【本編完結・後日譚更新中】人外になりかけてるらしいけど、私は元気です。

山法師

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本編

15 もう片方は海江田さん

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 振り向いてこちらを見上げた顔は、やっぱり遠野とおのだった。驚いているから、狐目も笑顔も消えてぽかんとした表情だけど。

「なんだ?! 知り合いか?!」

 さっき一緒に転がり落ちて来た男の人が、雷撃を避けながら叫ぶ。

「っ……! 臨時職員の榊原さかきばらさんです。あの時通話していた」

 はっとして、遠野は答える。
 あの時、私が猫達にここへ連れてこられるまでの通信。あれは、これと戦っていたからあんなにぶれていたのか。

「皆、中へ!」

 逃げ惑い、散り散りになっている猫達に鈴音すずねさんは呼びかける。でも、怯えて動けない猫や怪我をしてる猫達もいる。

「てつ! 一旦降りよう!」
「ここのが安ぜ……っ?」
「ふっ」

 ……おお、いけそうとは思ったけど、あの高さから飛び降りても案外痛くないもんだ。

「……あんず、お前?」
「危なそうなひと達を手助けしよう」

 言っていたら、

「状況が見えませんが榊原さん、あなたもなるべく安全な所へ。手に負える相手じゃありませんよ」
「そうだな、バイトの範囲を超えてる」

 いつの間にか目の前に立たれた遠野とさっきの男性に、怖い顔をされながら言われた。

「あの凄そうな黒いのには手は出しません。それに」

 私は目線を頭上に持って行く。

「てつならあの雷、弾いて避けられるよね?」
「……お前なぁ…………手っ取り早くやるぞ」

 その言葉に、遠野達は面食らったようだった。

「……てつさん、あなたは良くても」
「そうだぞ……いや、そうだな」
海江田かいえださん?」
「ベテランと素人が組んでる感じだろう? 案外いけるんじゃないか」
「海江田さん?!」

 海江田さんというらしい男性の言葉に、遠野の声がひっくり返った。
 しかし、言質は取った。二人の間をすり抜けるように、走り出す。

「ありがとうございます。では」
「ちょっ」

 この間にも電撃を喰らったのがだいぶいる。術か何かで防いでも、あの雷の方が強いみたいだ。

「……で?」
「てつは雷とか危ないのを出来るだけ弾いて欲しい。あと、私の動きの補助とか、出来る?」

 言ったとたん、身体が軽くなった。

「こんなんでいいか?」
「うん、ありがとう」

 『乗っ取り』の応用だ。思考も、早く的確になった身体の動きと問題無く合わさった。

「なっなに?!」
「に゛ゃあ?! 離して!」

 重傷っぽい猫から、拾い上げるように抱える。

「部屋の中まで行ったらすぐ離しますので」

 爪をたてられても噛まれても、傷にならないのもありがたい。でも抵抗されるのは少し寂しい。ついさっきまで頼み事をされていたのに、なんて思いが浮かんでしまい、咄嗟に振り払う。気が動転してるのもあるだろう、うん。

「あなた?! 何……を……」

 咎めかけた鈴音さんも、やっている事を理解してくれたようだ。
 暴れ回る黒いのを意識しつつ、猫達を助ける。見ると、遠野達が相手をしてくれていて、黒いのは私達の方まで気が回ってないようだ。時折流れ弾のように飛んでくる火花や雷を避けながら、猫達を抱え、部屋に置いていく。なんだか回収作業じみてるな、これ。

「……鈴音さん! これで全員ですか?!」

 少しして、鈴音さんに確認する。見た感じ、庭に猫は見当たらない。

「……ええ、ありがとう。でも、あれをどうにかしない事には……」

 鈴音さんの言葉と共に、開いていた障子が次々に閉まっていく。ふわりと椅子ごと庭に降り、手を振ると、鎧戸も同じ様に閉まっていく。というか、ついていたのか鎧戸。

「さっきの事は一旦置いて、一緒にどうにかしませんか」
「……ええ、そうね」

 鈴音さんは頷いて、あの黒くて大きい何かに目を向ける。

「……てつ、あれって何か分かる?」
「……猫又なんだが、あいつは……」
「えっ猫又なの?!」

 遠野達が戦っている黒く長い毛に覆われた大きい何かは、猫とも犬ともつかない顔をして、六本足で……。尻尾は二股だけど、あれ猫又なの?!

「猫又?! 雷獣か何かかと思ったんだけどな!」

 私の声が聞こえたらしい海江田さんが、こっちに向かって問い叫ぶ。二人は何か棒のようなもので雷を弾きながら、また声を上げる。

「てつさんには正体が分かるんですか?!」
「……あいつ、俺を喰っていやがる」
「は?」
「だもんで、変に力が表に出てる。元の『気』もかたちも、本来なら鈴音に近いはずだ」
「……は?!」

 てつを喰べた、元は鈴音さんに近い猫又?! なにそ……れ? ……もしや。

「……華珠貴かずき…………?」

 私と同じ考えに至ったのだろう、呆然と呟く鈴音さんの声は、掠れていた。

「っと、遠野さん! 海江田さん! ! 猫又の、鈴音さんの娘さんです! てつの一部を喰べてるらしいです!」

 雷の音に負けないように叫ぶ。それを聞いた二人は、少し揺れたような声で叫び返してきた。

「猫又なのは確定なんだな?! 鈴音ってのはその隣の異界のか!」
「てつさんの一部っ……なるほどだからこんなに強力な……!」

 二人の声を聞きながら隣を窺う。

「そんな……華珠貴、うそよ……っ……」

 鈴音さんは戦慄くように呟き、口を覆った。
 華珠貴さんだと分かった黒いのは、いまだ暴れている。いや、あれは、暴れるというより……のたうち回ってる……?

「俺の気と合わなかったんだろう。で反発し合ってやがる。こりゃあ、そう長くは持たねえな」
「そんな!」

 鈴音さんが悲痛な声を上げる。私もそれは嫌だ。
 海江田さんが巻き付けた光沢のある縄を引きちぎる様を見ながら、華珠貴さんについて考える。

「それじゃ、取り込んだてつの部分をどうにかして離せないの? 反発してるんでしょ?」

 吐き出させるとか、と提案してみる。

「そういう物の話じゃあねえからな。気が、お前らはせいめいえねるぎーっつってたか? 混ざり合ってるから反発してんだ」
「前の白いのからとった時は……あれは、潰してたか……」

 スーツの人に憑いていたものの事を思い出す。

「あん時はな、あれが暴れなきゃあ、引っ剥がすだけでよかったんだ」

 どうしよう、聞けば聞くほど案が無くなっていく。

「華珠貴さんとてつの一部は混ざってるけど反発してて、私とてつは混ざってる上に馴染んでる……」

 ……ん? なんかこの考え、使えそう?

「まあまだ完全に混じっちゃいねえからな。だからあんだけ動けるんだが」

 完全に混じってはいない、なら。

「……私が華珠貴さんの中に入って、てつの部分と混じる事は出来るの?」
「喰われるってか? 死ぬぞ?」
「丸呑みとかでなんとか……出来る? どうなのか教えて欲しい」
「あなた、何を言って」

 鈴音さんが、理解出来ないといった顔で言う。

「あなた、人でしょう? あたし達みたいに力もなければ、すぐ死んでしまう種でしょう?」

 何を無謀な、と目が語っている。

「でも、華珠貴さんを助けないとですよね?」
「……」

 押し黙った鈴音さんから目線を外し、もうぐちゃぐちゃになった庭の真ん中で吠える華珠貴さんを見る。

「そんでてつ、どうなの?」
「……上手く混ざれば、お前を媒介にして華珠貴の中の俺を吸収出来るだろう。だが、杏、お前が消えるかも知れねえ」
「そこはてつにフォローして欲しい」
「ふぉろー?」
「援護? して欲しいって感じかな」

 ハァ…と息を吐いた後、てつは言った。

「まず華珠貴の動きを止めなきゃならねえ。止まっちまえばこっちのもんだ」
「了解。……遠野さん! 海江田さん!」

 私の声に、二人はすぐ反応してくれた。

「華珠貴さん……鈴音さんの娘さん、動きを止められればどうにか出来そうです!」
「本当か?!」

 こっちを向いた海江田さんに、大きく頷く。

「華珠貴に触れられるようにしろよ。封じたりして止めんのはナシだ」
「あっなんか封じたりじゃなくて、触れるように動きを止めるのが良い! そうです!」

 言いながら、少しずつ華珠貴さんの方に近付いていく。でも、まだそこまで距離はつめない。
 最初、華珠貴さんは遠野達を狙って攻撃していた。でも今は、周りなど考えてないような感じで、目に入るもの全てを攻撃対象にしてるような。てつの力との反発に、自身がだいぶやられているのだろうか。

「その後どうする気です?! またさっきみたいに特攻紛いな事を考えてませんか?!」

 遠野に言われ、足が止まる。

「……てつがいるんで! 大丈夫です!」
「そんなこ」
「今、華珠貴さんをどうにか出来る方法、他に何かありますか?!」

 心配してくれているのだ、遠野、さんは。上司になんて言い方をするのかと、思う。けれど。

「ないな! 今実行可能なものは榊原! お前の言ったもんだけだ!」

 海江田さんが答えた。

「遠野! お前ならほんの少し、この華珠貴とやらの動きを止められんだろ! やるぞ!」
「……くっそ分かりましたよ!!」

 遠野さんは華珠貴さんの目の前から大きく飛び退くと、顔の前で手を組む。遠野さんの周りの空気が、揺らめいた?

「本当に一瞬ですからね! それでも大丈夫ですか?!」
「ああ」
「大丈夫です! ありがとうございます!」

 言いながら、また少しずつ華珠貴さんの方へにじり寄る。

「動きが止まった瞬間に、華珠貴の所へ跳ぶぞ」
「分かった」

 遠野さんの周りの揺らめきが華珠貴さんまで届く。と、華珠貴さんは動きを止め、その身体がゆっくりと傾いていく。

「今だ!」

 海江田さんの声と同時に、華珠貴さん目掛けて思いっきり跳躍する。

「そのまま抱き付け!」

 てつの言葉に、慌てて腕を広げて、華珠貴さんの背中にしがみつくようにして着地する。

「そしたら、ぅわっ?」
「そしたら取り込まれる。そのまま動くなよ」

 ズブズブと沈み込む感覚。毛を掴んでいたのに? と思った瞬間、一気に身体が引きずり込まれた。


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