銀色九尾な孤の彼と

山法師

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学校と日常

2 大切に思う存在

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「……あの、ユキ……? 早く、お願い、したいんだけど……」

 恥ずかしくて固く目をつぶってしまった凪咲は、呻くように伝えた。

 朝の支度を終え、ユキを起こして身支度を整えてもらい、一緒に朝ごはんを食べる流れは、今までとほぼ同じ。

(学校行く前にって)

 決めたことを早く終えて、学校へ向かわないといけない。

「まだ時間はあるだろう。お人好しで阿呆の凪咲を、少しでも幸せにさせろ」

 不機嫌そうに額へ優しくキスしながら、ホント器用に話すねお前、ユキ。

(しかもさ、やっぱりっていうか)

 ソファであぐらになった足の間に、俺を座らせるんだね。そんで俺を抱きしめて、尻尾全部で包み込むんだね。
 額にキスする時、絶対この『幸せで死にそう』な姿勢なんだね。首の後ろに手をかけるのも、当たり前にしてくるね。
 ユキが良いなら、いいけどさ。

(ユキを不機嫌にさせちゃってるの)

 すぐに起こさなかったことより、これからすることより。

(俺が学校へ行くの)

 気にかけてくれるからだって思っちゃうから、そろそろやめてくれ。

「幸せ……なので……早く……ユキ……死ぬ……」

 服の胸元を掴んで軽く引き、呻くというよりなぜか上擦る声になったが、なんとか伝えたのに。

「幸せで死ぬと存分に言え」

 不機嫌そうだったユキの低い声に嬉しさが混じり、優しいだけでなく慈しむようなキスを額へ落として来やがった。
 尻尾まで嬉しそうに揺れ動き始めやがった。

(ユキが嬉しいのは、俺も嬉しいけど)

 やめろ、色んな意味で。

「……なら、もう……俺から、キスするからね……? 嫌なら……やめろ……早く……今すぐ……キスしてやる……」

 事情を知らない誰かが聞いたら確実に妙な勘違いをするだろう言葉で、ユキの動きが止まる。
 どこか迷うような雰囲気を感じ取り、こっちからするよと言おうとした凪咲の耳に、ユキの苛立ったような舌打ちの音が届く。

 ──申し訳ありません。

 同時に〝あの日の声〟を心が聴いたから、凪咲はうっすらと目を開け、自分を悔しそうに睨みつけるユキへ心から微笑みかけた。
 睨みつけていたユキが、悔しさと悲痛さを帯びた表情になる。銀色の耳も、同じように動く。

「ユキのためだけど、俺のためなのも本当だよ」

 本心を伝えて苦笑したら、ユキがさらに悔しそうなカオになったあと、

「呆れるほどお人好しで世間知らずで阿呆な凪咲のためにも、口づけてやる。覚悟しろ、初心で阿呆な凪咲」

 悔しさを残したまま不貞腐れた表情になり、素早い動きで労るように、唇を重ねられた。

(ちゃんと、説明したんだけど)

 まだ気にしてるのかな。気にするか、ユキは優しいから。

 ユキのために、ユキに力を、元気になってと、慣れないなりに舌を絡ませようとしながら、頭の片隅に居る凪咲じぶんが勝手に考え始める。

『凪咲には、好いて……大切な存在が、居るように思うんだが』

 今さらな上に、不躾な問いかけをする、悪い。

 昨日の夜、そろそろ寝るからと入ろうとした部屋の前で不安そうなユキに止められ、そんな前置きのあと居心地が悪そうに聞かれた。
 何について言っているのか、すぐに分かった。

(気配で伝わってたんだろうけど)

 存在しない〝あの日の君〟を、凪咲の気配をどう捉えたのか、ユキは『凪咲が好いている相手』だと思ったらしい。

 ユキが気づいてたの、たぶん、イマジナリーフレンドっていうか、妄想みたいなヤツだから。
 俺の心に俺が勝手に届けてるだけ、聴こえてるって思い込んでるだけ。

 ユキと最初に会った時、子どもだって勘違いしたのも、その関係。ユキを助けたいのは本当だけど、ユキの声だって勘違いして、ごめんね。

(だからそういうのじゃないよって、伝えたんだけど)

 今にも死にそうなカオになったユキへ気にしないでと伝える前に、強く抱きしめられて尻尾全部で包み込まれ、祈るように尋ねられた。

 好いていなくとも、大切な存在か。
 凪咲の心に届いてしまう存在は、凪咲の大切な存在か。

 素直に答えたほうがいいと思って、そうだよと伝えた。

 ユキだって大切な存在だし、ユキを助けたいのも本当だよ。

 本心からまっすぐ素直に伝えたら、悔しく情けなく遣る瀬無く思っているように腕に力が込められ、祈るように──どこか縋るように──掠れた低い声で言われた。

『凪咲のためになるのなら、凪咲が大切に思う存在のためにも』

 俺を助けろ。

『凪咲の美味い飯を食わせろ。凪咲と、口づけ、る、のは、俺からだ。凪咲からはさせてやらん、俺から凪咲へ口づける。異論は認めん』

 分かったと頷いて抱きしめ返すしかなかった。

(どっちからとか、何も考えてなかったし)

 気にしないでと伝えたかったのに、逆に負担をかけてしまった。

(寝る時も気にかけてくれた感じだったから、無理に起こしたくなかったって)

 伝えたらさらに不機嫌にさせそうで、伝えられなかった。

 ユキが死にそうなカオになった時からずっと〝声〟が聴こえていたのは、たぶん。

(俺がユキと〝君〟を、重ねちゃってるからなんだろうな)

 ユキを助けられるなら、助けられなかった〝あの日の君〟も助けられる。

(あり得ないけど)

 だからこそ、あり得てくれと願ってしまう。

(そんな俺が)

 ユキのためにできることは。

(優しいユキが、力を取り戻、して……元気、に……、……?)

 ユキからのキスが、昨日までと、違う。

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