小鳥が歌うはクジラの唄、鮫が聴くのは小鳥の歌声

山法師

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6 四歳の頃

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 四歳になる年、俺と燐音は誘拐された。

 違う。

 俺のせいで、燐音まで誘拐された。

 燐音と公園で遊んでいる時に、突然。
 あまりに突然で、誘拐されそうになっているとも分かっていない俺は、突然のことに恐怖してパニックを起こした。
 混乱していた俺は、呆然としている燐音へ手を伸ばした。

 助けを求めてしまった。

 呆然としていた燐音は、呆然としたまま、俺が伸ばした手を取ってくれた。

 いつもそうだった。俺から、燐音から。二人で手を繋ぐなんて、日常で習慣で、当たり前のことだった。
 だから燐音は、呆然としてても俺が伸ばした手を取ってくれた。

 握らせてしまった。

 誘拐犯は、俺と手を繋いでくれた燐音まで『ついで』に誘拐した。

 真っ暗な箱──車へ荷物のように乗せられ、真っ暗な場所──誘拐犯の部屋へ押し込まれた。
 光が届かない真っ暗な場所へ自分たちを閉じ込めた、幽霊みたいなゾンビみたいな人間の目的。

 生きた『可愛いお人形さん』遊ぶこと。

 可愛いお人形さんにされた『幼い鮫島直』は、人間の大切な玩具だから『大切に』扱われた。巻き添えにされた燐音は──燐音は、俺のせいで。

 大切に扱われるどころか、道具として『利用』された。

 遊んでいる『可愛いお人形さん』がパニックを起こして『鮫島直』に戻りそうになると、ついでに拾った燐音を使って『可愛いお人形さん』へ戻す。

 燐音へ怪我を負わせ、やめてと叫ぶ鮫島直へ。

 ちゃんと『可愛いお人形さん』になれ。

 人間はそうやって『鮫島直』を『可愛いお人形さん』へ戻す。

 そのせいで、燐音は体にも心にもたくさんの怪我や傷を負った。

 燐音が一番最初に怪我を負ったのは、鮫島直が『可愛いお人形さん』用の格好へ着せ替えられそうになった時。
 俺がパニックを起こして泣きわめいたせいで、燐音も恐怖して叫び──静かにしろと人間は燐音の右眼近くを刃物で切った。

 光が届かない真っ暗な場所で可愛いお人形さんで遊ぶ時には、可愛いお人形さんが見えていないと意味がない。雰囲気がないと意味がない。

 幽霊みたいなゾンビみたいな人間は、小さな明かりをいくつも灯す。

 まるで人魂のようにぼんやり発光する間接照明に照らされ、燐音の右眼辺りから赤い色が飛び散るのを見た瞬間。

 言うこと聞きます。全部聞きます。だからやめて。

 俺は言ってしまった。従ってしまった。燐音を『利用できる』と気づかせてしまった。

 ひらひらふわふわした服を着て、色々と着飾られ、鮫島直が『可愛いお人形さん』になるのと同時に。
 燐音はまともに喋れなくなった。怪我の手当ても受けられない──しないほうが『可愛いお人形さん』で遊べるからと、傷だらけの体にされていった。
 恐怖と混乱を抑えて『可愛いお人形さん』になろうとしても、抑え込めずにパニックを起こして『鮫島直』へ戻りかける。
 そのせいで、燐音は何度も。
 何度も何度も何度も、利用されてしまう。
 燐音が利用されることも、可愛いお人形さんが『鮫島直』へ戻りかける一因だと、自分も燐音も、誘拐犯も分かっていなかった。
 今にも死にそうな燐音は、死にそうだとも訴えられない。

 燐音が死ぬ。燐音が。
 今、目の前で、あの刃物で。
 殺される。

 鮫島直を『可愛いお人形さん』へ戻すために刃物を振るっていた人間から燐音を庇い、初めて自分が切られた。
 燐音を抱きしめるように庇って、ひらひらふわふわした服と一緒に背中を浅く切られた。
 人間は、抵抗されたことより。
 可愛いお人形さんの服を破損させた『鮫島直』に怒りを向けた。
 それでも『可愛いお人形さん』をあまり壊したくなかったようで、刃物で傷つけるのでなく罵声を浴びせながら何度も蹴ってきた。

 燐音を守る。燐音を死なせない。

 必死に耐えていたけど、四歳が大人の蹴りを耐え抜けるわけもなく、限界が来て倒れた。
 燐音から手を離してしまったけれど、人間は俺を蹴り続ける。

 痛い、痛いけど、燐音が死ぬより全然いい。

 何度も罵声を浴びせられ、何度も蹴られ──急に誘拐犯が呻いて、蹴るのをやめた。
 誘拐犯の呻く声が何度も聞こえ、叩きつけるような音が何度も耳に届く。
 気がつけば、近くに居た燐音が居なかった。
 燐音に何かが、あの人間が燐音に。
 痛む体は上手く動かせなくて、呻く声がするほうへなんとか顔を向け、息を呑む。
 可愛いお人形さん用の小さなテーブルを、燐音が誘拐犯の顔へ振り下ろしていた。

 ダメだ、やめろ。

 燐音へ呼びかけても、燐音は反応しない。
 呼びかけ、痛む体を引きずって、這うように燐音のもとへ向かう間ずっと。
 何度も、何度も何度も何度も、誘拐犯が動かなくなっても、振り下ろす。

 もう大丈夫、大丈夫だよ。

 燐音を止めるために気合いで体を起こし、燐音を抱きしめた。
 燐音は止まってくれた。それこそ、糸が切れた人形のように。
 燐音の体から力が抜けて倒れかけ、体の痛みなんか無視して燐音を支えた。力の抜けた燐音の手から血まみれのテーブルが抜け落ち、動かない人間に当たって床へ転がった。
 動かない人間の顔を見た俺の体は、悲鳴を上げるより、力が抜けただけで起きている燐音の顔を抱え込んで視界を覆うことを優先してくれた。

 逃げなきゃ。
 この場所から、この人間から、この状況から逃げないと。

 思うのに、体は動いてくれない。
 痛くて動けないのでなく、恐怖と混乱で動けなかった。
 燐音を抱きしめたまま、動かなくなった人間の上に乗ったまま、頭の中で動けと念じ続ける。
 自分たちが動くより前に、外から光が差し込んだ。
 やって来た人間たちが誰なのか、コイツの仲間か何もわからないまま。

 みんな生きてる。

 俺は今度こそ叫んでいた。
 やって来た人間たちは、通報を受けて助けに来てくれた警察だった。
 俺と燐音は、誘拐されてから三日も経っていなかった。
 三日も経っていないのに、燐音は生傷だらけの体になり、喋れなくなり、表情もまともに作れなくなった。
 俺も色々と面倒な体になった。

 けど、それでも。

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