銀色九尾な孤の彼と

山法師

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学校と日常

9 妖狐を管轄するのは

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 正門まで来るの早くない?

 凪咲は現実逃避したくなった。

(一等階級保健室から、正門まで)

 広い敷地を突っ切るように移動しても、20分以上かかるはずなのに。

(あ、違うか)

 緊急事態かもしれないからと、敷地内を車か何かで移動したなら、このくらいで到着して当然だな。

 不愉快極まりないといった表情で理人に顔を向けたらしいユキに、そんな顔しちゃダメだからと伝えようとした。
 したけど。

『通話の内容が聞こえてしまったことは詫びよう。だが、お前の通話相手は自分と古くから親密な関係にある特別な相手だ。口の聞き方に気をつけろ』

 やっぱりまだ混乱してないかな、その言い方はどうなんだろう、理人。

『鷹司の、理人、か。今しがたお前が張った遮音の結界は、作りが甘い。古くから親密な関係にある特別な相手のために、少々手を加えて強化した。鷹司の者ならば、それこそ言動に気を付けろ。古くから親密な関係にある特別な相手と俺とがどのようなやり取りをしていようが、お前に口を挟む権利があるか?』

 なんでケンカ腰なのかな、ユキ? あと鷹司家を知ってるのに「言動に気を付けろ」って言えちゃうの、ユキってやっぱりスゴい九尾なの? 挑発するみたいな笑顔とか、心臓に悪いからやめてほしい。

 二人のやり取りにどう口を挟めばいいか分からなくなり、凪咲は口をつぐんでしまった。

『……顔に覚えはないが、不審者でもないからと一人で対応するつもりだったが……』

 理人の声から爽やかさが消え、厳しさと畏怖を感じるものになったと、スマホを通していても伝わってくる。

 なのにユキは余裕を崩すこともなく、むしろこれからどうするのかと観察でもしているように、挑発するような笑みを保ったままで銀色の瞳を細めた。

 周囲はどうなっているのか。軽くでも人払いされているのか。

(されてることを祈ろう)

 遮音の結界がどうのっていう、常人には高度なことを二人でやっているらしいし。
 騒ぎが起きているような雰囲気は、少なくともスマホからは伝わってきていないから。

 凪咲が、遠くを見るような気分で思った時。

『規定違反と見なす。身元の確認が取れるまで、敷地内の管理塔で待機していろ。妖狐の管轄は旧帝都にある伏見の社だと、それくらいはお前も承知しているはずだ』

 理人がユキの正体を見破ったのは、鷹司の力だろうと理解が及ぶ。
 けど。

(管理塔って、牢獄みたいな場所だって聞いてるよ?!)

 基本的に立ち入りは禁止されていて、鷹司家と同格──公爵階級以上の人間が管理していると教わる。

 一般人の凪咲は当たり前に入ったことも目にしたこともない。
 神の力を受け継ぐ人々だけが認識でき、だから彼らが管理できるとも教わっている。

 それに、そもそもユキは。

『伏見に尋ねるのか。どのような反応を示すか楽しみ──』
「そこでの待機とかあっちへの連絡とか、一旦待ってくれませんか総会長! 『最近あった色々』のヒトです! 自分のこと心配してくれてるだけです!」

 怯えを隠すように挑発する笑みを深めて口角を上げたユキの言葉を遮った大きめな声は、ユキだけではなく理人にも無事に届いたらしい。

『お人好しの阿呆が』

 画面越しに軽く睨んできたユキの割と近くから、『コイツがですか?!』と理人が上げた驚きの声を聞いた。

 ◇

「驚きが勝って聞き逃す形になってしまいましたが、凪咲のことをアホって言ってましたよね? コイツ」

 右隣に座っている理人が不満そうに、ユキを指さして聞いてくる。

「俺をコイツ呼ばわりするのはどうでもいいが、凪咲に近づきすぎだ。凪咲が飯を食いにくくなるだろう、理人とやら」

 左隣に座っているユキは呆れたようにため息を吐き、凪咲の背中側から腕を回して理人の肩を押す。

「お前のほうが距離が近い。離れろ。俺を押しのける体で凪咲の肩に手を回すな」

 肩に置かれたユキの手を剥がそうとして、苦戦しているらしい理人と、

「腕力だけで外そうとしてくるお前は、やはり色々と未熟だな。修行をつけてやろうか? 理人とやら」

 呆れた声にからかいと微笑ましさが混じっている気のするユキとのやり取りから、思うのは。

(なんていうかさ)

 この二人、仲良くなれそうな気がするんだよね……。
 自分を間に挟んだりしないで、仲良くしてほしい……仲良くなれそうだから……。

 中身も意外と無事だった弁当に視線を落としている凪咲は、頭の片隅で感想のような何かを呟き、弁当をもそもそ食べていく。

 身長がそれほど違わない──人間姿のユキは耳の高さに気を取られないし、身長が184cmだと知っている理人と比較できるから、188cmほどだと分かった──二人に挟まれ、なんとなく身を縮めてしまう。
 二人とも細身に見えるけど実際は細身ではないからか、なんとなく圧迫感がある。

(あと)

 二人とも足が長いんだよな……分かってるけど……身長の関係もあるんだろうけど……。

(二人の足が被さってきそうで)

 なんか怖いんだよな……。自分が小柄なせいだけど……。

 理人の取り計らいで、一時的に校内の立ち入りを許可されたユキと共に一等階級談話室に移動させてもらい、気絶したせいで食べ損ねたお昼を気兼ねなく食べられるのはありがたい。
 ありがたいんだけど。

(理人の知り合いってことで、話を通したから)

 人間の姿を保ったままでいるユキに、残っていた生徒たちや教職員は、

『鷹司家と同格かそれ以上、だとしたら本当に天帝様の……』

 といった雰囲気で接していた。

 無言で暗黙の了解という姿勢を見せる周囲を、ユキは今朝と同じように当然のように受け止める。
 理人も立場の関係で訂正しないから、周囲は二人ともに畏敬の念を向けていた。

 そんな二人が『下層の庶民』である凪咲じぶんを気にかける素振りを見せる。

(俺に何かあったらとかは、別に気にしないんだけどさ)

 困惑と軽蔑の視線を向ける周囲に、軽くでも威圧感や殺気を放たないでほしい。ユキも理人も。

(理人を混乱させちゃってるの、俺のせいだし)

 優しいユキの暗黙の立場は『鷹司家の関係者』だから、人がいる場所で声をかけるのも難しい。

 どうしてか『学校用』に切り替えられないから、ひたすら無言でいるしかなかった。

「あのさ、ユキ。変な意味じゃなくて、回復させるために触れる必要があるって言わないと、誤解を招くと思うんだよね。それにね」

 片手だけなのに。

「ユキの、回復……温かくて、幸せなので……ほどほどで……お願いします……」

 人前で言うの、恥ずかしい。

(声、小さくなっちゃったけど、たぶん)

 小声でも言葉にして伝えないと、ユキは「片手だけでは足りない」と言ってきそうな気がした。

(だって)

 制服に着替えて談話室に向かっていたのに、談話室とは別棟の保健室に近い廊下で鉢合わせた上、顔を見た瞬間苦々しく舌打ちされた。

(何も言ってないし、理人が癒やしてくれたおかげで怪我もないのに)

 触れて読み取ることもしないで、何かしらを察したようだった。
 学校で何があったか説明していないし、理人も立場があるから伝えない。

(ユキ、舌打ちした時も)

 これでもウチの生徒なんだがと、完全に誤解して睨んできた理人に呆れていた。
 談話室に入って三人だけになってから、凪咲は誤解を解くのと一緒に、ユキも別邸で暮らしていると軽く説明した。

「あと……力、使いすぎないでね……? 俺のお弁当、食べたっていいのに……俺の分だから食べないって言うし……」

 恥ずかしさと「幸せで死にそう」な感覚のせいで顔を俯けた凪咲の、小声になった訴えはなんとか聞き取ってもらえたらしく、

「凪咲のためにならないことはしない。ほどほどで我慢しよう。力も余裕があるからお前は自分を気にかけろ、凪咲」

 と、満足そうに言ってきた。

(あと、俺の)

 右肩でやってる攻防みたいなの、そろそろやめてくれないかな。
 何かの勝負をするなら、ジャンケンとかじゃダメなのかな。

「凪咲をこんなふうに回復させられる妖狐ってなんなんだよ……伏見に確認取ってんだからな……身元不明の不審者もどき……お前から言ったんだからな……」

 憎らしさや不審に思うというより、羨ましがっているような理人に、

「ああ、俺から言った。好きなだけ確認を取ればいい。先にも伝えたように、どのような返事があるか興味がある」

 通話の時に見えた怯えはほとんど感じられないユキは、楽しそうな声で返す。

「理人とやらにだけ、問いかけよう。凪咲は何も答えるな」
「え?」

 思わず顔を上げると、ユキは楽しそうに──そして何かを見極めるように、銀色の瞳を細めている。

「お前……凪咲をなんだと……」

 怒りの声を向ける理人に、ユキは楽しそうなまま、

「お前は俺の何をどう判断して、妖狐だと見当をつけた?」

 弟子の力量を師が測るための問答をするような雰囲気を加えて、聞いてきた。

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