17 / 54
第5章 9月-旅行(2)
しおりを挟む
そのまま運転席に乗り込み、ゆっくりと車を外に出して、いったん路肩に停める。「乗って」と茂に声を掛けながら、門扉を閉めるために再び降りようとすると、玄関から妹が出てきた。ちょうど出掛けるところらしく、高志が行く前に門扉を閉めてくれる。それからこちらに近付いてきて、
「ねえ、駅で降ろして」
と言うと、高志が答える前にさっさと後部座席に乗り込んだ。高志も運転席に乗り込み、助手席の茂に声を掛ける。
「悪い、先に妹を駅まで送る」
「全然いいよ」
茂は笑いながらそう言うと、後ろを振り返って「こんにちは」と挨拶している。高志は車を発進させた。
「お兄さん明日まで借りるね」
「どうぞどうぞ」
妹も飄々と答える。スマホを操作しながら、「別に返さなくてもいいですよ」などと軽口をたたいている。
「高志くん、お土産、何か美味しいやつ」
「うどん買ってくる」
「うどん以外で」
兄妹の会話を、助手席の茂が面白そうに聞いている。
ほどなく駅に着いてロータリーの隅に一時停車すると、妹が「ありがと」と言って車を降りた。茂が助手席から窓越しに会釈している。妹も軽く頭を下げてから、足早に駅の階段を昇っていった。
「お前、妹さんに『高志くん』って呼ばれてるんだな」
茂が振り返って、笑いながらそう聞いてきた。
「ああ。何か昔からそう」
「仲いいなー」
「そうか?」
停車したまま、高志はひとまず旅館の場所をナビにセットした。それからさっき借りたETCカードを車載器に差し込む。
「行くか」
「おう」
ゆっくりと車を発進させ、駅のロータリーを出て、高速道路のある方へと走り出す。
「この車の保険ってさ、俺も運転できるやつ? 疲れたら運転代わるよ」
いつものように、茂が機嫌の良さそうな声色で話す。
「保険は多分いける。でも運転で疲れたことないけどな」
「あー分かる。俺もそうかも」
「あ、運転したいか?」
「いや、藤代が大丈夫なら別にいいよ」
ふと家を出る時にラジオのボリュームを絞ったままだったことに気付き、高志は少し音量を上げた。どこかで聴いたことのある明るい洋楽が流れてくる。
「なあ、お前は妹さんのこと何て呼んでんの?」
「え? 普通に、名前で呼ぶかな」
「そうなんだ」
「何で?」
「いや、何でもないけど。他の家族の話って聞いてて面白くない?」
「面白いか? うちの家族でも」
「うん。面白い」
しばらく住宅街を走っていると、東西に伸びる高速道路の下を走る幹線道路に出た。右折して下道に入り、やがて入口から上がって高速に乗る。問題なく車線に合流し、車の流れに合わせて高志は少しスピードを上げた。
「細谷んとこは、お兄さんが一人だっけ?」
「そう。この前結婚したばっか」
「まじで。おめでとう。何歳違い?」
「四つ上。だから、兄ちゃんも大学はこっちに出てきてたんだけど、ちょうど俺と入れ替わりに実家に帰った感じ」
「へえ、帰ったのか。そっちで就職して?」
「うん。公務員になった。今は県の職員やってる。彼女とは高校の時からずっと付き合っててさ」
「大学に行ってる間、彼女は地元に残ってたってこと? 四年も遠距離だったのか」
「うん、まあでも大学って休み長いし、結構しょっちゅう帰ってきてた印象だったけどなー」
「十年くらい付き合って結婚したってことだよな」
「そうだな。そう考えると、やっぱ長いか」
本当にそういう人もいるんだな、と高志は思った。多分、高校生の時の自分がぼんやりと思い描いていた人生はそんな感じだったのだろう。今ならそれがある程度は希少なことだと分かる。
「兄ちゃんはそのうち農業の方も継ぐつもりだと思うんだよね。そういうのもあって、実家には初めから戻るつもりだったし、彼女とも結婚するつもりだったんだろうな」
「へえ。若いうちからそんな色々考えてるって、すごいな」
「んー、何かさ、選択肢が少ない方がむしろ良かったりすることもあるんだろうなって思う」
「ああ……ちょっと分かるかも」
「俺はさ、兄ちゃんのお陰で割と自由なんだけどさ。その分、仕事については色々考えたかなあ。まあ、いざ就活ってなると選択の余地なんかなかったけど」
確かに、茂は大学の時にも、進路に関しては早いうちから考えているなという印象があったが、そこには兄の影響があったのだということが今になって分かった。お互いの家族の話をしたことがなかった訳ではなかったが、今まで知らなかった茂の一面を一つ知ることができた気がする。きっともっと知らないことがたくさんあるのだろう。
週末ではあるが、車は比較的スムーズに進んでいる。高志は無理にスピードを出さず、終始左車線のまま、落ち着ける速度で運転していた。茂が隣に乗っているだけで楽しかった。
「ねえ、駅で降ろして」
と言うと、高志が答える前にさっさと後部座席に乗り込んだ。高志も運転席に乗り込み、助手席の茂に声を掛ける。
「悪い、先に妹を駅まで送る」
「全然いいよ」
茂は笑いながらそう言うと、後ろを振り返って「こんにちは」と挨拶している。高志は車を発進させた。
「お兄さん明日まで借りるね」
「どうぞどうぞ」
妹も飄々と答える。スマホを操作しながら、「別に返さなくてもいいですよ」などと軽口をたたいている。
「高志くん、お土産、何か美味しいやつ」
「うどん買ってくる」
「うどん以外で」
兄妹の会話を、助手席の茂が面白そうに聞いている。
ほどなく駅に着いてロータリーの隅に一時停車すると、妹が「ありがと」と言って車を降りた。茂が助手席から窓越しに会釈している。妹も軽く頭を下げてから、足早に駅の階段を昇っていった。
「お前、妹さんに『高志くん』って呼ばれてるんだな」
茂が振り返って、笑いながらそう聞いてきた。
「ああ。何か昔からそう」
「仲いいなー」
「そうか?」
停車したまま、高志はひとまず旅館の場所をナビにセットした。それからさっき借りたETCカードを車載器に差し込む。
「行くか」
「おう」
ゆっくりと車を発進させ、駅のロータリーを出て、高速道路のある方へと走り出す。
「この車の保険ってさ、俺も運転できるやつ? 疲れたら運転代わるよ」
いつものように、茂が機嫌の良さそうな声色で話す。
「保険は多分いける。でも運転で疲れたことないけどな」
「あー分かる。俺もそうかも」
「あ、運転したいか?」
「いや、藤代が大丈夫なら別にいいよ」
ふと家を出る時にラジオのボリュームを絞ったままだったことに気付き、高志は少し音量を上げた。どこかで聴いたことのある明るい洋楽が流れてくる。
「なあ、お前は妹さんのこと何て呼んでんの?」
「え? 普通に、名前で呼ぶかな」
「そうなんだ」
「何で?」
「いや、何でもないけど。他の家族の話って聞いてて面白くない?」
「面白いか? うちの家族でも」
「うん。面白い」
しばらく住宅街を走っていると、東西に伸びる高速道路の下を走る幹線道路に出た。右折して下道に入り、やがて入口から上がって高速に乗る。問題なく車線に合流し、車の流れに合わせて高志は少しスピードを上げた。
「細谷んとこは、お兄さんが一人だっけ?」
「そう。この前結婚したばっか」
「まじで。おめでとう。何歳違い?」
「四つ上。だから、兄ちゃんも大学はこっちに出てきてたんだけど、ちょうど俺と入れ替わりに実家に帰った感じ」
「へえ、帰ったのか。そっちで就職して?」
「うん。公務員になった。今は県の職員やってる。彼女とは高校の時からずっと付き合っててさ」
「大学に行ってる間、彼女は地元に残ってたってこと? 四年も遠距離だったのか」
「うん、まあでも大学って休み長いし、結構しょっちゅう帰ってきてた印象だったけどなー」
「十年くらい付き合って結婚したってことだよな」
「そうだな。そう考えると、やっぱ長いか」
本当にそういう人もいるんだな、と高志は思った。多分、高校生の時の自分がぼんやりと思い描いていた人生はそんな感じだったのだろう。今ならそれがある程度は希少なことだと分かる。
「兄ちゃんはそのうち農業の方も継ぐつもりだと思うんだよね。そういうのもあって、実家には初めから戻るつもりだったし、彼女とも結婚するつもりだったんだろうな」
「へえ。若いうちからそんな色々考えてるって、すごいな」
「んー、何かさ、選択肢が少ない方がむしろ良かったりすることもあるんだろうなって思う」
「ああ……ちょっと分かるかも」
「俺はさ、兄ちゃんのお陰で割と自由なんだけどさ。その分、仕事については色々考えたかなあ。まあ、いざ就活ってなると選択の余地なんかなかったけど」
確かに、茂は大学の時にも、進路に関しては早いうちから考えているなという印象があったが、そこには兄の影響があったのだということが今になって分かった。お互いの家族の話をしたことがなかった訳ではなかったが、今まで知らなかった茂の一面を一つ知ることができた気がする。きっともっと知らないことがたくさんあるのだろう。
週末ではあるが、車は比較的スムーズに進んでいる。高志は無理にスピードを出さず、終始左車線のまま、落ち着ける速度で運転していた。茂が隣に乗っているだけで楽しかった。
0
あなたにおすすめの小説
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
有能課長のあり得ない秘密
みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。
しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。
【完結】それより俺は、もっとあなたとキスがしたい
佑々木(うさぎ)
BL
一ノ瀬(27)は、ビール会社である「YAMAGAMI」に勤めていた。
同僚との飲み会に出かけた夜、帰り道にバス停のベンチで寝ている美浜部長(32)を見つけてしまう。
いつも厳しく、高慢で鼻持ちならない美浜と距離を取っているため、一度は見捨てて帰ろうとしたのだが。さすがに寒空の下、見なかったことにして立ち去ることはできなかった。美浜を起こし、コーヒーでも飲ませて終わりにしようとした一ノ瀬に、美浜は思いも寄らないことを言い出して──。
サラリーマン同士のラブコメディです。
◎BLの性的描写がありますので、苦手な方はご注意ください
* 性的描写
*** 性行為の描写
大人だからこその焦れったい恋愛模様、是非ご覧ください。
年下敬語攻め、一人称「私」受けが好きな方にも、楽しんでいただけると幸いです。
表紙素材は abdulgalaxia様 よりお借りしています。
僕がそばにいる理由
腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。
そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。
しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。
束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。
愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
サラリーマン二人、酔いどれ同伴
風
BL
久しぶりの飲み会!
楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。
「……え、やった?」
「やりましたね」
「あれ、俺は受け?攻め?」
「受けでしたね」
絶望する佐万里!
しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ!
こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる