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馬車のなか

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「ドミニクさん、お願いがあります。僕が十松の家に戻ったら、僕を待たずにエリオット様を船に乗せて差し上げてください」

 成彦は馬車に揺られながらドミニクに語りかける。

「承知しています。お願いされずともそうするつもりですよ」

 ドミニクは間伐入れずに答えたが、だがそれだけが本心ではないように聞こえた。せめぎ合う思いを捩じ伏せるかのように、わざと正しい方の答えを口に出したのだ。

「成彦様は自信がお有りでないのでしょうか」

 不意に問われ、成彦は逡巡する。

「自信とは・・・僕には不釣り合いな言葉ですから」
「自分を信じられない? 満義様との話し合いも上手くいかないと最初から諦めているのですね」
「はい。そうです。ごめんなさい。ドミニクさんには迷惑をかけました」
「ではエリオット様のことも信じていらっしゃらないのですね?」

 成彦は頬を張られたような衝撃を受けた。当然、実際に叩かれたのではないが、それほどの強さと痛みを感じた。

「ドミニクさん、僕はそうは言っておりません・・・・・・エリオット様のことを愛しているからこそ。運命の番だからこそ、自分を犠牲にしてでも救いたいと思っているのです!」
「それは間違っている」

 ドミニクが静かにかぶりを振る。

「運命の番を信じる想いが何ごとにも勝る力になるはずなのですよ」
「何を仰っているのですか」
「エリオット様の身を一番に案じることが私の職務上の立場としての正しい選択。しかし本当の私はエリオット様の希望に寄り添ってあげたい」
「ドミニクさん・・・・・・?」
「運命の番というのはいわば己れの半身。アルファとオメガは、かつてはひとりだった人間の半分どうし。ゆえに匂いで惹きつけ合い探し求めているのだと」

 そう口を開いたドミニクはそっと目を閉じた。

「これは私の民族の言い伝えです。私の祖父母から聞かされた太古の話になります」
「つまり、二人でひとりってこと?」
「はい。二人で一人前。人間は誰しも欠けている。人それぞれであることが悪いとは思いませんが、長い人生を歩んで行くには、二人が揃っていた方が頼もしいでしょう?」
「・・・・・・」

 成彦は膝の上できゅっと拳を握った。
 母が話してくれた昔話に通じる、よく似通っている。

「祖父母は私にこうも言いました。もしも身近に運命の番を得た人間がいるなら親切にしてやりなさいと。彼等は総じて不安定で孤独。もしも来世やその次の人生で自身がそうなった時に巡り巡って彼等が助けてくれるはずだからと」
「なるほど」

 いまの話からするなら、もしかしたらこの人は。
 成彦はドミニクを見つめた。

「私はエリオット様と貴方を助けるべきだと思う。助けたい。だから貴方はエリオット様のことを想って信じるのです。エリオット様が貴方の帰りを待っていますよ」
「エリオット様は僕を信じてくれてるかな?」
「ええ」

 ドミニクが深く頷いた。

「主人のことを大切に想ってるんですね」
「それはもう。親心に近い情がありますから」

 成彦は気持ちを入れ替え、しかし悩ましく腕を組んだ。

「具体的にどうしましょう。情けない話、対抗策を何も考えていないのです」
「思っているままに主張をなさってきてください。気持ちで負けてはいけません。向こうはオメガとして育った成彦様の弱さを突いてくるはずです。あとは、そうですね・・・運命の番が出逢うと周りが見えなくなってしまうことで人生が狂う。運命の番は二人で一人、しかし二人でも一人でも、それだけで生きているわけではありません。人生には必ず別の誰かが付き纏うものです。忘れないでいてください」
「わかりました」

 するとドミニクがキャビンの小窓から外に視線をやった。

「エリオット様はそのあたりが心配です。暴走しなければよいのですが」
「どうして?」
「あながち権力と金をお持ちですから厄介なのです。おもに尻を拭く私が・・・・・・」
「ん?」
「いえ、こちらの話です」

 ドミニクが失礼しましたと咳払いをする。
 その後まもなく馬車が十松家の屋敷に停車した。

「じゃあ行ってくるね」
「必ずや戻ってきてください。エリオット様のために」
「はい。頑張ります」

 成彦はドミニクに力強く返事をし、闇夜に重たく佇むような己れの生家の前に立った。
 ———なんだか不吉だ。ここはこのような景色だったろうか。
 かつては慣れ親しんだ屋敷は、成彦を黒く塗り潰さんとするばかりにものものしい空気に満ちている。
 ———エリオット様、必ずや。
 成彦は門扉に手をかけ、震える手を見て誓う。そして胸の内に灯った優しく眩しい光にエリオットと自身の未来が永劫続くことを祈った。
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