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帰宅後

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「ただいま、戻りました」
「お帰りなさいませ、旦那様がお待ちでございます」
「うん」

 帰宅した成彦は常田と使用人に迎えられた。
 使用人らの後ろには腕を組んで背をもたれている綺麗な顔の少年がいる。あれが双子の弟。同じ顔に綺麗だと表現するのは決して自惚れているからではなく、同じパーツを有しているのに不思議と成彦とは似て異なる姿形なのであった。

「あんたが兄さんですよね」

 声の高低さも同じであるのに、その声には突き放すような冷たさを感じる。

「そうだよ」

 鼓動が激しくなる。しかし気後れするな。この子に張り合うつもりで帰ってきたわけではないのだ。

「僕は父さんに話があるから中に入るね」
「俺も同席するよ」
「そうなんだ。好きにしたらいいと思う」
「どうも」

 弟は階段を上がり、廊下を歩く成彦の後ろからついてくる。
 気まずい空気。前を常田が先導してくれていることが救いだった。

「ねぇ兄さん、名前、訊かないの? 俺の。知らないでしょ?」
「あ、そうだね、教えてくれる?」

 成彦はクスクスと笑われる。完全に弟のリズムに流されていた。帰宅してからの会話の中で同じような返ししかできていない。

「俺はね、景彦かげひこ。漢字は日陰とかのカゲじゃないけど、まるでそっちの方がお似合いだよねって、よくそう言われてる」
「なんて酷いことを! 誰がそんな・・・・・・」

 振り返った成彦は景彦こと弟に無表情な目で見つめられた。

「父だよ。十松家の」
「なっ」
「でもいいんだ」

 景彦はニンマリに愉快そうに微笑んだ。

「これからは俺が成彦で兄さんが景彦だから」

 ゾッとしたが、父の待つ部屋に着いてしまう。
 会話のどこまでを聴いていたのか定かではないが常田が気を使うように成彦と景彦に向き直った。

「よろしいでしょうか」

 成彦は無言で頷き、景彦は見た目上は慇懃な態度を取る。

「お願いしまーす」

 口調はふざけていた。
 常田が静かにリビングの扉を開ける。
 二階の書斎ではないことが実は気になっていた。
 開かれた室内には客人がいる。
 成彦が数えて十人程度。その中の二人は父の満義と兄の秀彦だ。
 残りは八人。彼等を見て成彦は顔面蒼白になる。
 普通ではない、擦り切れたような荒んだ雰囲気。どう見てもカタギとは考えられない面子がずらりと並んでいる。

「はははは、こりゃすげぇ、ほんとにおんなじ顔してやがる」

 日本人ではない? ハキハキ快活そうな声だ。成彦は特徴的なイントーネーションに眉を顰めた。

「いいぜ、親父さん。こっちでも申し分ない」

 皆、アジア系の顔立ちしており、特に饒舌な日本語を話す一人が立ち上がった。
 成彦に歩み寄ってきたのは、色つきの丸眼鏡をかけたジャケットの男。
 丸眼鏡をずらすと成彦の全身を睨め下ろした。

「ほう、むしろ弟より清純そうでいいじゃない。実際、高嶺の御坊ちゃまだったんだし、かなりいい値打ちがつくよ」
「ひっ」
「ウブだし、オメガだし、いい匂いさせてオレも興奮するぜ」

 男は成彦の顎を持ち上げる。

「貴様、くれぐれも手を出すなよ」

 満義の声が飛ぶ。

「わーってる。傷モノになって入る金が減ったらオレ等も困るんだ」

 成彦は震えた。話の内容は世間知らずの成彦にも理解できるものだ。この男達は闇社会でオメガを売り捌いている密売人なのだ。

「ごめんねぇ、兄さん」

 顎を捕まえられて動けない成彦の前に景彦が踊り出た。

「でも替わりだから仕方ないよね?」

 言葉に詰まる。
 自らの立場を替わってもらうことばかりを考えていて、自らが入れ替わるなんて思いもしていなかった。
 いつから自分は与えてもらうことが当たり前になり、傲慢になっていたのか。
 成彦は己れの慢心を恥入り、猛省する。

「・・・・・・これが君の替わりなの?」
「そうだよ。俺は売り飛ばされようとしてた。国籍のないオメガなんて売人にとっちゃ宝石より価値がある。いなくなっても誰も困らないし、もともと存在しない人間を売り捌いたところで罪に問われない。捕まらないから」
「酷い」
「それが俺の生きていた世界だった。ずっと不思議だったんだ、なんで俺はあんたと同じなのに、俺だけが十松家の兄弟じゃないんだろうってさ」

 景彦の瞳には憎しみが籠っている。

「・・・・・・ごめんなさい、けど嫌だ。俺は父と話したいだけ。帰らなきゃいけないんだ」
「ふぅん、拒否しても帰るのは難しいよ。売られるのを回避したとして、景彦は・・・生きているだけで罪人。もはや十松家の力で守られていない兄さんは罰を受けなくちゃいけないんだから。俺は売られる方をお勧めするね、運が良ければ優しいご主人様に買ってもらえるかもしれないし」
「そんな・・・・・・」
「諦めなよ。従うしかないんだよ」

 以降は、成彦はショックで口を閉ざした。
 父と慕ってきたはずの満義はひたすら他人の顔し、丸眼鏡の男には何度か質問をされたが答えなかった為に、話にならないと物置に閉じ込められ、外から鍵をかけられた。

「外・・・まだ明るい」

 申しわけ程度の小窓から入る光にまだ太陽が空にある時刻であることを知る。
 鎌倉から屋敷に着いたのが昼前で、拷問のような時間を過ごしたというのに、ほんの数時間も経っていなかったのだ。
 これからどうしよう。
 エリオットのもとに帰るには絶望的だ。
 約束したのに。ごめんなさい。二度と顔を見れないかもしれません。
 項垂れていると物置に密売人の一味が入ってくる。

「お前の身体を検める」
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