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天才とは何かと何かの紙一重
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しおりを挟む部屋の中は一方の壁が一面棚になっている。某ジブリで見た蜘蛛のおじさんが薬草を出し入れするものにそっくりだから、たぶん同じように薬草が入っているんだろう。
それにしてもすごい量だ。そんでもってこれ、巳鶴さんはどこに何があるかちゃんと把握しているんだろうなぁ。
理系男子、憧れますねぇ。
丸い座布団の上に下ろされ、大人しくしておく私。借りてきた猫のようだとはこのことだと思う。
日頃の私の行いの奔放っぷりを棚の上に置くつもりはないですよ?
ちゃんと理解はしています。反省をいかせていないだけ。
これでも、最近はバレないようにこっそりとやるっていう技を覚えたからね!
んん? そうなると、反省はいかせてるのか。ご飯やおやつのつまみ食い以外はなかなかの頻度で成功してるし。
この間やりそびれた水たまりの中の足ポチャも、後日別の人とお散歩行った時にやりまくり、帰る時にちゃあんと川の水で洗って泥を落としてから帰還したし。
「ちょうどいいお茶請けを頂いたんです。一緒に食べましょう」
「おちゃうけ?」
「お菓子です」
「たべましゅ!」
間髪いれずに頷いた私に、巳鶴さんはクスリと微笑む。そして、傍にあった急須や湯呑みでお茶の準備をし始めた。
その間、私は正座で待機。
“お菓子をくれる人には最大限の敬意を払うべし”(アノ人と不審者は除く)
今決めた私の流儀だ。特に( )の中はすっごく大事。
巳鶴さんが部屋の隅にある戸棚から出してきたのは、貝殻の形をしたマドレーヌだった。色からして味は四種類。チョコと抹茶と苺、あとはプレーン。
「さぁ、どうぞ」
「いただきましゅ」
あ、手洗ってないや。さっきまで土いじりしてたしなぁ。
「みつるしゃん、てをあらいたいでしゅ」
「あぁ、水道はこちらです」
巳鶴さんの後ろについて行き、水で手を洗う。
例に漏れず、ここの水道の蛇口も高くて、後ろから抱えてもらったことは言うまでもない。
先程の部屋に戻り、さぁ、気を取り直しまして。
「いっただっきまーしゅ」
ハクッ
「……」
「どうです? 美味しいですか?」
「おいしぃー」
まずは定番のプレーンから。周りはしっとり中はふわふわ。たまらないですな!
……か、薫くん、浮気じゃないからね!?
薫くんの作るお菓子もとっても美味しいけれど、たまには他の人が作ったお菓子もいいと思うの。
なんて、本人が知らないところで浮気がバレた時のやっちゃった人みたいな言い訳が頭をよぎった。
……あれ、そういえば、私、なんでここに来たんだっけ? 草むしりしてて、大変だって話になって、海斗さんから……あっ!
机をバンッと手の平で叩いて立ち上がった。
「かいと!」
「やっと思い出したか、この食いしん坊オバケめ」
私が叫ぶと同時に、部屋の窓から海斗さんが顔を出した。戻るのが遅かったから、様子を見にきてくれたんだ。
「美味そうなもん食ってるなー、おい」
「えへへー。……ごめんしゃい」
窓に近寄り、ぺこりとお辞儀。
海斗さんが手を伸ばしてきて、髪をガシガシとかき混ぜられた。
「私が引き留めたんですよ。さ、残りも食べてしまいなさい」
「えっ」
「こーら。また綾芽に怒られるぞ? 巳鶴さん、こいつ、オヤツの与えられすぎで晩飯入らなくなるんだよ」
「これくらい大丈夫でしょう?」
「いーや。過信はダメだ」
……うわあぁぁぁ! 持ってけーい!
残ったマドレーヌを引っ掴むと、海斗さんの口へ放り込んだ。モグモグと咀嚼され、海斗さんの胃袋へ消えていく。
あぁ、無情。
先にプレーンじゃなくて、イチゴとか抹茶とか食べておけば良かった。
「菓子ばっかり食ってると大きくなれねぇぞ?」
「なっ! おおきくなるもん! ボン、キュッ、ボンになるよ!」
「ほぉー」
海斗さんめ、なんて生温かすぎる目だ。
絶対に信じてないな、こんちくしょう!
……まぁ、元の姿でもそんな夢のような体型とは程遠かったけどね!
ここでピクリと口の端を揺らした人がいた。巳鶴さんだ。
「誰です? そんな言葉をあなたに教えたのは」
「ん」
女の子の夢を壊すいけない大人にはお仕置きが必要だよね! そんな海斗さんには私から指名をくれてやるよ!
人を指さしちゃいけない?
ソレハシラナカッタ。
「なっ! 嘘つくんじゃねーよ!」
まるっきり嘘でもないんだなー、これが。
他の人と、(自主規制音)な本読んで話してる時に聞いちゃったんだから。
「海斗さん? ちょっと中に入ってきてください。膝詰めして話すことがありそうです」
「ちょっ、誤解だって! あっ、ほら、俺ら当番の仕事中だしよ。早いとこ終わらせねぇと、夏生さんから怒られちまうんだって」
「夏生さんには私から言っておきます。何の当番ですか?」
「そりゃぁーあれだよ……ヒミツ」
聞かれていることをはぐらかそうだなんて、まったく、悪い子ねぇ。
仕方ないからオネーサンがお応えしちゃう。
「やくそうえんのくさむしりでしゅ」
「んなっ! チビ! おまえ、今言ってはならんことを!」
慌てた海斗さんが私の口を塞ごうと手を伸ばしてきたけど、もう遅いわ。一度口から出た言葉は戻りませんよ。
「つい先日もやっていただきましたから、一日延期したところで何の不都合もないですし。全然構いませんよ。……というわけで、さぁ、いらっしゃい」
口元に笑みは浮かべているけど、目はマジなやつな巳鶴さん。
「……はい」
海斗さんは目を瞑り、天を仰ぎつつ、そう答えた。
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