メア〈一話完結〉

山法師

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メア

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 柔らかな色合いの、可愛らしい内装をしている部屋の中。そこには、明るく優しい光を放つ照明がつけられ、そして、沢山の、沢山のぬいぐるみが、溢れんばかりに置かれていた。
 くま、うさぎ、ライオン、キリン、かめ、うま、しまうま、いぬ、ねこ、とり、イルカ、くじら、サメ、ワニ、シャチ、ぞう、シカ、トラ、カメレオン、ドラゴン、ユニコーン──小さなものから大きなものまで、様々に。
 そして、そのぬいぐるみに囲まれるようにして部屋の真ん中に、長いピンクの巻き毛の少女が、ひとり。ぽつんと座っている。
 フリルのついた白のワンピースを着て、それに髪と同じ色の大きな蝶々結びのリボンが、いくつも縫い付けてあって。足には、繊細なレースの靴下を履いている。
 抜けるような白い肌をした、ビスクドールのように整った顔の少女は、薄い青の瞳をキラキラと輝かせながら、けれど無言で、表情もなく。ただそこに、座ったまま。
 ガチャリ。
 少女の正面の、ドアの鍵が開けられる音で、少女は初めて表情を見せた。
 キィ……とドアが開く。

「おかえりなさい、おにいちゃん!」

 少女はにっこり笑って、とてとてと、幼子のような足取りで、ドアを開けた人物の元へと歩いていく。

「ただいま、メア」

 『おにいちゃん』と呼ばれたその少年は、十ほどに見える少女に、更に三つほど年を足したくらいに見えた。
 茶色の短い髪に、緑の瞳。浅黒い肌で、そしてその少年も、とても整った顔をしていた。生成りのシャツと紺色の釣りズボンと、ズボンと同色の室内履きを履いている『おにいちゃん』は、歩いてきた少女を抱きしめた。

「今日も良い子にしてた?」
「してたよ! ずうっとここで、ちゃんと待ってたよ」

 少年が大好きなのだろう、メアと呼ばれたその少女は、めいっぱい背伸びをして『おにいちゃん』の首に腕を回し、抱きついて額を押し付ける。

「メア、こら、くすぐったいよ」

 少し笑いながら少年が言えば、メアはもっと強く、ぐりぐりと頭を押し付けてきた。

「ずっといい子にしてたんだもん。これくらいいでしょ?」
「しょうがないなぁ」

 しばらくして、メアは満足したらしく、少年から顔を離した。けれど、回した腕は外さない。

「ね、おにいちゃん」
「ん?」
「今日もいい子にしてたから、ね。……ね?」

 メアは、どこか期待するように、けれど少し恥ずかしがるように、目の前の緑を見つめる。

「うん。良い子にしてたからね」

 そんなメアを見て、少年は微笑み、

「ごほうびだよ」

 そっと、まっさらな額にキスをした。

「ひゃあぁ……!」

 メアは、分かっていたはずなのに驚いたように跳ね跳び、頬に手を当てくるりと回る。そして、そのままダンスでも始めそうな勢いで、腕を伸ばしてくるくると、ぬいぐるみを観客にして回りだした。

「メア、メア」
「……あっ、はい!」

 少年に呼ばれたメアは、パッと身を翻し、また少年の目の前にやって来る。

「ほら、今日のは」

 しゃがみ込んだ少年は、両腕に抱えるようにして、大きな包みを持っていた。

「なんだと思う?」
「なんだろう……? おっきいね……おっきいから、おっきなどうぶつさん?」
「さあ、どうかな? 開けてみて」
「うん!」

 少年からその大きな、自分の首ほどの高さまである包みを受け取ったメアは、丁寧に包みを開けていく。そして、出てきたものに、目を丸くした。

「ペンギンさん!」

 中にあったのは、可愛らしく簡略化された、大きなペンギンのぬいぐるみ。

「そうだよ。ここにはいない子だ。仲良くできるかな?」
「できる! みんな、仲良くできたもん! この子もきっと、わたしと、みんなと仲良くできる!」

 言いながら、メアはその大きなペンギンのぬいぐるみに抱きついた。

「ふふふっ、あなたのお名前、考えなきゃね」

 満面の笑みでそう言うメアに、『おにいちゃん』は慈愛のまなざしを向ける。
 ぬいぐるみを抱きしめるメアをひとしきり眺めたあと、少年は立ち上がり、

「じゃあ、メア。また行ってくるから、良い子にしてるんだよ?」
「えー、もう行っちゃうの?」

 言いながら、メアが頬をふくらませる。

「もっと、おにいちゃんといたいなあ。メアは、そう思いますです」
「そう思いますか」
「ますです」
「……それじゃ」

 少年はまたしゃがみ込み、ペンギンのぬいぐるみごと、メアを抱きしめた。

「ひゃあぁ!」

 驚いたような、喜んでいるような、くすぐったがるような声が響く。

「これで、満足いただけましたでしょうか? メアさま」
「……うむ、満足、ですじゃ……じゃ?」

 自分の言葉に首をひねるメアを見て、「あはっ」と笑った少年は、

「それじゃあ、今度こそ行ってくるね、メア」

 腕を解き、再び立ち上がる。

「……うん! 分かった! いってらっしゃい! ちゃんといい子にして待ってるからね!」
「うん」

 ペンギンを抱いたまま手を振るメアに、少年も手を振り返す。
 そして、ドアが閉まる。
 パタン、ガチャリ。音がしたのをキッカケに。

「…………」

 メアと呼ばれていた少女は表情を消し、大きなペンギンを抱いて、それを引きずるようにしながら、部屋の真ん中にまた座った。
 そのまま何も喋らず、体も動かさず。

「……」

 と、思い出したようにその細い左手が動き、自分の額に──『おにいちゃん』がキスを落としたその場所に、そっと触れた。

「……おにいちゃん……」

 ささやくように、呟くように、零れるように響いたその言葉を聞くのは、少女を囲むぬいぐるみたちだけだった。


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