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『浮気されたうえ婚約破棄され惨めな気分になっていたのですが……どうやら彼のその後のほうが残念なものとなっていたようですね。』
自室にいても冷たい風に肌を刺されるようだ。
『お前なんてもう要らねぇ! さっさと失せろ! 婚約は破棄だ!』
浮気相手である女を抱き締めながらそんな言葉を投げつけて関係を叩き壊してきた婚約者アングレー。
その私への最後の声が何度もこだまする。
もう彼はここにはいないのに、それなのに、どうしてか彼の吐き捨てたそれは今も耳に届いてくるかのよう。
ショックだったから? 傷ついたから? ……だからこんなにも繰り返し聞こえてしまうのだろうか。
出会った頃、アングレーは優しかった。
二つ年上の彼。
いつだって温かい言葉をかけてくれていた。
けれど、浮気を始めてからというもの、彼は私に対してろくに視線も向けないようになっていった。
……ああ、きっと、彼とのそこまでの縁はなかったのね。
そう思って自身を励ますことしかできない惨めさ。
きっとこれは実際その状況に陥った人にしか分からないもの。
でもそれでも人は生きてゆくしかない。
どんなに辛い夜だって、息をして、ただ時を刻んでゆく外ないのである。
今はただ、生きよう。
どこまでも。
ひたすらに。
かっこよくなくてもいい。
惨めでも、馬鹿みたいでも。
どんな状態であったとしても、生きてさえいれば、いつの日かきっと希望の光に出会えるはず。
だから今は息をするのだ。
◆
アングレーは結局浮気相手だった女性とも上手くはいかなかったようだ。
何でも、またしても浮気に手を染めていたようで、それによって女性に怒られその果てに捨てられたのだとか。
……ま、完全に自業自得なのだが。
その後アングレーは夜の店に出入りするようになった。
そんな中で一人の夜の蝶に惚れ、アプローチを繰り返したようだがそれがあまりにも過剰なものであったために店から目をつけられてしまい――ある晩帰ろうとしているその女性を待ち伏せしているところ、それを読んでいた女性の仲間である男らに捕らえられて、ボコボコにされてしまったそうだ。
そうしてアングレーは生を終えたのだった。
夜の蝶に惚れて自滅する、この世を去ることとなるなんて、馬鹿みたいな話だ。
きっと彼は遊び方をきちんと理解していなかったのだろう。
だからそんなことになった。
だからそんな滅茶苦茶なことになり命を失うまでになってしまったのだ。
◆
あれから数年、私は今、親切かつ明るい夫と共に楽しく暮らしている。
穏やかな日々にこそ幸せがある。
改めてそう感じる日々である。
これからも彼と共に前向きに歩んでゆけたら、きっと、たくさんの良い出来事に巡り会えることだろう。
◆終わり◆
『爪が欠けただけで婚約破棄!? ~しかしその先に幸せがあったのでもう何も言うつもりはありません~』
「あっ」
婚約者ミッドルとお茶をしていた最中、左手の親指の爪が欠けてしまった。
それを目撃したミッドルは。
「うわ、キモ」
そんなことを言って、口角を大幅に下げる。
しかもその後何度も吐きかけているかのような音をわざと出して「吐き気がする」と繰り返し主張した。
「……体調不良ですか?」
あまりにも繰り返してくるのでそう尋ねてみたら。
「違う、お前のせいだよ。爪が欠けるとかないわ。そんなところ見せられたら吐き気とまらなくて普通だろうが」
そんな風に答えを投げ返されてしまった。
爪が欠けただけで吐き気? ……その価値観は正直よく分からない。欠けた爪の欠片が紅茶に入った、とかなら吐き気がしてくる可能性はあるだろうけれど。しかもただ端が少し欠けただけで? それだけで何度も吐きそうになったりするものか?
大きく欠けただとか、爪そのものが剥げたとか、血が出ているとか、そういう残酷要素があるわけでもないのに。
「え。……これだけで、ですか?」
「これだけ? はああ!? ふっざけんなてめぇ!! ちっせえことみたく言うなや!!」
急にキレ始めるミッドル。
「もういい! お前なんか嫌いだ!」
「ええっ……」
困惑することしかできずにいると。
「お前との婚約は、本日をもって破棄とするッ!!」
急にそんなことを叫ばれてしまった。
えええ……なんじゃそりゃあ……。
内心そんなことを思い。
けれどもそれを実際に口から出すことなどできるわけもなくて。
そうして私は彼の前から去ることとなったのだった。
ただお茶を楽しんでいただけ。
ただ爪が少し欠けただけ。
なのに、どうしてこんなことに……。
◆
驚いたことに、あの後そう時間を空けず、ミッドルはこの世を去った。
彼は夜道を散歩していたところ野犬の群れに襲われたそう。その際数ヶ所を本気噛みされてしまったそうで、重傷を負ったのだとか。ただ、その負傷自体では死ななかった。というのも、通行人が通報してくれたのだ。それで比較的早く病院へ搬送された、そのため手当てを受けることができて傷による死は避けられた。
――だが恐ろしいウイルスは既に体内に入ってしまっていたのだ。
噛み傷から入った危険なウイルス。
それの働きにより彼は正気を失いたびたび暴れる発作に見舞われるようになる。
そしてその果てに人を襲って――近隣住民からのしらせを受けて駆けつけた治安維持隊の隊員によってその場で殺された。
ウイルスに支配され、自我を失い、そんな状態での行動によって殺められることとなってしまうなんて。
普通に聞けば可哀想な話である。
でも、彼の場合は、可哀想とは思わない――否、思えないし思いたくもない。
彼へ同情などする気は一切ないのだ。
だって彼はかつて私を傷つけた人だから。
爪が欠けただけで婚約破棄してきたような人に対して『可哀想』なんて思って差し上げるつもりはない。
◆
「ああ、本当に、君に出会えて良かったよ」
あれから数年、私は幸せな結婚をすることができた。
「私も同じ気持ち」
見つめ合うだけで幸せになれるような人と巡り会えたこと、それは人生最大の幸運であった。
「本当かい?」
「ええもちろん。貴方のことが好きよ」
辛いこと、嫌なこと、色々あった。
特にミッドルとの件では不快な思いをしたりもやもやしたりと目立たないけれど私なりに苦労はしていたのだ。
でもだからこそ今がある。
過去の出来事、すべてがあって、今の私が存在している。そしてそれと同時に、すべてのものを経てこそ現在があるのだ。
愛しい彼と出会えたのだって、理不尽な婚約破棄という過去の残念な出来事があったからこそ。
「君はとても美しい。でも容姿だけじゃない。君の美しさは中から溢れ出てきているものだと思うんだ。だから、やはり、美しさとは見た目だけのものではないのだね。きっと。君に出会って、改めてそう気づかされたよ」
「いつも褒めてくれてありがとう」
「自己満足でごめん。ちょっと変なことを言っているかもしれない。でもそれが本当の心だし本当に考えていることなんだ。理解してほしい、君を否定する気は一切ない。だから、もし変なことを言っていたら申し訳ないけれど……すべての言葉は愛ゆえなんだ」
◆終わり◆
『婚約者の母親が婚約者に私に関する批判を吹き込んでいたようです。そのせいで婚約破棄されてしまいました。』
婚約者パットリュー・オズ・アポポクラトルスはある日突然私との婚約を破棄するといったようなことを言い出した。
よくよく話を聞いてみると、彼は、母親から「あんな女は相応しくない!」「あんなやつを妻にするなんて駄目よ!」などと私に関する批判を長きにわたり聞かされていたよう。
「ごめんな、そういうことだから。相応しくないやつとは結婚できないんだ。それは俺のためにも我が家のためにもならない。だから……さよなら」
「パットリュー……本気、なのね」
「もちろんだ」
「そう……分かった。じゃあ受け入れるわ。きっともう何を言っても無駄でしょうから……」
こうして私たちの婚約者同士である時間は終わりを迎えたのだった。
その日の晩は雪が降った。
傷ついた心を洗うような白いものたちが舞い降りてくる。
実家で窓越しに見た雪はとても綺麗だった。
舞い落ちる白に想いを馳せて。
今はただ、一人夜を越す。
◆
あの後聞いた話によると、パットリューは残念な目に遭うこととなってしまったようだ。
彼はその日馬車に乗って少し離れた地へ向かっていたそうなのだが、その途中で大渋滞に巻き込まれ停止していたところ夜中にその地域で活動する賊に襲われてしまい、その際に金目の物をすべて奪われてしまったのだそうだ。
そして衣服まで剥がれて。
冬の夜のあまりの寒さに耐え切れず、彼は死にそうになってしまったのだそう。
幸い、倒れていたところを近所の人に救助してもらえ、それによって一命は取り留めたようだが。
以降彼は馬車を見ると発狂するようになってしまったのだとか――つまり馬車恐怖症になってしまったのである。
また、パットリューに私への批判を吹き込んでいた彼の母親はというと、彼女もまた痛い目に遭うこととなったようである。いや、痛い目、と言うには悲惨な最期。痛い目に遭う、なんていう言い方は軽く言い過ぎだろう。
……なんせ、彼女は死んだのだから。
冬の終わり頃のある日、夜道で何者かに背後から襲われ、急に刃物で刺されて落命したのだった。
一体誰が?
何が理由で?
そのあたりは不明だけれど。
なんにせよ、パットリューの母親が亡くなったということだけは決して変わることのない事実なのである。
◆
あれから数年、私は良き出会いを手にすることができた。
父の紹介で知り合った青年と一度顔を合わせて。
そこから急激に仲良しになっていって。
そうして関係を深めてゆき、その先で共に生きることを決めたのだ。
出会いから婚約を決めるまで一年もかからなかった。短い、と言われてしまうかもしれないけれど、私たちにとってはそれが自然な時間の長さだったのだ。私たちに必要な時間はそのくらいのものだった、ということなのである。
私たち二人は明るい未来を見据えて歩んでゆく。
……そう、もやもやしてしまうような過去などもはやどうでもいいのだ。
見つめるのは、隣にいる愛する人だけ。
見据えるのは、希望ある未来だけ。
◆終わり◆
自室にいても冷たい風に肌を刺されるようだ。
『お前なんてもう要らねぇ! さっさと失せろ! 婚約は破棄だ!』
浮気相手である女を抱き締めながらそんな言葉を投げつけて関係を叩き壊してきた婚約者アングレー。
その私への最後の声が何度もこだまする。
もう彼はここにはいないのに、それなのに、どうしてか彼の吐き捨てたそれは今も耳に届いてくるかのよう。
ショックだったから? 傷ついたから? ……だからこんなにも繰り返し聞こえてしまうのだろうか。
出会った頃、アングレーは優しかった。
二つ年上の彼。
いつだって温かい言葉をかけてくれていた。
けれど、浮気を始めてからというもの、彼は私に対してろくに視線も向けないようになっていった。
……ああ、きっと、彼とのそこまでの縁はなかったのね。
そう思って自身を励ますことしかできない惨めさ。
きっとこれは実際その状況に陥った人にしか分からないもの。
でもそれでも人は生きてゆくしかない。
どんなに辛い夜だって、息をして、ただ時を刻んでゆく外ないのである。
今はただ、生きよう。
どこまでも。
ひたすらに。
かっこよくなくてもいい。
惨めでも、馬鹿みたいでも。
どんな状態であったとしても、生きてさえいれば、いつの日かきっと希望の光に出会えるはず。
だから今は息をするのだ。
◆
アングレーは結局浮気相手だった女性とも上手くはいかなかったようだ。
何でも、またしても浮気に手を染めていたようで、それによって女性に怒られその果てに捨てられたのだとか。
……ま、完全に自業自得なのだが。
その後アングレーは夜の店に出入りするようになった。
そんな中で一人の夜の蝶に惚れ、アプローチを繰り返したようだがそれがあまりにも過剰なものであったために店から目をつけられてしまい――ある晩帰ろうとしているその女性を待ち伏せしているところ、それを読んでいた女性の仲間である男らに捕らえられて、ボコボコにされてしまったそうだ。
そうしてアングレーは生を終えたのだった。
夜の蝶に惚れて自滅する、この世を去ることとなるなんて、馬鹿みたいな話だ。
きっと彼は遊び方をきちんと理解していなかったのだろう。
だからそんなことになった。
だからそんな滅茶苦茶なことになり命を失うまでになってしまったのだ。
◆
あれから数年、私は今、親切かつ明るい夫と共に楽しく暮らしている。
穏やかな日々にこそ幸せがある。
改めてそう感じる日々である。
これからも彼と共に前向きに歩んでゆけたら、きっと、たくさんの良い出来事に巡り会えることだろう。
◆終わり◆
『爪が欠けただけで婚約破棄!? ~しかしその先に幸せがあったのでもう何も言うつもりはありません~』
「あっ」
婚約者ミッドルとお茶をしていた最中、左手の親指の爪が欠けてしまった。
それを目撃したミッドルは。
「うわ、キモ」
そんなことを言って、口角を大幅に下げる。
しかもその後何度も吐きかけているかのような音をわざと出して「吐き気がする」と繰り返し主張した。
「……体調不良ですか?」
あまりにも繰り返してくるのでそう尋ねてみたら。
「違う、お前のせいだよ。爪が欠けるとかないわ。そんなところ見せられたら吐き気とまらなくて普通だろうが」
そんな風に答えを投げ返されてしまった。
爪が欠けただけで吐き気? ……その価値観は正直よく分からない。欠けた爪の欠片が紅茶に入った、とかなら吐き気がしてくる可能性はあるだろうけれど。しかもただ端が少し欠けただけで? それだけで何度も吐きそうになったりするものか?
大きく欠けただとか、爪そのものが剥げたとか、血が出ているとか、そういう残酷要素があるわけでもないのに。
「え。……これだけで、ですか?」
「これだけ? はああ!? ふっざけんなてめぇ!! ちっせえことみたく言うなや!!」
急にキレ始めるミッドル。
「もういい! お前なんか嫌いだ!」
「ええっ……」
困惑することしかできずにいると。
「お前との婚約は、本日をもって破棄とするッ!!」
急にそんなことを叫ばれてしまった。
えええ……なんじゃそりゃあ……。
内心そんなことを思い。
けれどもそれを実際に口から出すことなどできるわけもなくて。
そうして私は彼の前から去ることとなったのだった。
ただお茶を楽しんでいただけ。
ただ爪が少し欠けただけ。
なのに、どうしてこんなことに……。
◆
驚いたことに、あの後そう時間を空けず、ミッドルはこの世を去った。
彼は夜道を散歩していたところ野犬の群れに襲われたそう。その際数ヶ所を本気噛みされてしまったそうで、重傷を負ったのだとか。ただ、その負傷自体では死ななかった。というのも、通行人が通報してくれたのだ。それで比較的早く病院へ搬送された、そのため手当てを受けることができて傷による死は避けられた。
――だが恐ろしいウイルスは既に体内に入ってしまっていたのだ。
噛み傷から入った危険なウイルス。
それの働きにより彼は正気を失いたびたび暴れる発作に見舞われるようになる。
そしてその果てに人を襲って――近隣住民からのしらせを受けて駆けつけた治安維持隊の隊員によってその場で殺された。
ウイルスに支配され、自我を失い、そんな状態での行動によって殺められることとなってしまうなんて。
普通に聞けば可哀想な話である。
でも、彼の場合は、可哀想とは思わない――否、思えないし思いたくもない。
彼へ同情などする気は一切ないのだ。
だって彼はかつて私を傷つけた人だから。
爪が欠けただけで婚約破棄してきたような人に対して『可哀想』なんて思って差し上げるつもりはない。
◆
「ああ、本当に、君に出会えて良かったよ」
あれから数年、私は幸せな結婚をすることができた。
「私も同じ気持ち」
見つめ合うだけで幸せになれるような人と巡り会えたこと、それは人生最大の幸運であった。
「本当かい?」
「ええもちろん。貴方のことが好きよ」
辛いこと、嫌なこと、色々あった。
特にミッドルとの件では不快な思いをしたりもやもやしたりと目立たないけれど私なりに苦労はしていたのだ。
でもだからこそ今がある。
過去の出来事、すべてがあって、今の私が存在している。そしてそれと同時に、すべてのものを経てこそ現在があるのだ。
愛しい彼と出会えたのだって、理不尽な婚約破棄という過去の残念な出来事があったからこそ。
「君はとても美しい。でも容姿だけじゃない。君の美しさは中から溢れ出てきているものだと思うんだ。だから、やはり、美しさとは見た目だけのものではないのだね。きっと。君に出会って、改めてそう気づかされたよ」
「いつも褒めてくれてありがとう」
「自己満足でごめん。ちょっと変なことを言っているかもしれない。でもそれが本当の心だし本当に考えていることなんだ。理解してほしい、君を否定する気は一切ない。だから、もし変なことを言っていたら申し訳ないけれど……すべての言葉は愛ゆえなんだ」
◆終わり◆
『婚約者の母親が婚約者に私に関する批判を吹き込んでいたようです。そのせいで婚約破棄されてしまいました。』
婚約者パットリュー・オズ・アポポクラトルスはある日突然私との婚約を破棄するといったようなことを言い出した。
よくよく話を聞いてみると、彼は、母親から「あんな女は相応しくない!」「あんなやつを妻にするなんて駄目よ!」などと私に関する批判を長きにわたり聞かされていたよう。
「ごめんな、そういうことだから。相応しくないやつとは結婚できないんだ。それは俺のためにも我が家のためにもならない。だから……さよなら」
「パットリュー……本気、なのね」
「もちろんだ」
「そう……分かった。じゃあ受け入れるわ。きっともう何を言っても無駄でしょうから……」
こうして私たちの婚約者同士である時間は終わりを迎えたのだった。
その日の晩は雪が降った。
傷ついた心を洗うような白いものたちが舞い降りてくる。
実家で窓越しに見た雪はとても綺麗だった。
舞い落ちる白に想いを馳せて。
今はただ、一人夜を越す。
◆
あの後聞いた話によると、パットリューは残念な目に遭うこととなってしまったようだ。
彼はその日馬車に乗って少し離れた地へ向かっていたそうなのだが、その途中で大渋滞に巻き込まれ停止していたところ夜中にその地域で活動する賊に襲われてしまい、その際に金目の物をすべて奪われてしまったのだそうだ。
そして衣服まで剥がれて。
冬の夜のあまりの寒さに耐え切れず、彼は死にそうになってしまったのだそう。
幸い、倒れていたところを近所の人に救助してもらえ、それによって一命は取り留めたようだが。
以降彼は馬車を見ると発狂するようになってしまったのだとか――つまり馬車恐怖症になってしまったのである。
また、パットリューに私への批判を吹き込んでいた彼の母親はというと、彼女もまた痛い目に遭うこととなったようである。いや、痛い目、と言うには悲惨な最期。痛い目に遭う、なんていう言い方は軽く言い過ぎだろう。
……なんせ、彼女は死んだのだから。
冬の終わり頃のある日、夜道で何者かに背後から襲われ、急に刃物で刺されて落命したのだった。
一体誰が?
何が理由で?
そのあたりは不明だけれど。
なんにせよ、パットリューの母親が亡くなったということだけは決して変わることのない事実なのである。
◆
あれから数年、私は良き出会いを手にすることができた。
父の紹介で知り合った青年と一度顔を合わせて。
そこから急激に仲良しになっていって。
そうして関係を深めてゆき、その先で共に生きることを決めたのだ。
出会いから婚約を決めるまで一年もかからなかった。短い、と言われてしまうかもしれないけれど、私たちにとってはそれが自然な時間の長さだったのだ。私たちに必要な時間はそのくらいのものだった、ということなのである。
私たち二人は明るい未来を見据えて歩んでゆく。
……そう、もやもやしてしまうような過去などもはやどうでもいいのだ。
見つめるのは、隣にいる愛する人だけ。
見据えるのは、希望ある未来だけ。
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