ただ君だけを

伊能こし餡

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裏切り者

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  最近どうも姉貴の様子がおかしい。
  昨日も今日も『税金を払う』 とか言ってどこかに消えやがった。こんな時間に役所なんて開いてるわけねえだろ。適当に納得したフリをしただけだ。

「おいアブリフ、姉貴のこと見てくる。お前先に帰ってろ」

  俺たちに隠すようなこと・・・・・・。一体なんだってんだよ、姉貴。

  妙な胸騒ぎがする。姉貴は今まで俺たちに隠し事なんてしたことなかった。変な連中に関わってないといいが・・・・・・。

「にいちゃん、僕も行くよ」
「お前は来るな」
「行く」
「・・・・・・邪魔するなよ」

  アブリフか、こいつは気弱だが頭は切れるし妙な真似はしないだろう。

  姉貴は家とは逆の方向に行った。確かに役所に行くならその方向であってる。だが俺たちに悟られないためにある程度の距離歩いて方向を変えてるかもしれない。もしそうだったら探すのは骨が折れる。とりあえずは唯一の手がかりである役所の道中で探すか。

  どこに誰が潜んでるか分からない。憲兵けんぺいに見つかって尋問じんもんなんかされても面倒だ。
  そんなことを考えていると、どうしても歩みが慎重になる。後ろで歩くアブリフも、俺にならってしっかり足音を殺している。

  そういえばこいつは姉貴のことはどう思ってるんだ? ただなんとなく俺について来てるだけじゃないよな?

「アブリフ」
「なに?」

  歩きながら声を潜めて弟に問う。姉貴はこいつにはまだ甘い。俺に言ってないようなこともこいつになら言ってるかもしれない。もし何も聞いてなくても、機微きびな変化に気付いているかも。

「お前、最近の姉貴が変だと思わないか?」
「思うよ」

  即答だった。やはりこいつも姉貴の変化に気付いているらしい。

「具体的に何か分かるか?」

  アブリフは「んー」 と言ってしばらく考え込む仕草を見せた。

  月明かりに照らされて歩道が銀色に光っている。そのあまりの静けさと、自分の穏やかでない胸中の対比がなんとも不愉快だ。自分の歯がきしむ音がする。

「僕がトルキスタンから帰ってきた時、あんまり良い顔しなかったね。あの時はただ僕のことが心配だっただけかなって思ったけど、その後みんなで騒いでる時もうわの空だったしね。それからはあんまり僕らの作戦会議にも参加しなくなった。・・・・・・男でもできたんじゃないの?」
「! バカ言うなよ!」

  姉貴に男がいる? そんなわけない! 今、目の前の生活すら苦しいのにそんなもんにうつつを抜かす暇なんてないはずだ。

「でもおかしいよ、昨日も今日も姉ちゃんいつもより時間を気にしてなかった? 絶対誰かと待ち合わせしてると思うんだよね。それに、いつもより鏡見て化粧してたし・・・・・・やっぱり男じゃないの? ほら、あの貴族の軍人とか」
「貴族、だと?」

  あの偉そうな軍人の一人か。あの野郎一回ぶん殴ってもまだ姉貴を口説こうとしてやがるのか。いや、もし仮に男がいたとしてもあいつ以外なら許そう。だがもしもあいつだったら姉貴もろともぶん殴ってやる。

  あいつら貴族は俺たちの金でのうのうと生きてるだけの連中だぞ? そんなやつに口説かれて心が揺らぐなんて裏切り者は、殴られても何も言えないだろ?

「おい、待てアブリフ」

  駅前の公園に差し掛かったところで二つの人影が見えたので茂みに身を隠した。

  憲兵か? だったらこのままやり過ごすか。

  そう思った矢先、何やら聞き覚えのある男女の声が聞こえてきた。

「~~~~~~~」
「~~~~~~~~~~~~」

  なんだ? なんて言ってる?

「アブリフ、ここからじゃイマイチ聞き取りづらい。少し近付くぞ」

  俺がそう指示を出すと、アブリフは小さく頷き、俺の真後ろにその小さな体を隠した。さっきよりも更に慎重に、足音を殺して声の方へ近付く。ゆっくり・・・・・・ゆっくり・・・・・・。

  ある程度近くまで来た時、風向きがこっちに変わった。ここなら聞き取れる。

「そういえば」

  この、声は・・・・・・。

「今日はあの部下の兵隊さん、いなかったね」

  姉貴・・・・・・。そしてもう一人の声の主は・・・・・・。

「あいつは明日の朝から駅で両親の警護を任せてるから、今日は早めに寝ると言っていたよ」

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

  あ、い、つ、だ。

「そっか。明日だったね、フェリックスの両親が来るの」

  おい。

「お店に来るんだよね。ちゃんと歌えるかなー」

  姉貴、なに親しげに話してるんだ? ここは、店じゃないんだぞ?

「いつも通りなら大丈夫さ、ついでに、両親にも紹介したいんだが・・・・・・」
「えぇー? もう? 恥ずかしいよ」
「まだ早いかな?」
「うん・・・・・・もうちょっとだけ待ってね。弟たちにも、説明しなきゃだし」
「そうか。それもそうだな」

  説明って・・・・・・おい、嘘だろ。嘘だと言ってくれよ。

「弟たちはちゃんと守ってやりたいんだ」

  ・・・・・・もういいいよ。

「父さんたちが死んじゃった時さ、私が守らなきゃって思ったんだ。こう見えてもお姉ちゃんだしね」

  もういい。

「そうか。グリーヂェは偉いな」
「えへへ、私、ちゃんとお姉ちゃんでいれてるかな?」
「大丈夫さ」

  ・・・・・・。

「すまないグリーヂェ、明日も早いからこれで失礼するよ」
「あ、そうだね! ごめんね、また明日!」
「また明日」

  公園から去るその男に手を振る人間は誰だ? あれは本当に姉貴なのか?

「明日の朝だってね」

  アブリフはこんな時も冷静に振舞ってる。明日の朝? そんなこと言ってたか?

「あいつの親、明日の朝に駅に来るんだって」
「明日の朝・・・・・・そうか」

  そうかそうか、明日の朝か・・・・・・。
  やはり、こいつを連れて来たのは正解だったみたいだ。

  男が見えなくなったところで姿を隠すのはやめた。ガサガサっとわざと大きな音を立てる。

「! 誰⁉︎」
「俺だよ、姉貴」
「! ・・・・・・ムージャ、アブリフ」

  姉貴が驚いて少し後ずさりをする。その様子を見るに、後ろめたいことっていう認識はあるみたいだ。

「残念だよ姉貴。まさか俺たちが必死に貴族共を殺してる時に、自分はその貴族とヨロシクやってたなんてな!」
「ち、違う。これは・・・・・・」
「何が違うんだ? あぁ? 何も違わないよな! この・・・・・・裏切り者が!」
「わ、私は、裏切ってなんか」
「じゃあどう説明するんだ? さっきの会話、全部聞いてたぜ?」
「っ!」

  一歩、また一歩と姉貴との距離を詰める。

「最近どうも様子がおかしいと思ったんだよなぁ」
「アブリフ! 私は!」
「姉ちゃん、あいつに騙されてるとかじゃないの? 貴族の息子に遊ばれてるだけなんじゃない?」
「それは・・・・・・。ごめん、私たちは本気なの」

  ジリジリと姉貴との距離を詰めて、手を伸ばせば届くくらいのところに来た。

「あの人は他の貴族とは違うよ! 私たちのことだって本気で考えてくれてる!」

  どこまで聞いたかな。全部聞く前に、俺の右の拳が姉貴を吹っ飛ばしていた。

「あうっ!」

  地面に打ち付けられて姉貴が跳ねる。
  軽い。
  こんなやつに今まで従ってたのか、俺は。
  なんだかバカみたいだ。自分より弱いやつに従う道理なんてないのに。

「姉貴、もういいよ」

  もういい。

「駅、だったな。アブリフ、行くぞ」
「うん」

  俺はもう、守ってもらわなくていい。
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