ツヨシくんとトモカちゃん

雨川 海(旧 つくね)

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ツヨシくん編

家事手伝い

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 神様、大変です。トモカちゃんがぎっくり腰になってしまいました。

 どうも、愛妻家のツヨシです。

 僕は、愛しいトモカちゃんの一大事に動揺します。
 しかし、ここは新婚八年目の見せ場です。今回は、そんな話です。
 僕の活躍に、乞うご期待してください。


 さて、僕が会社から帰宅すると、トモカちゃんは自宅療養中でした。
 今現在はお風呂に入っているようです。

「ただいま、腰、大丈夫?」

 僕は、磨りガラスの向こうに声をかけます。

「ありがとう。ねぇ、頼み事をしてもいい?」

 少しエコーが掛かった声がします。
 背中を流して欲しいのでしょうか? それとも?

 僕が様々な妄想を膨らませていると、トモカちゃんから指令がでます。

「蒲団乾燥機で蒲団を温めておいてくれる?」


 おやおや、これは僕が人肌で蒲団を暖めろ。と言う隠語でしょうか? いえいえ、実際に蒲団乾燥機があるのです。
 この機械は蒲団が干せない時ばかりではなく、寝る前に冷たい寝床を暖める用途もあります。

 僕は、鬼軍曹、もとい、愛しい妻のリクエストを受け、行動を開始します。

 蒲団を敷き、蒲団乾燥機をセットすると、スイッチを入れます。忠実な機械は、ブォーとか言って働き出します。
 
 さて、僕は、トモカちゃんの指令を無事にクリアしたので食事にします。

 食卓には、唐揚げに中華餡掛けした美味しそうなおかずが並んでいます。さすがトモカちゃん。腰痛でも食事に手を抜きません。

 僕は、おかずをレンジで温めるか否かで迷います。愛情たっぷりの料理でも、保温効果は持続しません。
 トモカちゃんに判断を仰ごうかとも思いましたが、元帥、もとい、愛しい妻の入浴タイムを邪魔する訳にはいきません。

 さて、僕がレンジでチンを躊躇う理由は、以前に聞いたラジオの影響でした。

 悪魔の教えを吹き込んだのは、

「Dr.たかよしの140才まで健康生活」

 で、朝っぱらから健康情報を推奨する放送内容でした。


「Dr.たかよし曰く、

えーと、Dr.たかよし曰く、

えーと、Dr.たかよし曰く、

嗚呼、なぜ、食品を温めてはいけないんだ!?」

 僕は自問自答します。聞いた時は「なるほど!」と、納得したのですが、今はその理由が思い出せません。
 温めると言うよりも、温め直しがNGなのですが、その根拠を忘れてしまいました。

 僕は、このさいDr.たかよしの意見を無視しようとも考えますが、彼は心臓の耐用年数が140年だと教えてくれた恩人です。
 お陰で長生き世界記録を目指すきっかけになりました。

 僕には、140才までは100年以上の長い道のりがあるので、妥協する訳にはいきません。
 例え根拠のない迷信だとしても、守るべきなのです。

 もう、ナマハゲを恐れる子供の境地です。
 中身は佐藤さん家のヒロシさんだと解っても、お約束で泣きわめく必要があります。
 そうすれば、後ろめたさを感じたヒロシさんから見返りがあるかも知れません。


 ヒロシくん、いやいや、僕はご飯を盛り、餡掛け唐揚げを頂きます。と、その前に、祈りを捧げる事になります。

 例え、将軍閣下、いや、愛しい妻が見ていなくても、神様が見ておられます。

 話は変わりますが、

「いただきます」は、祈りに似た言葉かも知れません。

 この6文字の言葉の中には、作ってくれた人のみでなく、

「貴重な命を頂きます」

 そして、調理を可能にする森羅万象への感謝の念が込められていると考えると、限りなく神への祈りに近い気がします。

 さて、祈ります。

「今日の糧に感謝します。腰の痛みに耐えながら調理したトモカの労苦に感謝します。イエス様の御名を通して、天の御前に申し上げます。アーメン」

 ちなみにアーメンとは、「その通りです」と言う意味らしいです。

 当然、食事を堪能した以上、後かたずけをしなければなりません。

 僕は、食器を素早く綺麗にする必要がありました。鬼軍曹、もとい、愛しい妻が風呂から上がった時、整理整頓された台所を見せて、お褒めの言葉に預かろうと言う邪心が働いたのです。
 僕は、まだまだ罪人です。

 それに、以前にチョコレートケーキの製作中に気絶すると言う失態をしており、汚名返上のチャンスです。

 さて、トモカちゃんが何時風呂から出て来るか気が気でないので、超高速で食器を洗おうと思います。

 僕は、機能的、かつ効率的に作業する必要がありました。
 そこで思い付いたのは、軍隊です。


「いいか諸君! ビリー隊長の動きに付いてくるんだ!」 

 僕の脳内暴走ショーが始まります。
 当然、この場には僕一人なのですが、ビリー隊長と言う別人格を作っています。
 脳内音楽に合わせて、皿洗いに向けたウオーミングアップを開始します。

♪→ ← → ← → ← → ←♪ 反復横跳びを繰り返します。

 たまに、誰かに対してフェイントをかけ、

「よく付いてこれたな!」などと一人で悦に入っています。

「次はフライパンを両手で持って、皿を鍛えよう。

それ、膝蹴り、膝蹴り、膝蹴り、膝蹴り、膝蹴り、

痛みの先にある栄光を考えろ! 

それ膝蹴り、膝蹴り、膝蹴り、膝蹴り、

フライパンごとき鼻で笑ってやれ!

 それ膝蹴り、膝蹴り、膝蹴り、膝蹴り、

皿を綺麗にするより鍛えるんだ! 

それ膝蹴り、膝蹴り、膝蹴り、膝蹴り、

ムエタイ王者を目指せ! 

それ膝蹴り、膝蹴り、膝蹴り、膝蹴り」

 もう、フライパンはボコボコです。
 僕の狂乱ぶりは止まらず、完全に自分の世界に入ってしまいました。


 暫くして、僕は当初の目的を思い出します。
 僕は、食器を洗うために台所に立っているのです。キッチンを破壊するためではありません。

「よし、ビリー隊長からの最終指令だ! スポンジに洗剤を含ませ、泡立てるのだ!」

 僕は、天才的な閃きで、軌道修正に成功しました。もう、探査衛星ハヤブサを迎え入れる宇宙科学研究所の職員の心境です。

 さて、僕は、ビリー隊長(ツヨシくん別人格)の命令に従います。

「スポンジをクシュクシュして泡立てろ!」

 クシュクシュ、クシュクシュ、クシュクシュ。

「充分に泡が立ったら、一回転して天井に投げろ。バトントワリングのように華麗に決めろ!」

 僕は、再び少しだけ食器洗いから離れてしまいました。

 僕は、天井に付いた泡の形を見て、今年の吉凶を占おうとしていました。そんな時です。寝室から愛しい妻の叫び声が聞こえます。

 僕は、慌てて現場へ向かいます。
 キッチンの惨状を離れ、寝室で見たのは、トモカちゃんの驚いた顔でした。

 トモカちゃん曰く、布団が冷たいそうです。
 ですが、そんな筈はありません。僕は、確実にミッションをこなしたのです。

 僕が妻の布団に手を入れると、確かにヒンヤリします。

 布団乾燥機がブオーと作動したのにどうした事でしょう。
 僕は、乾燥機を確認します。すると、スイッチが青い範囲に入っています。つまり、夏用の冷風だったようです。

「間違いました」

 トモカちゃんは、僕の謝罪を受け入れ、笑みを浮かべます。 


 次の日、僕は、自宅療養中のトモカちゃんのために、恵方巻を買いました。
 一本780円の海鮮恵方巻です。マグロさんやサケさんがひしめき合い、エビさんの尻尾がこんにちはしています。

 これを、等分に切って海苔巻きにします。
 うわぁ、幸せが小分けになると驚いたり、ご利益がなくなると嘆く必要はありません。

 むしろ、僕とトモカちゃんにとっては、南東の方角を向いて無言で丸かじりする方が不謹慎なのです。

 そう、クリスチャンに取っては、恵方巻は豪華な海苔巻きでしかないのです。

 松茸風味のお吸い物をお供に、二人で仲良く頂きます。
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