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第4話 異類婚姻譚 ②
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①
「好事家に売られる?」
「はい。獣に人権はないらしく、実際、私には戸籍もありません。行く当てのない獣は好事家に売られて飼い殺しにされるか、保険所送りだそうです」
ゆかりがヨヨヨと泣くふりを大げさにする。
「そんなことが!?」
「好事家の方も、良い人に当たればまだしも、嬲って楽しむ方もいるようで、そうなると、人間との子供ができにくいこと、身体が丈夫なのをいいことに、壊れるまで遊ばれて、そして捨てられるそうです……」
「漫画みたいな話になってきた……」
「私が最低限の教育を施されたあと、翁に行く当てがあるかと聞かれたときに、思い浮かんだのは旦那様の顔でした」
「どうやって、俺のことを調べたんだ。その翁っていうのは何者なんだ?」
「チバロの翁と呼ばれておりました。年齢はわかりませんが、見た目は70代くらいの恰幅の良い男性です」
「チバロ? うーん。なんかで聞いたことあるような」
大地はリビングに投げ出されていたスマホを拾うと、検索をしてみた。
「公安じゃねーか!!!」
検索結果に一通り目を通すと、思わず叫ぶにはいられなかった。
突然の大地の大声に、ゆかりがびくっと身体を一瞬震わせる。
「そうですね」
「公安が管理している!? 俺、それ知ってしまっていいんだろうか?」
「私と夫婦になるのですから、いいんじゃないでしょうか?」
「え!?」
「え?」
さも当たり前のようにゆかりは言うと、驚く大地を見て、何を驚いているんだ? といった様子でキョトンとして目を丸くしていた。そして、一呼吸の間をおいて、今度は目にうっすらと涙を浮かべて、口をわなわなと震わせる。
「もしかして、私のこと捨てるんですか?」
「捨てる!? いや、そういうわけじゃ」
「私の初めてを捧げたのに……酷い……」
ゆかりがいよいよ涙をぽろぽろとこぼす。
その透き通るような茶色い瞳から、流れる涙は、日の光に照らされてキラキラと輝き、まるでダイヤモンドのようだった。
「その節は、本当に申し訳ございませんでした」
大地は、頭をテーブルにこすりつけながら謝罪する。
しかし、いきなり昨日会って、ろくに話もしたことがない女の子と結婚するという決断をするのは常人には不可能だ。
「あ、あの。ゆかりさん」
「はい?」
「俺、もう30過ぎてるんですけど」
「はい」
「ゆかりさんは、大人の身体といっても若いようだけど……嫌じゃないの?」
「今の私には、旦那様しかおりませんから」
ゆかりは、手で涙をぬぐうと、とても寂しそうに微笑みを浮かべて、か細く囁いた。
その様子を見て、大地の胸がキュンとしめつけられる。
自分にはもったいないくらい可愛い女の子が、頼れるあてが自分だけと、そして自分が好きだと慕ってくれる。
この手を簡単に振りほどける男がいるだろうか?
「えっと、ゆかりさん」
「さんはいりません。ゆかりとお呼びください」
「ゆかり。本当に俺でいいのか?」
そう言って、大地はゆかりの手を握った。
ゆかりは、大地の手を愛おしそうに両手で握り返すと、そのまま自分の頬まで運んで温もりを味わった。
そして、切なそうな表情で言った。
「はい。旦那様の優しい匂いが好きです。この温もりも」
「そうか……」
猫との結婚。
しかし、戸籍もないというのなら、法的な結婚はできない。
三年以上共同生活をしていれば、事実婚としてみられたと思ったが……。
戸籍の無い猫にも適用されるのだろうか。
「ゆかりの言う結婚はどういったものなんだ? 戸籍がない以上法的な結婚はできないわけだけど」
「そうですね。正式な夫婦として認められないのは少し寂しい気もしますが、旦那様と生活を共にして人生を一緒に歩んでいけるのなら、それでよろしゅうございます。あ、子供は二人欲しいです。」
ゆかりが指でVサインを作って、ニンマリと微笑みながらつきつける。
大地はふぅと大きなため息を一つついた。
大きな決断をしようと色々な葛藤と戦っていることが窺い知れた。
その様子を見て、ゆかりは慌てて付け足す。
「あ、あの! 私、花嫁修業は終わってます! 料理もできます! 家事はお任せください! それと……」
ゆかりの顔がかぁっと赤くなる。
「酔っていたとはいえ、手を出した責任はあると思うし、君のような可愛い女の子が無残な最期を遂げるのはどうにかしたいと思っている。だけど、出会って1日で結婚、この場合法的ではなにしろ、人生の伴侶とする覚悟は決まらないものだ」
大地はなんだか、最低なことを言ってのけているような後ろめたい気持ちに、話しながら冷や汗のようなものが湧いてくる。覚悟が決まらないということを言ったところで、次に何を言えばいいのかわからなくなり、黙ってゆかりを見つめた。ゆかりは、目を閉じて何かを思案する様子を見せたかと思うと、かっと目を見開き言った。
「では、旦那様。春まで……そう、桜が花開くまででよろしいので、チャンスをいただけませんか?」
「チャンス?」
「はい。旦那様を必ず振り向かせて御覧にいれます」
「桜が咲くまでか」
「はい。桜が咲いても私を愛せないようでしたら、潔く出て行こうと思います。それまでは、おいていただけませんか?」
「そうか。だが、ゆかり。仕事はいつも遅くなる。あまり、構えないかもしれない。それでもいいか?」
「お任せください。妻候補としてお忙しい旦那様を全力でサポートさせていただきます!」
「ふふ」
大地は自信満々に胸を張るゆかりの様子が微笑ましくて、ついつい笑ってしまった。
笑い終わると、また、ふぅとため息をひとつついて言った。
笑ってしまっては負けである。
「朝ごはんを食べたら、ゆかりのものを買いに行こう」
「はい……はい!」
ゆかりが目を大きく見開いて、そして、少し潤んだ瞳で嬉しそうに微笑む。
大地は、押しかけられたとはいえ、酔った勢いで正体もわからず女の子を抱いてしまった、しかも初めてを奪ってしまった負い目、本当かはわからないが、見捨てると悲惨な最期を迎えるという同情、バックに公安がいるという不安、仕事から帰ってくると可愛い女の子が待っている生活への期待、そして、最後に猫耳の女の子をむげにして何かとんでもないことが起きる、それこそ未知の獣の力でバラバラにされるのではないかという恐怖。
これらの感情がごちゃまぜになったうえで、ゆかりの笑顔に高鳴る心臓の鼓動から、ある覚悟を決めた。
(見捨てることはできない)
そう覚悟したところで、ふっと少しだけ、ほんの少しだけ苦い記憶が蘇る。
「なぁ、ゆかり。君に子供はいないよな?」
「いるわけないじゃないですか」
「あぁ、いや。人間のじゃなくて、猫の時にさ。君が何歳の猫だったかはわからないが」
「私の初めては、本当に旦那様だけにございます」
「そうか。そうか……それは、責任重大だな」
「ふふふ。左様でございます」
「ゆかり、その堅苦しい喋り方はもうしなくていいぞ」
「あぁ、いや。これは、翁がこういう喋り方が好きでして、叩き込まれてしまって」
「……そうか。まぁ、徐々にくだけていこうか」
「はい」
大地は、とんでもないことになったと思いながらも、これからどんな日々が訪れるのだろうとわくわくする気持ちもあった。色々問題は山積みのようにも思えたが、今は、この温もりを楽しもう――。
大地の手から、ゆかりのしっとりとした手のぬくもりが伝わってきていた。
「好事家に売られる?」
「はい。獣に人権はないらしく、実際、私には戸籍もありません。行く当てのない獣は好事家に売られて飼い殺しにされるか、保険所送りだそうです」
ゆかりがヨヨヨと泣くふりを大げさにする。
「そんなことが!?」
「好事家の方も、良い人に当たればまだしも、嬲って楽しむ方もいるようで、そうなると、人間との子供ができにくいこと、身体が丈夫なのをいいことに、壊れるまで遊ばれて、そして捨てられるそうです……」
「漫画みたいな話になってきた……」
「私が最低限の教育を施されたあと、翁に行く当てがあるかと聞かれたときに、思い浮かんだのは旦那様の顔でした」
「どうやって、俺のことを調べたんだ。その翁っていうのは何者なんだ?」
「チバロの翁と呼ばれておりました。年齢はわかりませんが、見た目は70代くらいの恰幅の良い男性です」
「チバロ? うーん。なんかで聞いたことあるような」
大地はリビングに投げ出されていたスマホを拾うと、検索をしてみた。
「公安じゃねーか!!!」
検索結果に一通り目を通すと、思わず叫ぶにはいられなかった。
突然の大地の大声に、ゆかりがびくっと身体を一瞬震わせる。
「そうですね」
「公安が管理している!? 俺、それ知ってしまっていいんだろうか?」
「私と夫婦になるのですから、いいんじゃないでしょうか?」
「え!?」
「え?」
さも当たり前のようにゆかりは言うと、驚く大地を見て、何を驚いているんだ? といった様子でキョトンとして目を丸くしていた。そして、一呼吸の間をおいて、今度は目にうっすらと涙を浮かべて、口をわなわなと震わせる。
「もしかして、私のこと捨てるんですか?」
「捨てる!? いや、そういうわけじゃ」
「私の初めてを捧げたのに……酷い……」
ゆかりがいよいよ涙をぽろぽろとこぼす。
その透き通るような茶色い瞳から、流れる涙は、日の光に照らされてキラキラと輝き、まるでダイヤモンドのようだった。
「その節は、本当に申し訳ございませんでした」
大地は、頭をテーブルにこすりつけながら謝罪する。
しかし、いきなり昨日会って、ろくに話もしたことがない女の子と結婚するという決断をするのは常人には不可能だ。
「あ、あの。ゆかりさん」
「はい?」
「俺、もう30過ぎてるんですけど」
「はい」
「ゆかりさんは、大人の身体といっても若いようだけど……嫌じゃないの?」
「今の私には、旦那様しかおりませんから」
ゆかりは、手で涙をぬぐうと、とても寂しそうに微笑みを浮かべて、か細く囁いた。
その様子を見て、大地の胸がキュンとしめつけられる。
自分にはもったいないくらい可愛い女の子が、頼れるあてが自分だけと、そして自分が好きだと慕ってくれる。
この手を簡単に振りほどける男がいるだろうか?
「えっと、ゆかりさん」
「さんはいりません。ゆかりとお呼びください」
「ゆかり。本当に俺でいいのか?」
そう言って、大地はゆかりの手を握った。
ゆかりは、大地の手を愛おしそうに両手で握り返すと、そのまま自分の頬まで運んで温もりを味わった。
そして、切なそうな表情で言った。
「はい。旦那様の優しい匂いが好きです。この温もりも」
「そうか……」
猫との結婚。
しかし、戸籍もないというのなら、法的な結婚はできない。
三年以上共同生活をしていれば、事実婚としてみられたと思ったが……。
戸籍の無い猫にも適用されるのだろうか。
「ゆかりの言う結婚はどういったものなんだ? 戸籍がない以上法的な結婚はできないわけだけど」
「そうですね。正式な夫婦として認められないのは少し寂しい気もしますが、旦那様と生活を共にして人生を一緒に歩んでいけるのなら、それでよろしゅうございます。あ、子供は二人欲しいです。」
ゆかりが指でVサインを作って、ニンマリと微笑みながらつきつける。
大地はふぅと大きなため息を一つついた。
大きな決断をしようと色々な葛藤と戦っていることが窺い知れた。
その様子を見て、ゆかりは慌てて付け足す。
「あ、あの! 私、花嫁修業は終わってます! 料理もできます! 家事はお任せください! それと……」
ゆかりの顔がかぁっと赤くなる。
「酔っていたとはいえ、手を出した責任はあると思うし、君のような可愛い女の子が無残な最期を遂げるのはどうにかしたいと思っている。だけど、出会って1日で結婚、この場合法的ではなにしろ、人生の伴侶とする覚悟は決まらないものだ」
大地はなんだか、最低なことを言ってのけているような後ろめたい気持ちに、話しながら冷や汗のようなものが湧いてくる。覚悟が決まらないということを言ったところで、次に何を言えばいいのかわからなくなり、黙ってゆかりを見つめた。ゆかりは、目を閉じて何かを思案する様子を見せたかと思うと、かっと目を見開き言った。
「では、旦那様。春まで……そう、桜が花開くまででよろしいので、チャンスをいただけませんか?」
「チャンス?」
「はい。旦那様を必ず振り向かせて御覧にいれます」
「桜が咲くまでか」
「はい。桜が咲いても私を愛せないようでしたら、潔く出て行こうと思います。それまでは、おいていただけませんか?」
「そうか。だが、ゆかり。仕事はいつも遅くなる。あまり、構えないかもしれない。それでもいいか?」
「お任せください。妻候補としてお忙しい旦那様を全力でサポートさせていただきます!」
「ふふ」
大地は自信満々に胸を張るゆかりの様子が微笑ましくて、ついつい笑ってしまった。
笑い終わると、また、ふぅとため息をひとつついて言った。
笑ってしまっては負けである。
「朝ごはんを食べたら、ゆかりのものを買いに行こう」
「はい……はい!」
ゆかりが目を大きく見開いて、そして、少し潤んだ瞳で嬉しそうに微笑む。
大地は、押しかけられたとはいえ、酔った勢いで正体もわからず女の子を抱いてしまった、しかも初めてを奪ってしまった負い目、本当かはわからないが、見捨てると悲惨な最期を迎えるという同情、バックに公安がいるという不安、仕事から帰ってくると可愛い女の子が待っている生活への期待、そして、最後に猫耳の女の子をむげにして何かとんでもないことが起きる、それこそ未知の獣の力でバラバラにされるのではないかという恐怖。
これらの感情がごちゃまぜになったうえで、ゆかりの笑顔に高鳴る心臓の鼓動から、ある覚悟を決めた。
(見捨てることはできない)
そう覚悟したところで、ふっと少しだけ、ほんの少しだけ苦い記憶が蘇る。
「なぁ、ゆかり。君に子供はいないよな?」
「いるわけないじゃないですか」
「あぁ、いや。人間のじゃなくて、猫の時にさ。君が何歳の猫だったかはわからないが」
「私の初めては、本当に旦那様だけにございます」
「そうか。そうか……それは、責任重大だな」
「ふふふ。左様でございます」
「ゆかり、その堅苦しい喋り方はもうしなくていいぞ」
「あぁ、いや。これは、翁がこういう喋り方が好きでして、叩き込まれてしまって」
「……そうか。まぁ、徐々にくだけていこうか」
「はい」
大地は、とんでもないことになったと思いながらも、これからどんな日々が訪れるのだろうとわくわくする気持ちもあった。色々問題は山積みのようにも思えたが、今は、この温もりを楽しもう――。
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