銀色九尾な孤の彼と

山法師

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始まりの日

12 ペットボトルの開け方

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 千年以上生きているらしい彼は、キッチンまで──家の中に入っても物珍しそうに眺めているだけ。警戒心だったりを見せていない。

 この場所がどういう場所か、知らない。

 両親もそこまでする人たちだとは思わないけど、両親や関係者と何かあって「埋まっていた」訳じゃないらしい。良かった。
 内心で胸を撫で下ろした凪咲は、

「すみません、配慮に欠けた質問でした。気をつけます」

 彼へ少しだけ頭を下げつつ、棚からスポーツドリンクのペットボトルを取り出し、

「それで、それでって言うのもなんですが。水分、飲み物はこれでも良いですか?」

 疑問混じりの苦笑を浮かべ、彼にペットボトルを見せる。

(どうして埋まりたくなったのかも、聞きたいけど)

 話をこれ以上長引かせて、聞いている途中で彼が倒れるなんて本末転倒だ。

「謝罪も気をつける必要もない、俺が気にしているだけだ。お前の気遣いは受け取った」

 真面目に言ってくれるなこんちくしょう、今のは心にぶっ刺さったぞ。

 疑問混じりの苦笑を浮かべたまま、凪咲は内心で言ってやった。

「それで……それは、水……らしき何かなのは分かるが、中身はなんだ? 容器はペットボトルというヤツか」
「え? はい、ペットボトルの、えーと……」

 彼の前まで持っていき、どういったスポーツドリンクか説明する。なんとなくだけど理解してくれたらしい彼は、ペットボトルを受け取ってくれたが。

「一回止まって、自分に開けさせてください」

 彼がキャップを回すのではなく引き抜いて開けようとして、ペットボトルから嫌な音がした。

 ペットボトルがぶっ壊れる前にと、ペットボトルを持ってもらった状態で、軽く説明しながらキャップを開けさせてもらう。

 ペットボトルは無事だった。多少歪んでいるように見えるけど、見えるだけだ、うん。破損もしてない、一応安全に飲めるから無事だ。

「……見聞きしているだけでは分からないものだな、手間を掛けさせた。感謝する」
「っ、だいじょぶですお気になさらずです、はい」

 ぶっ刺さりかけて狼狽えかけ、彼を視界から外すために冷蔵庫へ向かう凪咲は、また内心で叫ぶ。

(俺はあなたの手元でペットボトルがぶっ壊れるのが怖いからキャップ開けただけです!)

 そんな自分に申し訳無さそうな感じで素直にお礼を言わないでくれ、マジでなんなんだあなたは。

「えっと、それで、何が食べたいとかありますか?」

 冷蔵庫の中身、棚の中身、その他の場所にもある食料品や食材、それぞれ説明していく。

「……食べたいもの、ない感じですか?」

 飲んでいる間もずっと宙に浮いてキッチンを物珍しそうに眺め、説明に相槌を打っていた彼が、だんだんと不貞腐れたような表情になり、浮いた状態であぐらになった。

 頭の位置が変わらずにあぐらの姿勢になったので、完全にテーブルより上に浮かんでいる。
 彼の耳はなんだかソワソワしている雰囲気があり、尻尾はソワソワとイライラが混じっているような雰囲気で揺れている。

 不貞腐れている様子の彼は、空になったペットボトルのキャップを回して閉めながら。

「見聞きしたことがあるモノもあるが、どれも食ったことはない。美味いか不味いか分からないのもあるが」

 力を取り戻すのに適しているのは。

「その場で作る食い物か、獲りたて、新鮮という言い方の食い物だ」

 このスポーツドリンクとやらも、味は悪くなかったが。

「力はほとんど戻らなかった。同じ理屈だろう」
「あー……」

 納得の声を出してしまった。

 着いたばかりの別邸にある「すぐ食べられる」食料品は、冷蔵、冷凍、常温、なんにしても保存が利く加工食品ばかり。
 不貞腐れていた彼が、気を取り直したように──諦めたように軽く笑う。

「別に食う必要もない。ここまでの礼はする。詫びも必要だろう。それらを終えたらすぐに去る。要望を言え」
「駄目です食べてください、死なないでください死んで欲しくありません。自分もある程度料理できるので作ります、できるだけ美味しいの作るので食べてください」

 助けてみろと言っただろ。言われなくても助けるけど。

 自分をまっすぐ見つめた凪咲へ、彼が心底呆れたと言いたげな口調と、

「俺がどのような状態かも把握していない阿呆が、何を言う。阿呆な人間」

 悲痛さを隠し、嘲笑う表情で低く言ってきた。

「アホです、把握できてません。教えてください、食べたいものと一緒に教えてください」

 ここで引いたら、彼はまたどこかで死にかける。自ら死に向かう。助けを求めて、死に向かう。

(そんなこと)

 させてたまるか。

 あの日の君もそうだった。存在してなくても『そう』だった。
 こんな自分に優しい彼も『そう』なる未来など。

 それこそ、死んでも嫌だ。

 凪咲がまっすぐ強く真剣に見つめる先にいる、彼が。

 空中であぐらになって嘲笑うように口角を上げ、長い尻尾全部を挑発するように揺らしている彼が。
 空のペットボトルで自分の肩を軽く叩き、嘲笑う口調で、静かに。

「俺は霊魂、魂だけの状態だ」

 そんな俺を、死んでいるも同然の俺を。

「どのように救うと?」

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