ラブドール

倉藤

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来たる日の再会

81 ロイシアに向けての船旅

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 波の音とモーターの重低音だけだった艦内にクラシックが流れている。食堂のグランドピアノに加えて、レニーランド港で乗り込んできた楽隊が生演奏を披露しているのだ。
 譲は通りがかりに見物人に混ざって脚を止める。
 優雅な楽器演奏だが、ナガトが煩いとばかりに天井に向けて舌打ちをした。

「巡回の途中だ、行こう」
「うん、ごめん」

 乗船客は側仕えを合わせて五十人程度は乗ってきただろうか。追加投入された雇われの乗組員を含めても百人には満たないが、かなり賑やかになった。
 ロイシアのカトホナ港に着くまでは、艦内はべコックの要人のみである為、彼等は最大に寛いで過ごしている。
 譲とナガトが厨房に脚を運ぶと、夜のディナーパーティに向けて急ピッチで準備が進められていた。
 芳ばしく焼き上がる肉の匂いにつられて見ると、最高級のビーフステーキが皿に盛り付けられているところだった。
 白く大きな平皿に品よく盛り付けられる料理。
 一日の小さな一場面から、公爵邸での暮らしが今でもフッと頭に湧くことがある。
 ひと月の間、懐かしさと切なさに胸を痛めるだけだったが、もうすぐ再会できるかもしれない。その瞬間も近づいている。

「俺達はアレを食べられると思うか?」

 譲は険しい顔でいるナガトに話し掛けた。

「無理だ。ディナー中は客達の後ろに貼りついて監視する。食いたけりゃ、キャプテンに頼んだらどうだ」

 ナガトが生真面目に提案してくれたが、譲は肩をすくめて返した。

「そこまでじゃないからいい」
「そうしろ。俺も夜は昼と同じもので軽く済ませるつもりだ。たらふく食い過ぎると動けなくなる」
「夜も寝ないで活動するのか?」
「ああ、気になることがあるから。だが俺一人で行く。譲は休め」

 黙って頷く。深追いはしない。
 譲の本番は明日からだ、眠れなくても体力を温存しておくことに意義はある。

 
 ◇◆


 作戦二日目の朝、賓客らが起き出してくる前にアレグサンダーが選抜班の人員をキャプテン室に招集した。
 この部屋は操縦室の真下に位置する。
 集まったのは全員ではなかったが、例の如くアレグサンダーは気にしていない。
 ミーティングの内容は緊急連絡と予定の共有。
 だがまだ大きな動きはないということだ。
 変わり映えのないアレグサンダーの話よりも目元に眠たそうなくまを拵えたナガトが気になった。

「ナガト、平気か?」

 譲はミーティング後のナガトを捕まえる。

「眠れてないのは、お前もだろ」

 的確な指摘だ。
 ニヤリと下瞼を指差され、顔が強張る。

「ぅ、うん」
「俺よりも疲れた顔してるくせに、自分の心配をしとけよ」
「ふん、わかってるさ」

 譲はぺちんと自分の頬を叩いた。
 顔に出さないでいようと思ったのに、まるでカモフラージュできていないらしい。
 自分で感じていた感覚よりも大幅に緊張しているようだ。
 しかしそれもそうだと諦める。
 
(公爵、俺はどんな顔をして貴方に会えばいいかな・・・・・・? 公爵は、どんな顔をして俺を見るかな?)

 どうかこの苦悩が無駄に終わりますように。
 譲は当日の朝に及んでも希望を捨てられなかった。ヴィクトルが革命軍の計画全てを熟知している可能性は高い。普段通り、アゴール公爵らしい選択をしてくれたらいい。

 会いたいけれど、会いたくない。

 もしも会えてしまった時は・・・最初になんて言おうか。最後に、何を言おうか。
 自分はどんなものを目にするのか。

(呑気なことを言ってる場合じゃないけど、無視されたらちょっとヘコむな・・・・・・)

 遠出の時はロマンも着いてくるのだろうか。譲がいた頃は世話の為に屋敷に留まっていただけかもしれないのだ。
 ロマンには、再会して早々に一発くらいは殴られるかもしれない。

「譲、考えごとかい? 良いタイミングだ、君は部屋に残ってくれ」

 弾けたように顔を上げる。気付けば、目の前に立ったアレグサンダーの影にすっぽりと覆われていた。

「ボス・・・じゃなくて・・・キャプテン」

 大事な作戦中、テティスに乗船中は手を出されないと思った。油断していた。

「俺は先に巡回してるから終わったら合流しよう」

 ナガトに肩を叩かれる。
 他のメンバーは既に解散して室内はがらんとしていた。
 ナガトは譲が帰るのを待っていてくれたのか、それでもこの反応はやはりアレグサンダーに遠慮していると取れる。
 助け舟は期待できなさそうだ。

「ナガト、ぁ、うん、了解」

 譲は落胆し、退室するナガトを見送った。

「さて人払いを済ませた。誰も助けに来ないぞ?」
「ええ、はい・・・、キャプテンがそうしたんでしょ」

 腰を抱き寄せられ、譲は唇を噛んだままアレグサンダーを見上げる。
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