出す。
私に向かって。
「きゃ」
ぶつかられそうになった私は咄嗟にその場から退いた。
すると彼は勢いに乗ったまま窓に突っ込み、ガラスを貫き、下へと落ちていった。
「わあああああああ! たすけてええええええ! ぎゃああああああああ!」
ここは三階だ。
地上まではかなり距離がある。
彼はきっと、もう……。
その後ローレンエの死亡が確認された。
◆
あれから何年が経っただろう?
……分からない、数えていない。
調べればすぐに分かるだろうけれど。
でも、なんにせよ、あの婚約破棄はもうずっと遠い過去のように感じられる。
婚約破棄されて以降、私は自分のためだけに生きることにした。もう誰のためにも生きない、と、心を決めたのは。そしてそれは、甘いものを食べて生きてゆくという生き方。私は私が望む幸せを大事に抱きながら歩んでゆく。
それが一番幸せな生き方だと気づいた、だから。
私の人生は私だけのもの。
他者や社会に迷惑をかけすぎるのは問題だが、それを除けば、ある程度は自由に生きる権利があるはず。
だからこそ、自分だけの人生を歩み、楽しんでゆく。
◆終わり◆
『かつて婚約者を妹に奪われた女ですが……今は穏やかにそれなりに幸せに生きることができています。その運命に感謝です。』
私はかつて婚約者を妹に奪われた。
婚約者ロードレーフとの仲は悪くなかったのだが、妹であるリーンがロードレーフに惚れて近づくようになった。で、そのうちに段々ロードレーフがリーンになびいていって。気づけば二人は過剰なほどに愛し合うようになっていて。その果てに私は捨てられてしまったのだ。
「ごめんな、婚約は破棄だ」
「悪く思わないでねぇ? お姉さま。わたくし魅力的だからぁ、選ばれてしまっただけなの」
あの時わざとらしく寄り添いながらこちらを見てきていた二人。
その視線の冷たさは、きっと、死ぬまで忘れないだろう。
「俺はリーンと生きていく。だから……これでお別れだ、さよなら」
「お姉さまはもう要らないってことよ!」
……だが、その二人は、それから一年も経たないうちに亡くなった。
二人は婚約した。
しかしそんな二人を待っていたのは死という絶望であった。
ロードレーフは仕事関係の出張中に馬車の事故に遭う。その際、馬車から放り出され、着地したところが不運にも毒のある草の上だった。草に落ちたためその時点では幸い怪我はなかったが、毒草に触れてしまったために皮膚を痛め、そのダメージにより生命が危ない状況へと追い込まれてしまう。
そして、治療のかいなく、彼は数日後に亡くなる。
その話を聞いたリーンは激怒。
彼女はいきなり走ってその山にまで行き、何度も繰り返し「こんな草があったから!」と叫びながら山に火を放つ。
すると一瞬にして燃え広がった。
それを見てようやく落ち着いたリーンは帰ろうとしたが、煙に取り囲まれて帰り道が分からなくなってしまい、道に迷っているうちに気を失う。
そうして彼女は自滅した。
……もう懐かしいばかりの話である。
ちなみに私はというと、今は仕事に打ち込みながらそこそこ快適な暮らしの中に身を置くことができている。
今の仕事は嫌いではない。
たまに残業があるのは面倒臭いけれど。
これからもこんな風にして生きてゆけたら、そう思う。
穏やかな暮らし。
一応ある居場所。
そういった平凡なものこそが愛おしいのだと今なら分かる。
ロードレーフも、リーンも、ここへは辿り着けなかった。けれども私はここへ来た。私はここまで生きてくることを許されたのだ。ならば生きるのみ。ただ息をして、ただ今日を終える、それすら叶わない人も世界にはいるのだから。そう考えるなら、生きているだけである程度は恵まれているのだ。
これからも、細やかな幸せを見失わないように生きてゆく。
◆終わり◆
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