ただ君だけを

伊能こし餡

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君だけだった

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「ねえ! あの人たちには何の罪もないじゃないか!」
「うるせえ! 俺たちの国を作るのにあいつら貴族はみんな邪魔なんだよ!」
「だからって! 罪のない人たちまで殺すことなんてない! ムージャ! あんたは間違っている!」

  せっかく暖かくなってきたというのに、今日は曇り空のせいでやたらと寒い。寒いくせに、生暖かい風が頬を撫でては消えていく。多分もうすぐ雨が降るはずだ。もしその雨が、もう少し早く降っていたなら・・・・・・。弟たちは・・・・・・。

  弟たちは、人を殺さずに済んだかもしれない。私たちが使う簡素的な爆薬は少しでも湿気しけると意味をなさなくなる。

  できれば、今日は爆薬が爆薬である意味をなくしてほしかった。

  今日ムージャが殺したのは・・・・・・。大事な・・・・・・私の大事な人の・・・・・・両親なのだから。

「間違ってる、だとぉ?」

  ムージャは自分の右の拳を思いっきり握りしめて、力一杯振りかぶって私を殴る素ぶりを見せた。つい数時間前の痛みを思い出し、反射的に両の手で顔を守る。

「こんなのにビビっちゃって、姉貴、いつからそんなに弱くなったんだよ」

  ・・・・・・私は弱くなってなんかない。いつだって変わらない、私はあんたの姉ちゃんだ。でもそれを証明する術はもうなくなってしまった。

「姉貴だって、俺たちの理想に賛成してくれたじゃないか」
「もちろん労働者の国家を作りたいっていうあんたの理想は素晴らしいよ、だけど私は! その理想のために、あんたやアブリフ、それに罪のない人が死ぬのは嫌だ! 国を変えるんならもっと違ったやり方があるはずでしょ!」

  そこまで言い切るのを待ってたかのようにムージャは裏手で私をぶった。

「っ!」

  痛い。こんなに簡単に人に手をあげる子じゃなかったのに・・・・・・。ごめんね、姉ちゃんがしっかり育ててやれなくて。

「あの憎いやつらを皆殺しにできるんなら・・・・・・命なんて惜しくねえよ」

  瞳は私の方を向いているが私のことなんか見えてない。ムージャの瞳には怒りと、悲しみと、憎しみが満ちている。ごめんね、姉ちゃんがもっとしっかりしてれば、そんな感情を持たせることもなかったよね。

「それでも、それでも私は・・・・・・ムージャもアブリフも死んでほしくない! もう家族が死ぬのは嫌だ!」

  お前たちを・・・・・・父さんや母さんみたいに惨めに死なせたくはない! だって私は、あんた達の姉ちゃんなんだ。どんなになっても姉ちゃんが守ってやる。

「姉貴ぃ、姉貴みたいな腑抜けはいらねえよ」

  そう言ってムージャは家のドアを開ける。これだけ街が大騒ぎしている時にどこに行こうというのか。

「待って! どこに行くの?」
「・・・・・・店だよ、今頃みんな集まってるだろうし、アブリフも店にいるしな」

  そう言って軋むドアを乱暴に閉めてムージャは出て行った。

  ・・・・・・。

  何も出来ず、その場にしゃがみこむ。雨が屋根を叩く音が聞こえる。
  あぁ、この雨が、あと少し早ければ・・・・・・。

  心から通じ合った身分の違う人と、その人の両親を殺した弟たち、私はどちらの道を信じたらいいの?

  頬を冷たい水が伝う。今までの幸せも、喜びも、楽しさも、その冷たい水が全て流していってしまうみたいに、胸が痛い。

  私がもっとしっかりしてれば、弟たちは憎しみなんて悲しい感情を抱かずに済んだだろうか。
  私がもっと頼りになれば、弟たちはもっと笑ってくれただろうか。
  私がもっとお姉ちゃんらしくしてれば、弟たちは祝福してくれただろうか。

  私が・・・・・・私がもっと・・・・・・。

  もうあの人にどんな顔をして会えば良いのか分からない。

  だって私の弟たちが、あの人の大事な両親の命を奪ってしまった。
  私たちの両親がこの国に殺されたように、私たち農民があの人の両親を殺してしまった。

  私はどちらの味方をすればいいの?

  ・・・・・・。
  ・・・・・・・・・・・・。

  いや、悩んでても始まらない。もう一度ムージャと話し合おう。きっとこの国を変えるのに、もっと他の方法があるはず。こんなところで泣いてても何も変わらない。

  あの人には・・・・・・もう会えないかもしれないけど、それでもこの罪はしっかり償おう。


◇◇


  気付けば私の足は自然と酒場の方へと向かっていた。酒場の前で深呼吸をしてドアに手をかける。酒場の外でも分かる。ムージャとアブリフが貴族を殺したからって昼間っから大騒ぎしている。不快だ。人を殺して喜ぶなんて狂ってる。

  軽く力を入れただけでドアは開いた。当たり前だ、客が使うドアが重かったら商売になんてならない。

「しかしムージャ達も思い切ったなぁ! この街で騒ぎを起こすなんてよぉ!」
「従者たちもいれば巻き添えに出来たんだが、奴らお忍びで来てやがった。まあ、二人殺っただけでもヨシとしてくれよ!」

  ムージャは誇らしげに、酒場の仲間はよくやったと言わんばかりに大騒ぎ。アブリフがトルキスタンから帰って来た時と同じだ。しかしアブリフはいつも通り端っこでギターを弾いている。

  いつもより胸を張ってムージャの元へと歩みを進める。

「ムージャ!」

  私が弟の名前を叫んだその時だった。

「貴様ら手を上げろ!」

  背後で聞き慣れた愛しい人の怒声。そして聞き慣れた仲間の悲鳴。何事かと振り向くと、そこには目に涙を浮かべた『彼』 を先頭に、軍服を着た人間が何十人も、銃を構えながら私たちの酒場へなだれ込んでいた。

  私は憎しみのような、悲しみのようなよく分からない表情を浮かべた『彼』 と目が合った。銃口は・・・・・・こちらに向いている。

「クソっ! どうしてここがバレたんだよ!」

  仲間の一人が怒声を上げる。その声に怯むことなく、兵隊はジリジリと私たちを酒場の隅へと追い詰める。私はどうすることも出来ずに、両手を上に上げて少しずつ後ずさりする。その間『彼』 は一度として私から目線を逸らさなかった。

  ・・・・・・その目に、愛がないことだけが、私が分かる全てだった。

  そして、私たちの行き場がなくなったその時、ようやく『彼』 はその感情をたっぷり込めて私に語りかけてきた。

「今日、私の両親が駅に来ることを話していたのは・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

  ・・・・・・。

「グリーヂェ・・・・・・君だけだったんだ・・・・・・」



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