ラブドール

倉藤

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軟禁調教生活のはじまり

26 ホワイトムスク

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 公爵邸は主人の不在が続いている。一日経っても、二日経っても、ヴィクトルは帰って来なかった。
 ロマンに訊ねてみたが、「お忙しいので」の一点張り。何がどう忙しいのか知りたければ、ヴィクトル本人に訊くようにと突っぱねられ、一貫して数歩引いた姿勢を取られている。
 今知りたいんだけどなぁと思いつつも、無理強いするのは避けていた。
 けれど主人の不在は譲にとって解放と同意でもあるため、一日の時間をのびのびと過ごしている。

(何やってんだろうなぁ。俺は・・・・・・)

 硝子窓に映った自分の呆けた顔が見返してくる。

「譲様、本日のディナーは譲様がリクエストされた鴨肉をご用意しました」

 気づけば三日目も夕暮れの時間を過ぎており、ロマンが夕食を乗せたワゴンを押してきた。

(すっかり飼い慣らされているな)

 譲は苦笑する。餌づけの効果は抜群だ。
 ワゴンの上に並べられた料理はいつも譲の食欲をそそる。
 人間は空腹に勝てない。
 世話されることも板につき、譲は鴨肉が切り分けられ、口に運ばれてくるのを待った。

「はぁ・・・・・・」
「溜息ですか。お口に合わなかったでしょうか?」
「美味しいよ。旨すぎて溜息が出た」
「嘘が下手ですね」
「美味しいって」

 譲は意固地になり、大きく口を開けて次の一口を催促する。

「あ、早くしろ」
「かしこまりました」

 ロマンが新しい肉にフォークを刺した時だ、部屋の外から唸り声が聞こえた。

「今のなんだ?」

 譲はドアを見やる。

「気のせいではないでしょうか」
「でも何か聞こえたぞ。あーとか、うーとか」

 広い屋敷の奥の奥から、声が響いてきた気がする。

「そういや、今日の朝も犬が暴れてたよな。番犬達に問題が起きたのか?」

 譲は今朝も犬の鳴き声で起こされていたことを思い出した。

「今の声も、犬達が喧嘩でもして唸りあってるのかもしれないぞ」

 犬だらけの屋敷なので、譲の頭ではそれしか考えられない。

「・・・・・・でも。屋敷内の別の場所に使用人がいるなら、使用人ってことも考えられるのか」
「そうですね」

 ロマンは咳払いをした。

「きっとそうでしょう。ヴィクトル様が留守にしているのを知って、こっそりお酒を飲んで騒いでいるのかもしれませんね。大目に見てやって頂けますか? たまには羽を伸ばさせてあげましょう」
「ふぅん、もちろん構わないけど。好きにすればいいと思う」
「ありがとうございます」

 兵士時代の譲も、たびたび上官の目を盗んで同期と馬鹿騒ぎをしていた。
 張り詰めた緊張感の中で、そのひと時は正気を保ち続けるためにとても大切な時間だった。

「さて、食事を続けましょう。終わったらお風呂ですね。湯の準備をしてきます」
「うん」

 あらかた料理を食べを終えると、ロマンは皿を片付けに部屋を出て行った。
 戻ってくると、浴室に行きましょうかと譲の腰に腕を回す。譲はロマンの衣服から香ってきたホワイトムスクの匂いにハッとした。

「公爵が帰ってきた?」
「いいえ。帰宅していたなら一番に譲様の部屋に足を運んでいますよ」
「そうか・・・」
「残念そうですね」
「は? ないない。ホッとしたよ」

 ヴィクトルと風呂に入る日には、浴槽に使われる入浴剤はホワイトムスクと決まっている。好んでいる香りなのだろう。
 譲は好きでも嫌いでもないが、鼻が覚えてしまった。
 頭の中でホワイトムスクの香りとヴィクトルが結びつくと、身体が変なふうに疼く。
 ヴィクトル不在時に使用される入浴剤の香りは日によって異なるので、今夜はたまたまホワイトムスクの順番だったというだけなのだ。
 勘違いをして恥ずかしい。
 ロマンの怪訝そうな顔を見て、訊ねたことを後悔する。
 そりゃそうだ。不思議に思うだろう。
 馬鹿みたいだと思うのに、下半身に血が集まって行く感覚が煩わしい。どくどくと脈打つたびに、重さを増して行く。
 風呂を連想すると、ヴィクトルに触られた感触を思い出すからだ。
 あれが気持ち良かったから。

「早く・・・・・・行こう」

 譲は、いらない妄想を頭を振って追い出した。
 浴室にたどり着くまでに頭を冷やしたくて、脇を支えるロマンに無茶ぶりを頼んだ。

「なあ、面白い話をしてくれよ」
「えっ」

 ロマンが言葉に詰まる。

「面白い・・・。たとえば?」
「お化けの話とかさ。強烈なやつ」
「それは怖い話では?」
「話なら何でもいい」

 別の話で気持ちを逸らさせなければ、満足に風呂にも入れない。
 思い出される甘く熱っぽい体温に、譲は戸惑いを隠せなかった。
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