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17 「女の焦り」
英太郎は、正幸から送られてきたURLを開いた。
画面に出た《お知らせ》を最後まで読む。
サイト移行のため一時休止、友人夫婦と共同運営へ移行、窓口は一本化。
丁寧な言葉で包んでいるが、要するに「個人の連絡口を閉じる」ということだ。
英太郎は、ほっとした。
これで女が彼女に直接会うことはないと安心した。
だが、それは正幸もだった。
彼女はフリマから帰って来ると、小さな布の袋を手縫いで作っていた。
シルバーアクセサリーを作っていた夫の妻は石、スワロでアクセサリーを作っている。
紙袋や箱ではつまらないという友人に里奈は布で作ったらどうかと申し出ていたのだ。
自分のサイトが再開するまでは、もう少しかかる。
その日、仕事から帰ってきた正幸はリビングのテーブルに広げられた布の小袋を見て、驚いた。
「……ただいま、里奈さん」
声をかけると、里奈はぱっと顔を上げて、いつもの小さな笑みを見せた。
「おかえりなさい」
笑顔を返されると、正幸の胸の緊張がほんの少し溶けた。
テーブルの上には鮮やかな布、くすんだ布、柔らかい柄の布で大小さまざまな袋が並んでいた。
「アクセサリーを入れる袋です」
里奈は針を動かしながら、嬉しそうに説明した。
「奥さんのアクセサリーは、大きさも色々なんです」
正幸は袋を一つ手にとって、布越しに光を透かしてみた。
同じ柄、色合いはひとつもない。どれも一点物だ。
「サイトのほう、まだ時間かかりそうなんです。セキュリティとか、きちんとしておきたいって二人がいうんです」
正幸は頷きながら、先日のフリマでの賑わいを思い出した。
アクセサリー販売のスペースは幾つかあった。だが里奈と夫婦の合同スペースの賑わいは特別だった。
女性もだが男性客も多かった。
人気があるのだろう。
テーブルの袋は同じ柄も同じ色もない、一点物だ。
「サイトのほう、まだ時間かかりそうなんです。セキュリティとか、ちゃんとしておきたいって」
正幸はゆっくり頷きながら、フリマの日を思い出した。
あの日の合同ブースの賑わいを思い出す。
だが、ひとりだけ、客とは違う空気で、里奈を観ていた女の視線、今も胸に残っている。
彼は心の中で静かに息をついた。
外には何が潜んでいるのか分からない。だが。
里奈は嬉しそうに頬を染め、小さな巾着を並べ直した。
テーブルに広がる布の色彩が、夕方の光に満ちていく。
けれど、正幸の胸の奥――大人の勘だけが、静かに警鐘を鳴らしていた。
女はページを開いた。
シルバーアクセサリーの販売ページには入れる。
商品一覧、サイズ表、在庫数、決済。更新履歴まで整っていた。
“売るための場所”だ。
だが、里奈の革小物と手芸のページは違った。
表示されたのは、薄い案内文だけ。
《準備中》
《在庫管理と掲載準備のため、一時お休みしています》
予想もしない展開に、女は驚いた。
指先が止まったまま、画面の文字だけが目に突き刺さる。
フリマの光景が、遅れて蘇る。
里奈の手は休まず動き、客は途切れなかった。説明、注文、袋詰め――息をつく暇もない。
確かに、在庫管理が追いつかない。休止は“理由”として成立する。
――成立してしまう。だから厄介だ。
女は画面を閉じなかった。
閉まった入口の前で立たされている感覚だけが、じわじわと胸の底に沈んでいった。
翌日、駅前のコーヒーチェーン。
騒がしい店内は、逆に都合がいい。誰も他人の会話に興味を持たない。
英太郎が切り出したのは、結論ではなく事実だった。
「桜川という女性が、交通事故で亡くなったと聞きました。飲酒運転の車です」
正幸の目がわずかに動く。
「……日付は」
「不明です。相手は、そこを避けるように話をそらしました」
正幸は、そこで息を吐いた。責めるためじゃない。危うさを測っている。
「曖昧なまま動くな。火種になる」
英太郎は視線を落とした。反論が出ない。
「その女は、優一が何か知ってると疑ってます。けど本人がいない。だから――」
正幸が言葉を継いだ。
「里奈さんに行く」
推測ではなく、確認の口調だった。
英太郎は小さく頷いた。
「……たぶん、そうです」
正幸は指先でカップの縁をなぞり、淡々と言った。
「里奈さんが知らなかったら、終わると思うか?」
英太郎は答えられない。
正幸は続ける。声は低いが、冷静だった。
「“知らない”を信じない可能性がある。そうなれば、無関係でも巻き込まれる」
英太郎が唇を噛む。
正幸は頷いた。
「君は“分からない”で済ませるな。日付と経緯、まず事実を固めろ。曖昧な情報は、人を傷つける」
言い切ってから、短く釘を打つ。
「里奈さんには言うな。今は駄目だ」
英太郎の胸の奥に、重いものが沈んだ。
迷っている時間はない。
店を出た英太郎は、雑踏の中でスマホを取り出し、女の番号を押した。
呼び出し音が鳴る。
だが、出る気配はなかった。
画面に出た《お知らせ》を最後まで読む。
サイト移行のため一時休止、友人夫婦と共同運営へ移行、窓口は一本化。
丁寧な言葉で包んでいるが、要するに「個人の連絡口を閉じる」ということだ。
英太郎は、ほっとした。
これで女が彼女に直接会うことはないと安心した。
だが、それは正幸もだった。
彼女はフリマから帰って来ると、小さな布の袋を手縫いで作っていた。
シルバーアクセサリーを作っていた夫の妻は石、スワロでアクセサリーを作っている。
紙袋や箱ではつまらないという友人に里奈は布で作ったらどうかと申し出ていたのだ。
自分のサイトが再開するまでは、もう少しかかる。
その日、仕事から帰ってきた正幸はリビングのテーブルに広げられた布の小袋を見て、驚いた。
「……ただいま、里奈さん」
声をかけると、里奈はぱっと顔を上げて、いつもの小さな笑みを見せた。
「おかえりなさい」
笑顔を返されると、正幸の胸の緊張がほんの少し溶けた。
テーブルの上には鮮やかな布、くすんだ布、柔らかい柄の布で大小さまざまな袋が並んでいた。
「アクセサリーを入れる袋です」
里奈は針を動かしながら、嬉しそうに説明した。
「奥さんのアクセサリーは、大きさも色々なんです」
正幸は袋を一つ手にとって、布越しに光を透かしてみた。
同じ柄、色合いはひとつもない。どれも一点物だ。
「サイトのほう、まだ時間かかりそうなんです。セキュリティとか、きちんとしておきたいって二人がいうんです」
正幸は頷きながら、先日のフリマでの賑わいを思い出した。
アクセサリー販売のスペースは幾つかあった。だが里奈と夫婦の合同スペースの賑わいは特別だった。
女性もだが男性客も多かった。
人気があるのだろう。
テーブルの袋は同じ柄も同じ色もない、一点物だ。
「サイトのほう、まだ時間かかりそうなんです。セキュリティとか、ちゃんとしておきたいって」
正幸はゆっくり頷きながら、フリマの日を思い出した。
あの日の合同ブースの賑わいを思い出す。
だが、ひとりだけ、客とは違う空気で、里奈を観ていた女の視線、今も胸に残っている。
彼は心の中で静かに息をついた。
外には何が潜んでいるのか分からない。だが。
里奈は嬉しそうに頬を染め、小さな巾着を並べ直した。
テーブルに広がる布の色彩が、夕方の光に満ちていく。
けれど、正幸の胸の奥――大人の勘だけが、静かに警鐘を鳴らしていた。
女はページを開いた。
シルバーアクセサリーの販売ページには入れる。
商品一覧、サイズ表、在庫数、決済。更新履歴まで整っていた。
“売るための場所”だ。
だが、里奈の革小物と手芸のページは違った。
表示されたのは、薄い案内文だけ。
《準備中》
《在庫管理と掲載準備のため、一時お休みしています》
予想もしない展開に、女は驚いた。
指先が止まったまま、画面の文字だけが目に突き刺さる。
フリマの光景が、遅れて蘇る。
里奈の手は休まず動き、客は途切れなかった。説明、注文、袋詰め――息をつく暇もない。
確かに、在庫管理が追いつかない。休止は“理由”として成立する。
――成立してしまう。だから厄介だ。
女は画面を閉じなかった。
閉まった入口の前で立たされている感覚だけが、じわじわと胸の底に沈んでいった。
翌日、駅前のコーヒーチェーン。
騒がしい店内は、逆に都合がいい。誰も他人の会話に興味を持たない。
英太郎が切り出したのは、結論ではなく事実だった。
「桜川という女性が、交通事故で亡くなったと聞きました。飲酒運転の車です」
正幸の目がわずかに動く。
「……日付は」
「不明です。相手は、そこを避けるように話をそらしました」
正幸は、そこで息を吐いた。責めるためじゃない。危うさを測っている。
「曖昧なまま動くな。火種になる」
英太郎は視線を落とした。反論が出ない。
「その女は、優一が何か知ってると疑ってます。けど本人がいない。だから――」
正幸が言葉を継いだ。
「里奈さんに行く」
推測ではなく、確認の口調だった。
英太郎は小さく頷いた。
「……たぶん、そうです」
正幸は指先でカップの縁をなぞり、淡々と言った。
「里奈さんが知らなかったら、終わると思うか?」
英太郎は答えられない。
正幸は続ける。声は低いが、冷静だった。
「“知らない”を信じない可能性がある。そうなれば、無関係でも巻き込まれる」
英太郎が唇を噛む。
正幸は頷いた。
「君は“分からない”で済ませるな。日付と経緯、まず事実を固めろ。曖昧な情報は、人を傷つける」
言い切ってから、短く釘を打つ。
「里奈さんには言うな。今は駄目だ」
英太郎の胸の奥に、重いものが沈んだ。
迷っている時間はない。
店を出た英太郎は、雑踏の中でスマホを取り出し、女の番号を押した。
呼び出し音が鳴る。
だが、出る気配はなかった。
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