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(14)その女性は誰ですか?
信武さんと一緒にいる女性
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(信武さんと一緒なら入れちゃうかな?)
小ぢんまりとした店内にはカウンターに五席、二人掛けのテーブル席が三つと、如何にも常連さんに支えられていますという雰囲気で。初めて入るお店としてはちょっぴり敷居が高いな?と思ってしまった日和美だ。
始終色んな人が出入りしているような、ムーンバックスコーヒーや、サリーズカフェ、ヨネダコーヒーみたいな大きめのチェーン店ならまだしも、マスターと奥さんが二人で経営しているようなこの喫茶店は、日和美にとって扉を開けること自体難易度が高い。
扉上に取り付けられたカウベルみたいないぶし銀のドアベルを響かせることが出来るのは、もう少し先かな?と思う。
窓ガラスの色味のせいだろうか。
外から見るとセピア色に見える店内は満席だった。
日和美は入ったことがないから分からないけれど、案外ランチセットなどがあるのかもしれない。
「――あ、れ?」
ふと窓近くの二人掛けのテーブル席につく男女を見た日和美は、思わず声に出してつぶやいていた。
左手に男性、右手に女性。
窓に横顔を向けて親し気に話している二人ともに日和美は既視感があった。
「信武さんと……えっと……」
見たことがあるはずなのに何故だか頭に靄がかかったみたいで、今一歩のところで真相に手が届かないもどかしさが募る。
そのまま窓辺に張り付いて彼らを見ているのはいけないことだと思って。
一歩、二歩と後ずさった日和美だけれど、一番逸らしたいはずの目線だけがなかなか二人から離れてくれない。
眉根を寄せて喫茶店から距離をとる日和美の視線の先。
腰まで届きそうな長い黒髪をポニーテールに束ねた、薄桃色のワンピース姿の女性が、信武の手をぎゅっと握る。
そのまま信武の目をじっと見つめて、二言三言何かを告げた後、信武の頭を親し気にふわふわと撫でた。
信武の柔らかな金髪が彼女の手の動きに合わせて形を変えるさまに、日和美は息を呑む。
信武に撫でられたことはあっても、日和美から彼にそんなことはしたことがなかったと気が付いた途端、何故だか分からないけれど指先にギュッと力がこもった。
信武だったらきっと……。 意に沿わないことをされたなら、相手の手を振り払うだろうなと分かるのに、そんなこともしないでおとなしく撫でられているから。
(……嫌じゃないんだろうな)
そのさまを見せつけられるのがしんどくてたまらないのに、目が釘付けになったみたいに離せないまま、日和美は喉の奥に何かがつかえたみたいな息苦しさを感じて身動きが取れなくなった。
心臓が押しつぶされそうな痛みにビニール袋を持っていない方の手で思わず胸を押さえて。
ここが外じゃなかったら、痛みの元凶の胸元を外側から搔きむしって、この痛さはそのせいだと錯覚してしまいたい、と思ってしまった。
プレゼントだろうか。
ひとしきり信武の頭を撫で回した女性が、すぐそばに置いていた小さな紙袋を彼に手渡して。
信武は中をチラリと覗き込むと、すごく嬉しそうに微笑んだ。
日和美はそんな二人のやり取りに、とうとうくるりと踵を返すと、それでも歩き出せないままにその場へ立ち尽くしてしまう。
「信武さんの、バカ……」
無意識に口をついて出た言葉に、自分自身驚いた日和美だ。
そんな日和美の頬を、一際強い風がざぁっと撫でて――。
それと同時、まるで水に濡れたところに風を当てた時みたいな冷たさを感じた日和美は、思わず頬に手を触れた。
(え、うそ……、なん、で?)
指先が濡れたことで初めて。
自分がほろほろと止めどなく涙を流しているのだと気が付いた日和美は、ますます困惑してしまう。
(――こんな苦しい気持ち、私、知らない……!)
日和美は手にしていたビニール袋をその場へドサリと落とすと、泣きながら駆け出していた。
――信武さん。貴方がそんな風に無防備になれる。その女性は誰ですか?
小ぢんまりとした店内にはカウンターに五席、二人掛けのテーブル席が三つと、如何にも常連さんに支えられていますという雰囲気で。初めて入るお店としてはちょっぴり敷居が高いな?と思ってしまった日和美だ。
始終色んな人が出入りしているような、ムーンバックスコーヒーや、サリーズカフェ、ヨネダコーヒーみたいな大きめのチェーン店ならまだしも、マスターと奥さんが二人で経営しているようなこの喫茶店は、日和美にとって扉を開けること自体難易度が高い。
扉上に取り付けられたカウベルみたいないぶし銀のドアベルを響かせることが出来るのは、もう少し先かな?と思う。
窓ガラスの色味のせいだろうか。
外から見るとセピア色に見える店内は満席だった。
日和美は入ったことがないから分からないけれど、案外ランチセットなどがあるのかもしれない。
「――あ、れ?」
ふと窓近くの二人掛けのテーブル席につく男女を見た日和美は、思わず声に出してつぶやいていた。
左手に男性、右手に女性。
窓に横顔を向けて親し気に話している二人ともに日和美は既視感があった。
「信武さんと……えっと……」
見たことがあるはずなのに何故だか頭に靄がかかったみたいで、今一歩のところで真相に手が届かないもどかしさが募る。
そのまま窓辺に張り付いて彼らを見ているのはいけないことだと思って。
一歩、二歩と後ずさった日和美だけれど、一番逸らしたいはずの目線だけがなかなか二人から離れてくれない。
眉根を寄せて喫茶店から距離をとる日和美の視線の先。
腰まで届きそうな長い黒髪をポニーテールに束ねた、薄桃色のワンピース姿の女性が、信武の手をぎゅっと握る。
そのまま信武の目をじっと見つめて、二言三言何かを告げた後、信武の頭を親し気にふわふわと撫でた。
信武の柔らかな金髪が彼女の手の動きに合わせて形を変えるさまに、日和美は息を呑む。
信武に撫でられたことはあっても、日和美から彼にそんなことはしたことがなかったと気が付いた途端、何故だか分からないけれど指先にギュッと力がこもった。
信武だったらきっと……。 意に沿わないことをされたなら、相手の手を振り払うだろうなと分かるのに、そんなこともしないでおとなしく撫でられているから。
(……嫌じゃないんだろうな)
そのさまを見せつけられるのがしんどくてたまらないのに、目が釘付けになったみたいに離せないまま、日和美は喉の奥に何かがつかえたみたいな息苦しさを感じて身動きが取れなくなった。
心臓が押しつぶされそうな痛みにビニール袋を持っていない方の手で思わず胸を押さえて。
ここが外じゃなかったら、痛みの元凶の胸元を外側から搔きむしって、この痛さはそのせいだと錯覚してしまいたい、と思ってしまった。
プレゼントだろうか。
ひとしきり信武の頭を撫で回した女性が、すぐそばに置いていた小さな紙袋を彼に手渡して。
信武は中をチラリと覗き込むと、すごく嬉しそうに微笑んだ。
日和美はそんな二人のやり取りに、とうとうくるりと踵を返すと、それでも歩き出せないままにその場へ立ち尽くしてしまう。
「信武さんの、バカ……」
無意識に口をついて出た言葉に、自分自身驚いた日和美だ。
そんな日和美の頬を、一際強い風がざぁっと撫でて――。
それと同時、まるで水に濡れたところに風を当てた時みたいな冷たさを感じた日和美は、思わず頬に手を触れた。
(え、うそ……、なん、で?)
指先が濡れたことで初めて。
自分がほろほろと止めどなく涙を流しているのだと気が付いた日和美は、ますます困惑してしまう。
(――こんな苦しい気持ち、私、知らない……!)
日和美は手にしていたビニール袋をその場へドサリと落とすと、泣きながら駆け出していた。
――信武さん。貴方がそんな風に無防備になれる。その女性は誰ですか?
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