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第二章 竜の文化、人の文化

十五話

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 追憶の刻の盤面では、小さなヘイルとブランゼンが彼に抱き上げられる所だった。

『お爺様! またあの話……えっと人、間? のお話! 聞かせて下さい!』

 こちらのヘイルは瞳を輝かせて、祖父の腕の中で跳ねた。

『おや。散歩をするのでは、無かったかな?』
『そうよヘイル。予定は簡単に変えられないの』

 澄ましたように言うブランゼンへ、

『じゃあ散歩しながら!』

 ヘイルは元気良く言葉を返す。それを聞いたブランゼンはむくれ、

『うーん……』

 ヘイルの祖父は困ったような、けれど慈しみが滲む顔をした。

「ヘイルのじ……おじいさま、優しそうだな」
「ああ、どこまでも」

 ヘイルと唯一違う、その優しげな金の瞳がこちらを向き、

『ファスティ、良いかい?』
『畏まりました』

 その声に鷹揚に頷き、ゆっくりと歩き出す。

『タークレーガン様は、ヘイルを甘やかしすぎではありませんか?』
『そうかな?』
『ランジーも色々聞けばいいのに』

 色とりどりの路を行く高い背と、それを挟むようにも見える幼子二竜。彼らを追いかけ、映された画も動く。

「と、言った所でしょうか」

 ファスティは言って、

「あ」
「あ、終わり?」

 シャリン、と高い音を鳴らし、両手で持っていた追憶の刻を、握り込める大きさに戻した。

「……」

 広がる前に見た、周りが映り込むほど滑らかな表面の石。に、見える〈追憶の刻〉から目が離せず、アイリスは無意識に顔を近付ける。

「もうちょい、見たかったな」
「止めてダンファ。私の気力が保たないわ」
「ふふ。ダンファさん、それは次の機会と致しましょう」
「止めてファスティ……」

 ブランゼンの消え入りそうな声に、ファスティは慎ましく笑む。

「……あの、シャツァタリマンさん」

 食い入るようにファスティの手元を見つめたまま、アイリスが口を開く。

「はい、何でしょうアイリスさん。それとわたくしの事はどうぞ、ファスティ、と」
「えっ? あ」

 顔を上げたアイリスへ、ファスティはまたにっこりと微笑んだ。

「私も、アイリスさんと呼ばせて頂いておりますから。ね?」
「あ……はい……」

 アイリスは押されるように頷き、

「……では、ファスティさん。お聞きしたいのですが」
「何でしょう?」
「この〈追憶の刻〉はどういった仕組みで動いているのか、お聞きしても良いでしょうか」

 ファスティと目を合わせながら慎重に、そんな事を口にする。

「まあ、これですか?」
「アイリス……先生、知らないの?」

 ファスティは目を瞬き、ゾンプが驚きを顔に出す。

「こういったものは魔法や、魔力で動いているんですよね?」
「ええ、そうです」
「人は、ほぼ魔力を持ちません。このような高度な機器なんて……機器と呼べるものすら、僅かしか存在しません。だから……」

 アイリスはまた一歩ファスティへ、その手の中の魔導具へ近付いて、

「だから、こんな動く絵とか鮮明な色だとか声や音が出るものだとかましてやそれらが合わさったものなんて、そんなの無いんです! 何がどうなってるんですか?!」
「うわあ!」
「あら、まあ」

 ずいと顔を寄せたアイリスへ、ファスティはおっとりと頬に手を当てた。

「そうなのですねえ」
「そうなんです! そもそもヘイルさんが五十、三? という事は二百年くらい前の物ですよね?!」
「ええ。百九十九年前の映像です」
「そんな昔の! 人にとっては大昔なんです! なんでそんなに綺麗に……?!」

 アイリスは両手で、ファスティの手ごと追憶の刻を包み込み、熱い眼差しをそこへ向ける。

「そもそも、どうやって大きさや形を変えてるんですか……? この家にあった家具の仕組みとは、違うようですし……」
「まあ、勉強熱心なんですねえ」

 そんなアイリスを見て、周りは顔を見合わせた。

「急に勢いが出たな」
「昨日のあれと、全然違う」
アイリスにんげんって面白いなぁ」

 そんな感想を聞きながら、ヘイルもアイリスへ、

「アイ──」
「追憶の刻は、そこまで複雑な魔導具ではありませんよ。ただし、操作にはコツがあります」

 踏み出す前に、ファスティが話を始めてしまった。

「……」
「コツ、ですか?」
「はい。魔力を流して頂ければ、分かるかと思いますが……どうぞ、これを」

 するりと手を抜き、ファスティはまた別の追憶の刻を取り出す。

「これにはまだ何も入っておりませんから、魔力を流しても問題は起きません」
「……失礼、します」

 アイリスは真剣な表情でそれを受け取り、文字通り眼前で眺める。

「ファスティ……それを持ってる理由を、聞いても?」

 ブランゼンが、どこか恐々と言うと、

「予備の予備の予備として使おうかと持っていたものです。こうして陽の目を見られて、この子達も喜んでいる事でしょう。ええ、確かに」
「予備の予備の予備って……もうそれは、城の管轄と関係ないんじゃないの……ヘイル……」
「俺に振ってくれるな」

 そんな、周りの声もどこか遠く。

「……」

 アイリスは追憶の刻へ、その機構なかを覗くように魔力を巡らせる。


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