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借金を返そう2
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店に出ることになる前日、ヴァレンはミゼアスから最後の教えを受けていた。
客のあしらい方など、必要なことはもう教わっている。いわゆる最後の心得というやつだ。
普段はお調子者のヴァレンだが、さすがにこのときは神妙な顔で頷いていた。
「……最後に、これは僕からの贈り物」
そう言って、ミゼアスが一つの花月琴を持ってくる。
吸い込まれそうなほどの漆黒に、のたうつような蔓と花の細工が施された花月琴だ。どこか禍々しさすら感じる。それでいてなまめかしく、蔓と花の絡まりあいは背徳的で淫靡な宴を連想させた。
「これは……」
ヴァレンは思わずその花月琴に目を奪われた。
禍々しく、恐怖すらかき立てるというのに目が離せない。
「これは『貪欲宴』。呪われた花月琴といわれるほど、禍々しい音を出す。ちょっと弾いてみて」
ヴァレンは言われたとおり、おそるおそる『貪欲宴』に手を伸ばす。指先が触れると、ぞくりとするほど冷たい感触が伝わってきた。
まるで自らの熱を食われるような気がして、つい手を引っ込めてしまう。触れた場所がかすかに蠢いたような錯覚すら覚えた。
まるで嘲笑われているかのようだ。ヴァレンは恐怖よりも、むしろ少々むっとする。
一度大きく深呼吸をするとヴァレンは再び『貪欲宴』に向き合い、今度こそしっかりと触れた。最初に触れたときのような冷たさは感じられない。ただひんやりとした、むしろ心地よいくらいの感触だけがあった。
最初の感触は自らの思い込みによる幻だったのだろうか。不思議ではあったが、考えても仕方がないことは考えない。それがヴァレンの信条だ。
頭を切り替え、ヴァレンはゆっくりと弾き始めた。
すると流れたのは、深みのある美しい音だった。禍々しいどころか、重厚で荘厳な音色だ。
ヴァレンは自らの奏でた音に驚いた。いつもはからっ風のような音しか出せないのだ。このような深みのある音を出したのは初めてである。
「……予想どおりだよ。きみが奏でると、禍々しさがなくなって深みだけが残る。きみなら呑まれないと思ったよ。もともときみは技術的には問題がないんだ。この『貪欲宴』なら、素晴らしい音を出せる」
ミゼアスはそう言って目を細めた。
「これ……本当にくださるんですか?」
信じられない思いでヴァレンは問いかける。
「もちろん。これならきみも、賭博場で大儲けなんて馬鹿なことを考えなくて済むだろう?」
ミゼアスは優しく答え、微笑む。
「ありがとうございます……! 俺……大事にします……」
胸に熱いものが満ちていくのを感じながら、ヴァレンは答えた。
ミゼアスは花月琴の才がないヴァレンのために、この特別な花月琴を用意してくれたのだ。おそらく大変だったことだろう。
今までヴァレンはミゼアスに迷惑をかけることも多かった。それでもミゼアスはヴァレンを大切にしてくれたのだ。その思いにヴァレンは涙が出そうだった。
「あ……ところで、この『貪欲宴』をミゼアス兄さんが弾いたらどうなるんですか?」
ふと思いついた疑問を尋ねてみる。
「僕? ちょっと弾いてみたけれど……死にたくなるような音になるよ。おすすめできないな」
「はあ……」
確かに禍々しい音を出すというのなら、当代一の名手の手にかかればとんでもない音になりそうだ。
少々気にはなったが、今は翌日から客を取り始めるという大切なときだ。聴くことはやめておいたほうがよいかもしれない。
ヴァレンはとりあえず今日のところはあきらめ、そっと『貪欲宴』を指で撫でる。
先ほどまではひんやりとしていたはずだったのに、今はヴァレンの熱と溶け合ったかのように温もりすら感じるようだった。
客のあしらい方など、必要なことはもう教わっている。いわゆる最後の心得というやつだ。
普段はお調子者のヴァレンだが、さすがにこのときは神妙な顔で頷いていた。
「……最後に、これは僕からの贈り物」
そう言って、ミゼアスが一つの花月琴を持ってくる。
吸い込まれそうなほどの漆黒に、のたうつような蔓と花の細工が施された花月琴だ。どこか禍々しさすら感じる。それでいてなまめかしく、蔓と花の絡まりあいは背徳的で淫靡な宴を連想させた。
「これは……」
ヴァレンは思わずその花月琴に目を奪われた。
禍々しく、恐怖すらかき立てるというのに目が離せない。
「これは『貪欲宴』。呪われた花月琴といわれるほど、禍々しい音を出す。ちょっと弾いてみて」
ヴァレンは言われたとおり、おそるおそる『貪欲宴』に手を伸ばす。指先が触れると、ぞくりとするほど冷たい感触が伝わってきた。
まるで自らの熱を食われるような気がして、つい手を引っ込めてしまう。触れた場所がかすかに蠢いたような錯覚すら覚えた。
まるで嘲笑われているかのようだ。ヴァレンは恐怖よりも、むしろ少々むっとする。
一度大きく深呼吸をするとヴァレンは再び『貪欲宴』に向き合い、今度こそしっかりと触れた。最初に触れたときのような冷たさは感じられない。ただひんやりとした、むしろ心地よいくらいの感触だけがあった。
最初の感触は自らの思い込みによる幻だったのだろうか。不思議ではあったが、考えても仕方がないことは考えない。それがヴァレンの信条だ。
頭を切り替え、ヴァレンはゆっくりと弾き始めた。
すると流れたのは、深みのある美しい音だった。禍々しいどころか、重厚で荘厳な音色だ。
ヴァレンは自らの奏でた音に驚いた。いつもはからっ風のような音しか出せないのだ。このような深みのある音を出したのは初めてである。
「……予想どおりだよ。きみが奏でると、禍々しさがなくなって深みだけが残る。きみなら呑まれないと思ったよ。もともときみは技術的には問題がないんだ。この『貪欲宴』なら、素晴らしい音を出せる」
ミゼアスはそう言って目を細めた。
「これ……本当にくださるんですか?」
信じられない思いでヴァレンは問いかける。
「もちろん。これならきみも、賭博場で大儲けなんて馬鹿なことを考えなくて済むだろう?」
ミゼアスは優しく答え、微笑む。
「ありがとうございます……! 俺……大事にします……」
胸に熱いものが満ちていくのを感じながら、ヴァレンは答えた。
ミゼアスは花月琴の才がないヴァレンのために、この特別な花月琴を用意してくれたのだ。おそらく大変だったことだろう。
今までヴァレンはミゼアスに迷惑をかけることも多かった。それでもミゼアスはヴァレンを大切にしてくれたのだ。その思いにヴァレンは涙が出そうだった。
「あ……ところで、この『貪欲宴』をミゼアス兄さんが弾いたらどうなるんですか?」
ふと思いついた疑問を尋ねてみる。
「僕? ちょっと弾いてみたけれど……死にたくなるような音になるよ。おすすめできないな」
「はあ……」
確かに禍々しい音を出すというのなら、当代一の名手の手にかかればとんでもない音になりそうだ。
少々気にはなったが、今は翌日から客を取り始めるという大切なときだ。聴くことはやめておいたほうがよいかもしれない。
ヴァレンはとりあえず今日のところはあきらめ、そっと『貪欲宴』を指で撫でる。
先ほどまではひんやりとしていたはずだったのに、今はヴァレンの熱と溶け合ったかのように温もりすら感じるようだった。
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