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第8章 英雄の育成

第381話 通行止め

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 フリーデンを出発して1週間。
 すでに道のりの半分を通過し、あと3日ほどでファーブラへと到着する予定だ。
 僕たちは馬車に揺られる日々を過ごしているが、みんな退屈せずにこの旅を楽しんでいる。

「ねえユーリ、ファーブラにはどれくらい滞在する予定なの?」

 左隣に座っているメジェールが、僕に寄りかかりながら訊いてきた。
 ちなみに、右隣にはフィーリアが身体をピタリと寄せて座っていて、向かい側の椅子ではリノとソロル、フラウが会話に花を咲かせている。

「うーん、1週間程度はいるつもりだけど……」

 ファーブラ女王セティナス様への挨拶はすぐに済むから、あとは観光がてら適当に街をぶらついて、『ナンバー0』の子供捜しをすることになる。
 とはいえ、長期にわたって自国テンプルムを留守にするわけにはいかないので、どういう結果が出ようとも1週間くらいで切り上げる予定だ。

「やったね! 1週間のんびり楽しめる!」

 メジェールは両手を握りしめて喜びをあらわにする。

「でもメジェールは以前ファーブラに結構いたから、今さら行くようなところもないんじゃないの?」

『試練の洞窟』で修業するため、当時8ヶ月くらい滞在してたはずだ。
 一応メジェール以外にも、フィーリアとネネもファーブラへの訪問経験があるとのこと。
 ほかのみんなは行ったことがないらしく、もちろん僕も初めてだ。

「なに言ってるの! あのときは毎日迷宮に籠もってて、観光なんてしてるヒマなかったわよ! たまに迷宮から一時帰還しても、そのまま王城に直行だったし。ほんとロクな思い出がないわ、でね」

 ああそうか、そういや観光なんてしてる状況じゃなかったな。
 それについては、フィーリアが嫌がらせで命令したのが原因なんだけど。

 挑戦するにはまだ実力不足だったメジェールたち勇者チームを、修業という名目で無理矢理『試練の洞窟』へ行かせたんだよね。
 おかげで、メジェールたちは大変な苦労をしたらしい。
 メジェールに皮肉を言われて、フィーリアは苦笑いしながら思わず反対側に顔を背ける。

「ま、まあ、その分今回楽しめばいいじゃないか」

「もちろんよ! 名物食べまくるんだから!」

「あれ、食べ物が目的なの? 美味しい物なんて、今までかなり食べてきたと思うけど?」

「バカね、美味しい物はいくら食べても満足することはないのよ! ねっ、リノ」

「そうそう、お目当ての場所は全部チェック済みなんだから! ファーブラは初めてだし、ホント楽しみ!」

 リノがファーブラ国のガイドブックを取り出して、パラパラと広げてみせる。
 移動中色々と盛り上がってたけど、みんなで相談してたのはコレだったのか。
 あちこちに印が付いてるけど、まさか全部回るなんてことは……?

「なんか凄いチェックしてあるけど、行くお店は決めてあるの?」

「全部に決まってるでしょ! ネネやサクヤたちも賛成してたから、全員で行くんだからね、分かった?」

 う……やっぱり僕も付き合わされるのか。
 こんなに食べきれないと思うんだけど、この子たち凄い食べるんだよなあ……。
 身体も大きくないのに、どこに収まってるのか本当に不思議である。

 それにしても、みんな浮かれまくってるなあ……久々の休暇だから無理ないけどね。
 問題は『ナンバー0』の子供捜しで、今回の真の目的はこっちだ。
 ただ、手掛かりなしの現状では、運よく見つかるとはちょっと思えない。
 まあシャルフ王の言う通り、あまり気負わずにぶらついてみよう。


 ◇◇◇


 昼食を終えた午後、快調に走り続けていた馬車が急に止まった。
 あれ、特に休憩するタイミングとかでもないんだけど、どうしたんだ?
 馬車の中で、僕とメジェールたちは顔を見合わせる。
 恐らく、なんらかのトラブルが起こったのだろう。

「あの……何かありましたか?」

 馬車前方側に付いている戸を開けて、御者のカムランさんに話しかけてみた。

「いえ、この先の川で、どうもモンスターと冒険者たちが戦闘をしているようなのです」

「モンスター!?」

 カムランさんが指さす方向を見てみると、遠方の川べりで巨大なモンスターと冒険者の一団が戦っているのが分かった。
 魔法が炸裂して2、3度瞬くように発光し、少し遅れて爆発音が聞こえてくる。

「ど、どうしますかお客さん、見た感じ、相当手強そうなモンスターですが……」

「僕たちが倒しますので、もう少し近づいてください」

「だ、大丈夫ですかね? 無理せず、ファーブラからの討伐隊を待ったほうがよろしいのでは……?」

「ご心配なく、僕たちは絶対に負けませんから」

「で、では……」

 カムランさんが不安そうに馬車をまた走らせる。
 それに合わせて、後ろに止めていたもう1台――ゼルマたちの馬車も追って走り出した。

『遠見』のスキルで見た限りでは、冒険者たちはかなり苦戦しているようだ。
 犠牲が出る前に、僕たちが倒してあげよう。


「ここで止めてください。あとは僕たちだけで行きます」

 戦闘現場の100mほど手前で馬車を止めてもらい、僕たちは馬車を降りてモンスターのもとへと走り寄る。
 後ろの馬車からもゼルマやネネたちが降り、僕たちに続く。

 50m程度の川幅にかけられた橋のすぐ横では、冒険者たち12、3人が巨大なモンスターと戦っていた。
 うねうねと自在に動く触腕を10本も持った、全長25mくらいの水棲魔獣――『水辺の略奪王グレート・アクアギャング』だ。
 長さ15mほどの太い触腕から繰り出される怪力に任せた攻撃のほか、毒や麻痺などの状態異常も与えてくる面倒なヤツで、討伐には通常SSランクチームが複数必要となる。
 解析したところ、戦っているのはS~Aランクの上位冒険者だが、十数人いても倒すのは難しいだろう。

「ぐああああっ」

「マッシュ! ちくしょうっ」

 前衛を務めていた戦士が、触腕に薙ぎ払われて激しく飛ばされる。
 一応盾でブロックしたようだけど、あまりの衝撃に立ち上がれないみたいだ。

「だめよ、やっぱり勝てないわっ」

「くそっ、なんでこんなヤツがここにいるんだ、これじゃいつまで経っても通れねえっ」

 討伐を諦め、冒険者たちが撤退し始める。
 それに合わせて、『水辺の略奪王グレート・アクアギャング』も川から身を乗り出して追いかけてきた。
 10本の足をうねらせ器用に追いかけるそのスピードは、思いのほか速かった。

 これはすぐに追いつかれちゃうな。
 テイムするのは簡単だけど、こんなに大勢の前ではやめたほうがいいだろう。
 じゃあサクッと斬り殺すか……。

「あ、ユーリ、アタシがやるわ。座りっぱなしで運動不足だからね」

「相手はかなりデカいけど大丈夫? それに、できれば無詠唱魔法も使わないでほしいんだけど……」

 メジェールが負けるはずはないけど、やりづらそうな相手なんだよね。
 無詠唱魔法や特殊スキルも安易に見せるわけにはいかない。メジェールの正体が『勇者』とバレちゃうし。

「任せてって。『擬似・首落としの剣レプリカ・ファーレンハルス』の試し斬りしてくるわ!」

 あ、それを渡したの忘れてた!
 メジェールは、先日製作に成功した人工次元斬――『擬似・首落としの剣レプリカ・ファーレンハルス』の性能を確認したいようだ。
 確かに、この『水辺の略奪王グレート・アクアギャング』はちょうどいい相手かもしれない。


「さあアタシが相手よ、かかってきなさい!」


 メジェールは冒険者たちを追いかける『水辺の略奪王グレート・アクアギャング』の前に飛び出し、立ち塞がった。
 いきなり現れた邪魔者メジェールに対し、『水辺の略奪王グレート・アクアギャング』は巨大な触腕をうねらせて力任せに叩き潰そうとする。
 それを軽く一振り、『擬似・首落としの剣レプリカ・ファーレンハルス』で撫で斬った。
 触腕の先端が宙を飛び、ドサリと音を立てて地面に落ちる。

「さすがね。無駄な力を使わなくても、簡単に斬れちゃうわ」

水辺の略奪王グレート・アクアギャング』は触腕を斬り落とされたことに激怒したのか、残りの9本の触腕をめちゃくちゃに振り回してメジェールに襲いかかった。
 だが、四方から縦横無尽に迫り来るその数多の触腕を、メジェールはいとも簡単に細切れにしていく。

「なっ……! あの柔軟で太い触手を、あれほど簡単に切断していくとは……!」

「す、すごい剣技だわ、いったい何者なの!?」

 冒険者たちは撤退の足を止め、鬼神のごとき戦いを見せるメジェールに釘付けとなっていた。
 巨大な軟体動物である『水辺の略奪王グレート・アクアギャング』の身体は、剣で斬ろうとしても衝撃を逃がされてしまって、容易にはダメージを与えられない。
 対等に戦うには、斬れ味鋭い剣と、そして優れた剣技が必要となる。

 その点『擬似・首落としの剣レプリカ・ファーレンハルス』は、触れたそばから問答無用で切断していくので、肉体の柔軟さに悩まされることもない。
 まさに試し斬りにうってつけの相手と言える。
 もちろん、メジェールの剣技も超一級だ。

 あっという間に全ての触腕を斬り刻み、最後に文字通り手も足も出なくなった本体を真っ二つに両断した。
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