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第19話「公開監査(ホワイトローズの夜)」
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地下墓所での激闘を終えた私たちは、休む間もなく王宮の最上階を目指して駆け上がっていた。 石造りの螺旋階段はどこまでも続き、私たちの肺を容赦なく苛め抜く。 だが、足は止まらない。 止まるわけにはいかない。 頭上からは、依然としてどす黒い魔力の波動が降り注ぎ、王宮全体を――いいえ、王都全体を震わせているのだから。
「……リリア、魔石の数は」 前を走るレオンハルト様が、荒い息の下から確認を求めた。
「六つです。……ミランダ様、トーマス様、ガストン院長、カミュ団長が回収した騎士団の分、そして先ほど地下で破壊したギルバートの分。……全て、この鞄にあります」
私は背中の鞄を握りしめた。 中に入っているのは、砕け、光を失ったガラス片たち。 かつて人々の欲望を吸い上げ、狂わせた「種」の残骸だ。 これらはもう共鳴しない。 だが、セシリアが持つ「最後の欠片」――最も巨大なコアだけが、今も独り勝ちの状態で暴走を続けている。
「六対一か。……数では勝っているが、出力の桁が違う」 レオンハルト様が険しい顔で言う。
「セシリアは今、王都の地脈(レイライン)そのものを自身の魔力回路として使っている。いわば、国全体が彼女の武器だ。……生半可な攻撃では、彼女に届く前に霧散させられるぞ」
「わかっています。……だからこそ、『監査』なのです」
私は階段の踊り場で一瞬だけ足を止め、上を見上げた。
「力でねじ伏せるのではありません。……彼女が作り上げた『システム』の矛盾を突き、内部から崩壊させる。そのための準備はできています」
私の胸元には、『真理のプリズム』がある。 そして鞄の中には、回収した六つの魔石の残骸。 クレイグの理論が正しければ、これらを組み合わせることで、セシリアの強制リンクを逆流させる「回路」が作れるはずだ。
「……頼もしいな」 レオンハルト様が微かに口角を上げた。 「よし、行くぞ。……最後の扉を開けに」
◇
王宮最上階、『玉座の間』への大回廊。 そこは、異様な光景に包まれていた。 壁も床も天井も、無数の白い薔薇で埋め尽くされているのだ。 それは本物の花ではなく、魔力で具現化された氷のように冷たい造花だった。 どこまでも続く白の世界。 甘ったるい香りが鼻をつき、思考を鈍らせようとする。
「……趣味が悪い」 レオンハルト様が氷の剣で薔薇の蔦を切り払う。
その時、白い花弁の奥から、ゆらりと人影が現れた。 一人ではない。十人、二十人。 近衛騎士の精鋭たちだ。 だが、その目は焦点が合わず、顔には至福の笑みが張り付いている。 彼らの鎧の胸には、白い薔薇が寄生するように咲き誇っていた。
「ここを通すわけにはいかない……。聖女様の楽園を……守るのだ……」
うわごとのように呟きながら、騎士たちが剣を構える。 洗脳された「親衛隊」。 しかも、彼らの体からは、セシリアから供給されたと思われる異常な魔力が立ち上っている。 身体能力が限界まで強化されているのだ。
「……チッ。厄介な連中だ」 レオンハルト様が舌打ちをする。 「彼らを殺すわけにはいかない。だが、手加減して勝てる相手でもない」
「リリア様! レオンハルト殿!」
背後から、豪快な足音が響いた。 振り返ると、血と煤にまみれたカミュ団長が、大剣を担いで走ってくるのが見えた。 その後ろには、正気を取り戻したジェイクたち数名の騎士も続いている。
「カミュ! 無事だったか!」 「当たり前だ! 部下の尻拭いは上官の務めだからな!」
カミュ団長は私たちの前に躍り出ると、ニヤリと笑った。
「ここは俺たちに任せろ。……元部下どもの相手なら、俺が一番慣れてる」 「しかし、彼らは強化されているぞ!」 「関係ねえよ。……気合でねじ伏せるのが近衛流だ!」
カミュ団長が大剣を構え、洗脳された騎士たちに向かって吠えた。 「おい、お前ら! いつまで寝ぼけてやがる! 団長の特訓(シゴき)の時間だぞッ!!」
「ウオオオッ!!」 ジェイクたちも雄叫びを上げて突撃する。 激しい金属音が回廊に響き渡る。 カミュ団長が作り出した乱戦の隙間。 そこが、私たちに残された唯一の道だ。
「行けッ! リリア嬢! ……あのアマに、引導を渡してこい!」
カミュ団長の背中が、そう語っていた。
「……はい! 行きます!」 「感謝する、カミュ!」
私たちは戦場を駆け抜け、回廊の最奥にある巨大な扉の前へと辿り着いた。 王家の紋章が刻まれた、黄金の扉。 この向こうに、彼女がいる。
レオンハルト様と顔を見合わせる。 言葉はいらない。 彼は大きく頷き、両手で重厚な扉を押し開けた。
ギギギ……と軋む音と共に、視界が開ける。 そこに広がっていたのは、もはや「部屋」ではなかった。 宇宙のような、無限の夜空だった。
◇
玉座の間であるはずの空間は、天井も壁も消失し、満天の星空と巨大な満月が輝く異空間に変貌していた。 床には水面のような波紋が広がり、歩くたびに光の粒子が舞い上がる。 幻想的で、息を呑むほど美しい世界。 だが、それは全て、一人の狂気が作り出した幻影だ。
その中心。 本来あるべき玉座の代わりに、空中に浮かぶ巨大な白薔薇の蕾があった。 その蕾がゆっくりと開き、中から一人の女性が姿を現す。
セシリア・アルヴェイン。
彼女は、光そのものを織り込んだような純白のドレスを纏っていた。 頭上には、あの大粒の魔石――『王権の守護石』の核が、王冠のように浮遊し、強烈な青い光を放っている。 その光は、無数の糸となって空間全体に広がり、王都の方角へと伸びていた。
「……ようこそ、リリア。そしてレオンハルト様」
セシリアが微笑む。 その声は、耳ではなく脳に直接響くような、甘く陶酔的な響きを持っていた。
「遅かったわね。……でも、ちょうどよかったわ。今、最後の仕上げが終わったところなの」
彼女が手を振ると、空中に無数の「窓」が開いた。 そこに映し出されているのは、王都の人々の姿だ。 貴族も、平民も、老人も、子供も。 誰もが虚ろな目で天を見上げ、口元に幸せそうな笑みを浮かべている。
「見て。……みんな、笑っているでしょう?」
セシリアが恍惚とした表情で語りかける。
「もう、誰も飢えていない。誰も争っていない。誰も悲しんでいない。……わたくしが、みんなの『不快な感情』を取り除いてあげたから」
「……感情を取り除いた?」 私が問うと、彼女は頷いた。
「ええ。不安、嫉妬、怒り、恐怖。……それらは全て『ノイズ』よ。だから、誓約の力で消去したの。『この世界には幸福しかない』と定義し直して」
彼女は両手を広げ、世界を抱擁するような仕草をした。
「これが、わたくしの作った『ホワイトローズの夜』。……永遠に覚めない、幸福な夢の国よ。どう? 素敵でしょう?」
背筋が凍る。 彼女は、人々を救ったのではない。 心を殺したのだ。 苦しみを感じなくさせることで、問題を解決した気になっている。 それは麻酔漬けの患者と同じだ。 痛みはないかもしれないが、生きているとは言えない。
「……ふざけるな」
レオンハルト様が低く呻き、氷の剣を構えた。
「それが幸福だと? ただの人形遊びじゃないか! ……国民の心を返せ!」
彼は地面を蹴り、セシリアに向かって跳躍した。 氷の刃が閃く。 だが、セシリアは動じない。 彼女が指先を動かした瞬間、空間に浮かぶ「窓」の一つが、レオンハルト様の前に立ちはだかった。 そこに映っていたのは、幼い子供を抱いた母親の姿だ。
「……っ!?」
レオンハルト様が驚愕し、空中で無理やり剣を止める。 切っ先が、映像の中の母親の鼻先で止まる。
「あら、切らないの?」 セシリアがクスクスと笑う。
「この空間は、王都の人々の意識とリンクしているわ。……わたくしを攻撃するということは、彼らの精神を傷つけるということ。わたくしというホストがダメージを受ければ、接続されているクライアント――国民の精神も崩壊するわよ?」
「……人質か!」 レオンハルト様が着地し、歯噛みする。 卑劣だ。 彼女は自分自身を「国そのもの」と一体化させることで、絶対的な安全圏に身を置いている。 彼女を倒せば、国が滅ぶ。 手出しができない。
「さあ、リリア。……あなたもこちらへいらっしゃい」
セシリアの手が、私へと差し伸べられた。
「あなたはずっと、苦しんでいたでしょう? ……優秀なのに認められない。愛されたいのに愛されない。家族に裏切られ、孤独に震えていた」
彼女の言葉と共に、私の周りに幻影が現れる。 優しい笑顔の父。 私を抱きしめてくれる母。 そして、仲良く遊んでいた頃の、幼い日の姉。
『リリア、大好きよ』 『お前は自慢の娘だ』 『ずっと一緒よ』
甘い言葉が、温かい光となって私を包み込む。 心の奥底にある、一番柔らかい場所を撫でられるような感覚。 抵抗しなければ、このまま溶けてしまいそうな安らぎ。
「誓約しなさい、リリア。……『私は愛されている』と。そうすれば、この幻影は真実になる。過去の痛みも、裏切りの記憶も、全て消えてなくなるわ」
魔石の青い光が強まり、私の意識を侵食し始める。 『反転の誓約器』の最大出力。 「事実」を書き換える力。 もし私がここで頷けば、父の裏切りも、姉の悪行も、全て「なかったこと」になり、私は幸せな家族の一員として、この狂った世界で永遠に笑って暮らせるのだろう。
それは、どれほど楽だろうか。 戦わなくていい。 傷つかなくていい。 ただ、身を委ねればいい。
「……リリア!」 レオンハルト様の叫び声が、遠くから聞こえる。
私は揺れる視界の中で、彼を見た。 彼は必死に私に手を伸ばそうとしているが、セシリアの魔力障壁に阻まれている。 傷だらけの顔。 怒りと、焦燥と、そして深い愛情を宿した瞳。
彼の姿を見た瞬間、私の中の霧が晴れた。 幻影の父や母の笑顔が、急に色あせて見えた。 なぜなら、彼らの笑顔には「体温」がなかったからだ。 レオンハルト様の不器用な優しさ、カミュ団長の熱い激励、ミランダの流した涙、トーマスの震える声。 私がこの戦いの中で触れてきた、生々しく、泥臭く、痛みを伴う「真実」たち。 それらに比べれば、この美しい幻影は、なんて空虚なのだろう。
「……いらない」
私は呟いた。
「え?」 セシリアの笑顔が止まる。
「いらないわ、そんなもの!」
私は叫び、手を振り払った。 幻影たちがガラスのように砕け散る。
「痛みのない人生なんて、私の人生じゃない! 裏切られた悲しみも、戦った苦しみも、全て私が生きてきた証よ! ……それを『ノイズ』だなんて、勝手に決めつけないで!」
「……生意気な」 セシリアの表情が歪む。 聖女の仮面が剥がれ、ヒステリックな素顔が露わになる。
「せっかく救ってあげようとしたのに! どうしてわからないの!? 現実は残酷で汚いだけじゃない! そんなものにしがみついて、何になるのよ!」
「汚くても、そこには『意思』があるわ!」
私は一歩踏み出した。 懐から『真理のプリズム』を取り出す。 そして、鞄から六つの魔石の破片を取り出し、宙に放った。
「レオンハルト様! 私ごと撃ってください!」 「何だと!?」
「セシリアのリンクを逆流させるには、彼女の魔力を直接受け止め、それを触媒にしてプリズムを発動させる必要があります! ……私の体を通じて、彼女の『核』へ干渉します!」
自らを導体にする捨て身の作戦。 精神崩壊のリスクがある。 だが、これしかない。
「……信じています! 貴方なら、私を死なせないと!」
私の言葉に、レオンハルト様は一瞬だけ躊躇し、そして覚悟を決めたように剣を構えた。 「……無茶ばかり言う!」
「死になさい、リリアァァァッ!!」 セシリアが激昂し、頭上の魔石から極大の魔力ビームを放った。 青い奔流が私を飲み込もうとする。
その瞬間。 「全魔力解放! ……氷華鏡(ミラー・フロスト)ッ!!」
レオンハルト様が私の前に飛び出し、氷の鏡を展開した。 しかし、防御のためではない。 鏡は複雑な角度で乱反射し、セシリアの魔力を集束させ、私の胸元のプリズムへと一点集中させたのだ。
「うぐぅッ……!」
衝撃が走る。 焼けるような熱さ。 セシリアの膨大な魔力と、人々の歪んだ願望が、私の体の中を駆け巡る。 意識が飛びそうになる。 だが、私は歯を食いしばり、空中に浮かぶ六つの魔石の破片に意識を同調させた。
クレイグの理論。 魔石同士の共鳴。 そして、プリズムによる真理の照射。
「……これでおしまいよ、お姉様!!」
私は叫び、集まった全てのエネルギーを解放した。 「公開監査・執行(オーディット・エクスキュージョン)!!」
カッ!!!!
プリズムから放たれた光は、セシリアの攻撃を真っ向から押し返し、六つの魔石を経由して増幅され、七色の閃光となってセシリアの頭上の『核』へと突き刺さった。
「いやぁぁぁぁぁぁッ!?」
セシリアが絶叫する。 光が『核』に侵入し、その内部構造を解析、分解していく。 空中に浮かぶ「窓」にも光が走り、王都中の人々の目に映る「幸福な夢」を引き裂いていく。
『……目を覚まして』
私の声が、リンクを通じて全王都民の脳内に響く。
『そこにあるのは、作られた夢よ。……痛みも、悲しみも、全部思い出して。それが、あなたが生きているということなの!』
パリンッ……パリンッ……。
空中の窓が次々と割れていく。 人々の目から虚ろな光が消え、正気が戻っていく。 同時に、セシリアに供給されていた莫大な魔力が遮断される。
「あ……力が……抜ける……」
セシリアが膝をつく。 彼女のドレスから光が失われ、ただのボロボロの布切れに戻っていく。 頭上の魔石に亀裂が入る。
「どうして……どうしてよ……。わたくしは……完璧な世界を……」
彼女は涙を流しながら、私を見た。 その目は、もはや魔女の目でも、聖女の目でもなかった。 ただの、何も持たない、孤独な少女の目だった。
「……お姉様。貴女の中身は、空っぽだったのよ」
私は静かに告げた。
「貴女は他人を利用し、搾取し、自分を大きく見せることばかりに執着した。……だから、自分自身の中に何も残らなかった。それが貴女の敗因です」
「……リリア……」
セシリアが手を伸ばす。 その手が私に届く前に、頭上の魔石が限界を迎え、砕け散った。
パァァァァンッ!!
美しい音色と共に、青い粒子が雪のように降り注ぐ。 幻影の星空が消え、白い薔薇が枯れ落ち、玉座の間は元の無機質な石造りの部屋へと戻った。
セシリアは糸が切れた人形のように崩れ落ち、動かなくなった。 死んではいない。 ただ、全ての力を失い、深い眠りについただけだ。
静寂が戻る。 私はその場にへたり込んだ。 全身が痛い。でも、心は驚くほど軽かった。
「……リリア!」
レオンハルト様が駆け寄り、私を抱き起こした。 「……無事か?」 「はい……なんとか」
私は彼の腕の中で、窓の外を見た。 朝陽が昇ってくる。 本物の太陽だ。 その光は暖かく、王都を優しく照らし出していた。 街の方から、人々のざわめきが聞こえ始める。 それは混乱の声かもしれない。 でも、少なくとも、自分の意志で発する「生きた声」だ。
「……終わりましたね」 「ああ。……今度こそ、本当にな」
レオンハルト様が私の髪を撫でた。 その手つきは優しく、私は目を閉じた。 長い、長い夜が明けた。 ホワイトローズの夜は終わり、私たちの新しい朝が始まったのだ。
「……帰りましょう、レオンハルト様。……みんなが待っています」 「そうだな。……帰ろう」
彼は私を横抱きに抱え上げた。 「えっ、ちょっ……!」 「疲れているだろう。……英雄の凱旋だ。これくらいの特権は許される」
彼は悪戯っぽく笑い、扉へと歩き出した。 私は赤面しながら、彼の胸に顔を埋めた。 心臓の音が聞こえる。 それは、どんな魔石よりも力強く、私を安心させてくれる音だった。
「……リリア、魔石の数は」 前を走るレオンハルト様が、荒い息の下から確認を求めた。
「六つです。……ミランダ様、トーマス様、ガストン院長、カミュ団長が回収した騎士団の分、そして先ほど地下で破壊したギルバートの分。……全て、この鞄にあります」
私は背中の鞄を握りしめた。 中に入っているのは、砕け、光を失ったガラス片たち。 かつて人々の欲望を吸い上げ、狂わせた「種」の残骸だ。 これらはもう共鳴しない。 だが、セシリアが持つ「最後の欠片」――最も巨大なコアだけが、今も独り勝ちの状態で暴走を続けている。
「六対一か。……数では勝っているが、出力の桁が違う」 レオンハルト様が険しい顔で言う。
「セシリアは今、王都の地脈(レイライン)そのものを自身の魔力回路として使っている。いわば、国全体が彼女の武器だ。……生半可な攻撃では、彼女に届く前に霧散させられるぞ」
「わかっています。……だからこそ、『監査』なのです」
私は階段の踊り場で一瞬だけ足を止め、上を見上げた。
「力でねじ伏せるのではありません。……彼女が作り上げた『システム』の矛盾を突き、内部から崩壊させる。そのための準備はできています」
私の胸元には、『真理のプリズム』がある。 そして鞄の中には、回収した六つの魔石の残骸。 クレイグの理論が正しければ、これらを組み合わせることで、セシリアの強制リンクを逆流させる「回路」が作れるはずだ。
「……頼もしいな」 レオンハルト様が微かに口角を上げた。 「よし、行くぞ。……最後の扉を開けに」
◇
王宮最上階、『玉座の間』への大回廊。 そこは、異様な光景に包まれていた。 壁も床も天井も、無数の白い薔薇で埋め尽くされているのだ。 それは本物の花ではなく、魔力で具現化された氷のように冷たい造花だった。 どこまでも続く白の世界。 甘ったるい香りが鼻をつき、思考を鈍らせようとする。
「……趣味が悪い」 レオンハルト様が氷の剣で薔薇の蔦を切り払う。
その時、白い花弁の奥から、ゆらりと人影が現れた。 一人ではない。十人、二十人。 近衛騎士の精鋭たちだ。 だが、その目は焦点が合わず、顔には至福の笑みが張り付いている。 彼らの鎧の胸には、白い薔薇が寄生するように咲き誇っていた。
「ここを通すわけにはいかない……。聖女様の楽園を……守るのだ……」
うわごとのように呟きながら、騎士たちが剣を構える。 洗脳された「親衛隊」。 しかも、彼らの体からは、セシリアから供給されたと思われる異常な魔力が立ち上っている。 身体能力が限界まで強化されているのだ。
「……チッ。厄介な連中だ」 レオンハルト様が舌打ちをする。 「彼らを殺すわけにはいかない。だが、手加減して勝てる相手でもない」
「リリア様! レオンハルト殿!」
背後から、豪快な足音が響いた。 振り返ると、血と煤にまみれたカミュ団長が、大剣を担いで走ってくるのが見えた。 その後ろには、正気を取り戻したジェイクたち数名の騎士も続いている。
「カミュ! 無事だったか!」 「当たり前だ! 部下の尻拭いは上官の務めだからな!」
カミュ団長は私たちの前に躍り出ると、ニヤリと笑った。
「ここは俺たちに任せろ。……元部下どもの相手なら、俺が一番慣れてる」 「しかし、彼らは強化されているぞ!」 「関係ねえよ。……気合でねじ伏せるのが近衛流だ!」
カミュ団長が大剣を構え、洗脳された騎士たちに向かって吠えた。 「おい、お前ら! いつまで寝ぼけてやがる! 団長の特訓(シゴき)の時間だぞッ!!」
「ウオオオッ!!」 ジェイクたちも雄叫びを上げて突撃する。 激しい金属音が回廊に響き渡る。 カミュ団長が作り出した乱戦の隙間。 そこが、私たちに残された唯一の道だ。
「行けッ! リリア嬢! ……あのアマに、引導を渡してこい!」
カミュ団長の背中が、そう語っていた。
「……はい! 行きます!」 「感謝する、カミュ!」
私たちは戦場を駆け抜け、回廊の最奥にある巨大な扉の前へと辿り着いた。 王家の紋章が刻まれた、黄金の扉。 この向こうに、彼女がいる。
レオンハルト様と顔を見合わせる。 言葉はいらない。 彼は大きく頷き、両手で重厚な扉を押し開けた。
ギギギ……と軋む音と共に、視界が開ける。 そこに広がっていたのは、もはや「部屋」ではなかった。 宇宙のような、無限の夜空だった。
◇
玉座の間であるはずの空間は、天井も壁も消失し、満天の星空と巨大な満月が輝く異空間に変貌していた。 床には水面のような波紋が広がり、歩くたびに光の粒子が舞い上がる。 幻想的で、息を呑むほど美しい世界。 だが、それは全て、一人の狂気が作り出した幻影だ。
その中心。 本来あるべき玉座の代わりに、空中に浮かぶ巨大な白薔薇の蕾があった。 その蕾がゆっくりと開き、中から一人の女性が姿を現す。
セシリア・アルヴェイン。
彼女は、光そのものを織り込んだような純白のドレスを纏っていた。 頭上には、あの大粒の魔石――『王権の守護石』の核が、王冠のように浮遊し、強烈な青い光を放っている。 その光は、無数の糸となって空間全体に広がり、王都の方角へと伸びていた。
「……ようこそ、リリア。そしてレオンハルト様」
セシリアが微笑む。 その声は、耳ではなく脳に直接響くような、甘く陶酔的な響きを持っていた。
「遅かったわね。……でも、ちょうどよかったわ。今、最後の仕上げが終わったところなの」
彼女が手を振ると、空中に無数の「窓」が開いた。 そこに映し出されているのは、王都の人々の姿だ。 貴族も、平民も、老人も、子供も。 誰もが虚ろな目で天を見上げ、口元に幸せそうな笑みを浮かべている。
「見て。……みんな、笑っているでしょう?」
セシリアが恍惚とした表情で語りかける。
「もう、誰も飢えていない。誰も争っていない。誰も悲しんでいない。……わたくしが、みんなの『不快な感情』を取り除いてあげたから」
「……感情を取り除いた?」 私が問うと、彼女は頷いた。
「ええ。不安、嫉妬、怒り、恐怖。……それらは全て『ノイズ』よ。だから、誓約の力で消去したの。『この世界には幸福しかない』と定義し直して」
彼女は両手を広げ、世界を抱擁するような仕草をした。
「これが、わたくしの作った『ホワイトローズの夜』。……永遠に覚めない、幸福な夢の国よ。どう? 素敵でしょう?」
背筋が凍る。 彼女は、人々を救ったのではない。 心を殺したのだ。 苦しみを感じなくさせることで、問題を解決した気になっている。 それは麻酔漬けの患者と同じだ。 痛みはないかもしれないが、生きているとは言えない。
「……ふざけるな」
レオンハルト様が低く呻き、氷の剣を構えた。
「それが幸福だと? ただの人形遊びじゃないか! ……国民の心を返せ!」
彼は地面を蹴り、セシリアに向かって跳躍した。 氷の刃が閃く。 だが、セシリアは動じない。 彼女が指先を動かした瞬間、空間に浮かぶ「窓」の一つが、レオンハルト様の前に立ちはだかった。 そこに映っていたのは、幼い子供を抱いた母親の姿だ。
「……っ!?」
レオンハルト様が驚愕し、空中で無理やり剣を止める。 切っ先が、映像の中の母親の鼻先で止まる。
「あら、切らないの?」 セシリアがクスクスと笑う。
「この空間は、王都の人々の意識とリンクしているわ。……わたくしを攻撃するということは、彼らの精神を傷つけるということ。わたくしというホストがダメージを受ければ、接続されているクライアント――国民の精神も崩壊するわよ?」
「……人質か!」 レオンハルト様が着地し、歯噛みする。 卑劣だ。 彼女は自分自身を「国そのもの」と一体化させることで、絶対的な安全圏に身を置いている。 彼女を倒せば、国が滅ぶ。 手出しができない。
「さあ、リリア。……あなたもこちらへいらっしゃい」
セシリアの手が、私へと差し伸べられた。
「あなたはずっと、苦しんでいたでしょう? ……優秀なのに認められない。愛されたいのに愛されない。家族に裏切られ、孤独に震えていた」
彼女の言葉と共に、私の周りに幻影が現れる。 優しい笑顔の父。 私を抱きしめてくれる母。 そして、仲良く遊んでいた頃の、幼い日の姉。
『リリア、大好きよ』 『お前は自慢の娘だ』 『ずっと一緒よ』
甘い言葉が、温かい光となって私を包み込む。 心の奥底にある、一番柔らかい場所を撫でられるような感覚。 抵抗しなければ、このまま溶けてしまいそうな安らぎ。
「誓約しなさい、リリア。……『私は愛されている』と。そうすれば、この幻影は真実になる。過去の痛みも、裏切りの記憶も、全て消えてなくなるわ」
魔石の青い光が強まり、私の意識を侵食し始める。 『反転の誓約器』の最大出力。 「事実」を書き換える力。 もし私がここで頷けば、父の裏切りも、姉の悪行も、全て「なかったこと」になり、私は幸せな家族の一員として、この狂った世界で永遠に笑って暮らせるのだろう。
それは、どれほど楽だろうか。 戦わなくていい。 傷つかなくていい。 ただ、身を委ねればいい。
「……リリア!」 レオンハルト様の叫び声が、遠くから聞こえる。
私は揺れる視界の中で、彼を見た。 彼は必死に私に手を伸ばそうとしているが、セシリアの魔力障壁に阻まれている。 傷だらけの顔。 怒りと、焦燥と、そして深い愛情を宿した瞳。
彼の姿を見た瞬間、私の中の霧が晴れた。 幻影の父や母の笑顔が、急に色あせて見えた。 なぜなら、彼らの笑顔には「体温」がなかったからだ。 レオンハルト様の不器用な優しさ、カミュ団長の熱い激励、ミランダの流した涙、トーマスの震える声。 私がこの戦いの中で触れてきた、生々しく、泥臭く、痛みを伴う「真実」たち。 それらに比べれば、この美しい幻影は、なんて空虚なのだろう。
「……いらない」
私は呟いた。
「え?」 セシリアの笑顔が止まる。
「いらないわ、そんなもの!」
私は叫び、手を振り払った。 幻影たちがガラスのように砕け散る。
「痛みのない人生なんて、私の人生じゃない! 裏切られた悲しみも、戦った苦しみも、全て私が生きてきた証よ! ……それを『ノイズ』だなんて、勝手に決めつけないで!」
「……生意気な」 セシリアの表情が歪む。 聖女の仮面が剥がれ、ヒステリックな素顔が露わになる。
「せっかく救ってあげようとしたのに! どうしてわからないの!? 現実は残酷で汚いだけじゃない! そんなものにしがみついて、何になるのよ!」
「汚くても、そこには『意思』があるわ!」
私は一歩踏み出した。 懐から『真理のプリズム』を取り出す。 そして、鞄から六つの魔石の破片を取り出し、宙に放った。
「レオンハルト様! 私ごと撃ってください!」 「何だと!?」
「セシリアのリンクを逆流させるには、彼女の魔力を直接受け止め、それを触媒にしてプリズムを発動させる必要があります! ……私の体を通じて、彼女の『核』へ干渉します!」
自らを導体にする捨て身の作戦。 精神崩壊のリスクがある。 だが、これしかない。
「……信じています! 貴方なら、私を死なせないと!」
私の言葉に、レオンハルト様は一瞬だけ躊躇し、そして覚悟を決めたように剣を構えた。 「……無茶ばかり言う!」
「死になさい、リリアァァァッ!!」 セシリアが激昂し、頭上の魔石から極大の魔力ビームを放った。 青い奔流が私を飲み込もうとする。
その瞬間。 「全魔力解放! ……氷華鏡(ミラー・フロスト)ッ!!」
レオンハルト様が私の前に飛び出し、氷の鏡を展開した。 しかし、防御のためではない。 鏡は複雑な角度で乱反射し、セシリアの魔力を集束させ、私の胸元のプリズムへと一点集中させたのだ。
「うぐぅッ……!」
衝撃が走る。 焼けるような熱さ。 セシリアの膨大な魔力と、人々の歪んだ願望が、私の体の中を駆け巡る。 意識が飛びそうになる。 だが、私は歯を食いしばり、空中に浮かぶ六つの魔石の破片に意識を同調させた。
クレイグの理論。 魔石同士の共鳴。 そして、プリズムによる真理の照射。
「……これでおしまいよ、お姉様!!」
私は叫び、集まった全てのエネルギーを解放した。 「公開監査・執行(オーディット・エクスキュージョン)!!」
カッ!!!!
プリズムから放たれた光は、セシリアの攻撃を真っ向から押し返し、六つの魔石を経由して増幅され、七色の閃光となってセシリアの頭上の『核』へと突き刺さった。
「いやぁぁぁぁぁぁッ!?」
セシリアが絶叫する。 光が『核』に侵入し、その内部構造を解析、分解していく。 空中に浮かぶ「窓」にも光が走り、王都中の人々の目に映る「幸福な夢」を引き裂いていく。
『……目を覚まして』
私の声が、リンクを通じて全王都民の脳内に響く。
『そこにあるのは、作られた夢よ。……痛みも、悲しみも、全部思い出して。それが、あなたが生きているということなの!』
パリンッ……パリンッ……。
空中の窓が次々と割れていく。 人々の目から虚ろな光が消え、正気が戻っていく。 同時に、セシリアに供給されていた莫大な魔力が遮断される。
「あ……力が……抜ける……」
セシリアが膝をつく。 彼女のドレスから光が失われ、ただのボロボロの布切れに戻っていく。 頭上の魔石に亀裂が入る。
「どうして……どうしてよ……。わたくしは……完璧な世界を……」
彼女は涙を流しながら、私を見た。 その目は、もはや魔女の目でも、聖女の目でもなかった。 ただの、何も持たない、孤独な少女の目だった。
「……お姉様。貴女の中身は、空っぽだったのよ」
私は静かに告げた。
「貴女は他人を利用し、搾取し、自分を大きく見せることばかりに執着した。……だから、自分自身の中に何も残らなかった。それが貴女の敗因です」
「……リリア……」
セシリアが手を伸ばす。 その手が私に届く前に、頭上の魔石が限界を迎え、砕け散った。
パァァァァンッ!!
美しい音色と共に、青い粒子が雪のように降り注ぐ。 幻影の星空が消え、白い薔薇が枯れ落ち、玉座の間は元の無機質な石造りの部屋へと戻った。
セシリアは糸が切れた人形のように崩れ落ち、動かなくなった。 死んではいない。 ただ、全ての力を失い、深い眠りについただけだ。
静寂が戻る。 私はその場にへたり込んだ。 全身が痛い。でも、心は驚くほど軽かった。
「……リリア!」
レオンハルト様が駆け寄り、私を抱き起こした。 「……無事か?」 「はい……なんとか」
私は彼の腕の中で、窓の外を見た。 朝陽が昇ってくる。 本物の太陽だ。 その光は暖かく、王都を優しく照らし出していた。 街の方から、人々のざわめきが聞こえ始める。 それは混乱の声かもしれない。 でも、少なくとも、自分の意志で発する「生きた声」だ。
「……終わりましたね」 「ああ。……今度こそ、本当にな」
レオンハルト様が私の髪を撫でた。 その手つきは優しく、私は目を閉じた。 長い、長い夜が明けた。 ホワイトローズの夜は終わり、私たちの新しい朝が始まったのだ。
「……帰りましょう、レオンハルト様。……みんなが待っています」 「そうだな。……帰ろう」
彼は私を横抱きに抱え上げた。 「えっ、ちょっ……!」 「疲れているだろう。……英雄の凱旋だ。これくらいの特権は許される」
彼は悪戯っぽく笑い、扉へと歩き出した。 私は赤面しながら、彼の胸に顔を埋めた。 心臓の音が聞こえる。 それは、どんな魔石よりも力強く、私を安心させてくれる音だった。
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