ただ君だけを

伊能こし餡

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生きていた

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  ーーーそして、あの忌々しい事件から二ヶ月が経とうとしていた。

  彼女たちの遺体は、私の強い意向で丁重にとむらわれた。貴族連中からは『我々を脅かした愚かな民衆』 と反対意見が多かったが、「彼らだって同じ大地に生きた人間たち、やり方が間違っていただけで必死に生きていたんだ」 と主張すると言い返す者はいなかった。それは私の言うことが正しかったからなのか、それともフォンブランド家の息子という名前がそうさせたのか、今となっては分からない。

  あの後、私の部隊は皇帝直々に表彰を受けた。数人の負傷者こそ出したものの、我が部隊の犠牲者はゼロ。そして、潜伏していたボリシェヴィキ二十数名のアジトの壊滅。そこだけ見ればロシア軍が左翼集団に対して圧倒的な力を見せつけたようなものだ。さぞかし皇帝も皇后もお喜びになっただろう。

  いや、皇帝や皇后のみではなく私の部隊も大半の人間が喜んだ。身近にある脅威を自分たちの手で排除したのだ、それも当然と言えば当然のことだろう。私と、私の直属の部下を除いて。

「ふぅ、こんなものか」

  身につけるものは必要最低限の装備だけ。護身用の拳銃と防弾の軍服。後は現地に行けば向こうの食料や水でなんとかなるだろう。こうして見ると、私は職場にあまり物を持ち込まなかったみたいだ。書類などを別の場所に移しただけで、いつも使っていた机の上はおろしたての新品のようにスッキリしてしまった。

  この机にもお世話になったなぁ。

「先輩!」

  机の上を愛でるように撫でていると部下がノックもせずにドアを勢いよく開いて入ってきた。まったく、無粋なやつめ。

「本当に、ペルシャ戦線に行っちゃうんですか?」

  あの直後、私は皇帝にペルシャ戦線行きを志願した。両親が亡くなり、愛する人を自らの手で殺し、私には生きる意味というのが分からなくなった。だから死ぬならせめて、天国でグリーヂェに顔見せできるよう、軍人らしく戦場で死のうと思った。

「もう決まったことだ。あぁ、そうそう。ドミトリー大公の後はお前を指揮官に推薦しておいた。上手くやれよ」

  なぜあの事件の直後に志願したのに、二ヶ月もここで待たされたかと言うと、私がいなくなった後、ここの指揮官を任せられるほどの人材がまだ育っていなかったのが原因にある。私は直属の部下を推薦したが、まだ経験が浅いという理由で却下された。

  そこで自ら立候補してくれたのが、かつてここで指揮を取ったことのあるドミトリー大公だった。更に大公は私の心を全て見透かすかのように、「私のもとで新たな指揮官が育てばまたツァールスコエ・セローの警護に戻る」 と皇帝に進言してくれた。いやはや、大公には頭が上がらない。

「でもペルシャ戦線なんて・・・・・・死にますよ?」
「私は簡単には死なんさ」

  部下の言わんとすることは分かる。ペルシャ戦線は、行けば最後、生きては帰れないと言われる死の戦線だからな。

「もう汽車の時間だ。生きていればまたどこかで会おう」
「あ・・・・・・そうですね。先輩のこと、なんだかんだで尊敬してましたよ」
「今更そんなこと言うか?」
「こういう時じゃないと言えませんし」
「まあ、それもそうだな。私も、お前が部下で良かったよ」
「今更言います?」
「こんな時じゃないと言えないからな」

  最後の最後まで、減らず口だったな。こいつも、私も。

「じゃあまたどこかで」

  そう言って固い握手を交わした。部下の目には涙が溜まっているようにも見えたが、私の視界がボヤけていたせいでよく見えなかった。
  部屋から出る時、部下が何か言いかけた。しかしあまり話しても別れが辛くなるだけだと、振り返らずにドアを閉めた。

  グリーヂェ・・・・・・今いくよ。
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