ラブドール

倉藤

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ロイシア国の公爵《プリンス》のこと

50 意外な繋がり

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 ワインに口をつける客人とヴィクトルは、譲の理解の範疇を超える政治の話をしていた。
 譲がわかったことは、客人である男がエルマー商会の代表であり、一代貴族にのし上がった男爵位であるということ。
 名前はイザーク=エルマー。
 エルマーという家名は豪商一家として庶民の間でも有名だ。ロイシア国の約三分の一の物資流通を担っている。後ろに貴族との太いパイプがあるに違いないと言われていたが、それがアゴール公爵家だったようだ。
 しかしエルマー家が貴族に名を連ねていたと外ではニュースになっていなかった。となると譲がヴィクトルに買われて外部と接触を断たれてからの叙爵だと考えられる。

「譲、頼むよ」

 譲は小さな声で指示を受けながら、ヴィクトルのグラスにワインを注いだ。
 下を向いた譲に見えない位置でイザークが唇を舐める。そして話を続けた。
 
「ともかく閣下の先見の目には感服致しますよ。あんなことをして、見事なまでに潔い方向転換。今や平民会の支持も厚い。その彼も政策の一つですか?」
「かもしれないな。君はもう酔っているらしい」
「お気遣い感謝しますが、まだまだ飲み足りないくらいなのですよ。夜は長いのですから楽しみましょうよ。そうだ、どうでしょう、せっかくなのでぜひ私も彼にサーブして頂きたい」
「断る。申し訳ないが普段は客人の前に出していないのだ。裏方で脚を考慮した仕事をさせている」

 譲は自分の話をされていることに気がつく。手にしたワインボトルを置かぬべきか迷い、隣を向いて指示を求めた。
 ヴィクトルはかぶりを振り、気にしなくて良いと示した。

「ハハハ、閣下のお気に入りというわけですか」
「おかしなことを言う。大事な使用人だ」
「そのようにしておきましょう」

 譲は笑みを向けられて曖昧に笑い返した。
 感情の機微に鈍感なヴィクトルとは逆に、イザークの瞳に映る自分が丸裸にされている気がしてならない。
 するとイザークが目を細め、話題を変えた。

「シャルロッタ妃とはお話になりましたかな?」
「憎たらしい地獄耳め」

 ヴィクトルは抑揚のない声で返す。

「私の本業は商売人でございますから。お取引をされたい方のもとには何処へでも参ります」

 イザークが片手を広げ、もう片手は胸に手を当て、こうべを垂れるポーズを取った。
 ヴィクトルはわずらわしい小蝿を叩くようにやめなさいと手で払う。

「つまり本人から聞いたのだな」
「いえいえ。シャルロッタ妃は王太子殿下の第三側妃でございますから、私はまだ面識はありません。彼女に近しい者と申しておきましょうか」
「どうだか」
「・・・ふふ、貰い子、でしたか。シャルロッタ妃の生家が偽られていたとの密告があって王室は大変な騒ぎになりました。とはいえ女神の腹から生まれ落ちたなどという浮説をもった閣下も似たようなものだと信じている者が多くおりますよ」
「私への仕返しのつもりなのだろう。密告したのは私ではないと何度も抗議したのだが、どうしても撤回したくないようだ」
「ええ、ええ。そうでしょうとも。腹いせにシャルロッタ妃が吹聴しているのでしょうな。これとは別件で冷たく追い返されたと嘆いておられましたからねぇ。私はもちろん信じておりませんよ。先代によく似ていらっしゃる閣下が貰い子であるだなんて、行き過ぎた冗談にしか聞こえない。だが貰い子ということはなくとも・・・この屋敷は何やら隠し事の匂いがしますがね」

 イザークはワイングラスを片手にヒクヒクと匂いを嗅ぐ真似をする。

「なに?」

 落ち着き払っているものの、ヴィクトルの声が微かに低くなった。

「いやいや、火のないところに煙は立たないと言いますから。少々、口が滑りましただけでごさいます。お許しを」

 そう言うと、イザークはワイングラスを置く。

「では、退屈な話はやめにして私はそろそろお暇いたしましょう。閣下の大事な使用人殿が船を漕いでおりますので」

 譲はガタンと椅子が引かれた音で我に返った。

「申し訳ありませんっ」
「いいや。またお会いできる日を楽しみにしております。見送りは私の相手をしてくれたそちらの執事さんにお願いしたい」
「譲に会うのは一度の約束だ」

 ヴィクトルがすかさず立ち上がり、譲を背中で庇った。

「気が変わることは誰しもあります。その際は喜んでご招待にあずかりましょう」
「もういい。ロマン、送ってやりなさい」

 ヴィクトルの目配せを受けロマンが動く。

「エルマー様」
「今行きますよ」

 イザークは恭しくロマンに誘導され、最後まで怪しい空気を纏って帰っていった。
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