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新婚夫婦
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アデルジェスははらはらと落ち着かない思いを隠し、何事もない態を装っていた。
すぐ近くでは、ミゼアスが真剣な顔つきでナイフを握り、リンゴの皮と格闘している。ぎこちないながらもナイフの持ち方は基本にのっとっており、危なっかしいところはない。皮は順調に削ぎ落とされていく。
やがてやや不恰好ながらも、食べやすい形に整えられたリンゴがアデルジェスの前に用意された。
「ジェス、あーんして」
ミゼアスはにっこりと笑いながら、串に刺したリンゴをアデルジェスの口元に運ぶ。
アデルジェスはミゼアスが怪我などせず、無事にリンゴとの格闘を終えたことに安堵しながら、言われたとおりに口を開いた。そっとリンゴが口の中に差し入れられ、アデルジェスは咀嚼して瑞々しい果汁が口に広がるのを味わう。
「うん、美味しいよ。ミゼアスがむいてくれたと思うと、さらに美味しい」
「よかった。もっと食べてね」
上機嫌のまま、ミゼアスはさらにリンゴをアデルジェスの口元に運んでいく。何度も繰り返され、ついにはリンゴ一個分がなくなってしまった。
「あ……全部食べちゃった。ミゼアスの分が……」
「僕はいいよ。ジェスに食べてもらえたら、僕は嬉しいの」
可愛らしいミゼアスの髪を撫でると、ミゼアスは嬉しそうな笑みを浮かべた。アデルジェスは微笑み返しながら、ふと卓の上にはまだむいていないリンゴが残っていることに気づく。
「じゃあ、今度は俺がミゼアスに食べさせてあげる」
アデルジェスはリンゴとナイフを手に取り、素早く皮をむく。くるくる回しながらナイフを動かすと、滑らかな皮が床へと垂れ下がっていった。
「ジェス……上手だね……」
ぼそりとした声で呟かれ、アデルジェスははっとする。見れば、ミゼアスの顔からは喜びの色彩が失われ、悲しげに俯いていた。
「あっ……い、いや、これは……つい癖で……」
かつてアデルジェスのいた兵舎では、野菜や果物の皮むきは下っ端の仕事であったり、罰当番であったりもした。アデルジェスも幾度となく経験済みで、慣れきっているのだ。
しかし、このままでは花嫁修業に勤しむミゼアスを傷つけてしまうかもしれない。
「で、でも、俺は味付けとか、ミゼアスのように繊細な盛り付けなんかはまったくもって無理だし! 兵舎で皮むきを繰り返していたから、慣れているだけで……」
「うん……慣れ、だよね」
必死に言葉を探して慰めようとするアデルジェスだったが、意外にもミゼアスは柔らかく微笑んだ。
「そうだよね。僕はまだ花嫁修業を始めたばかりだし……もっと、頑張って慣れていかないとね」
健気に頑張ろうとするミゼアスの姿に、アデルジェスは胸が熱くなる。思わずミゼアスを抱きしめると、ミゼアスはアデルジェスにそっと身を預けてきた。
「……ミゼアス、さすがにお腹いっぱいなんだけど……」
「まだまだ、こんなものじゃ足りないよ。もっといっぱい食べて」
アデルジェスの訴えなどあっさりと無視し、ミゼアスは皮をむいたリンゴを量産していく。
「やっぱり、慣れるためには回数をこなさないとね。僕、頑張るよ」
市場で大量のリンゴを仕入れてきたミゼアスは、皮むきの修行に勤しんでいた。もちろんその成果を味わうのはアデルジェスである。
「さすがにもう……残していい?」
「ダメに決まっているだろう。僕は食べ物を無駄にするのが大嫌いなんだ。全部食べるんだよ」
「はい……」
満腹だと悲鳴をあげる腹を押さえ、アデルジェスはうな垂れる。
「せめてリンゴだけじゃなくて、他の果物も取り入れてください……」
「考えとく」
最大限の譲歩を提案するが、ミゼアスはちらりとアデルジェスを振り返って答えただけで、すぐにリンゴの皮をむく作業に戻った。リンゴ責めは終わらない。
この後しばらく、アデルジェスはリンゴを見ただけで、胃のもたれを覚えるようになったのだった。
すぐ近くでは、ミゼアスが真剣な顔つきでナイフを握り、リンゴの皮と格闘している。ぎこちないながらもナイフの持ち方は基本にのっとっており、危なっかしいところはない。皮は順調に削ぎ落とされていく。
やがてやや不恰好ながらも、食べやすい形に整えられたリンゴがアデルジェスの前に用意された。
「ジェス、あーんして」
ミゼアスはにっこりと笑いながら、串に刺したリンゴをアデルジェスの口元に運ぶ。
アデルジェスはミゼアスが怪我などせず、無事にリンゴとの格闘を終えたことに安堵しながら、言われたとおりに口を開いた。そっとリンゴが口の中に差し入れられ、アデルジェスは咀嚼して瑞々しい果汁が口に広がるのを味わう。
「うん、美味しいよ。ミゼアスがむいてくれたと思うと、さらに美味しい」
「よかった。もっと食べてね」
上機嫌のまま、ミゼアスはさらにリンゴをアデルジェスの口元に運んでいく。何度も繰り返され、ついにはリンゴ一個分がなくなってしまった。
「あ……全部食べちゃった。ミゼアスの分が……」
「僕はいいよ。ジェスに食べてもらえたら、僕は嬉しいの」
可愛らしいミゼアスの髪を撫でると、ミゼアスは嬉しそうな笑みを浮かべた。アデルジェスは微笑み返しながら、ふと卓の上にはまだむいていないリンゴが残っていることに気づく。
「じゃあ、今度は俺がミゼアスに食べさせてあげる」
アデルジェスはリンゴとナイフを手に取り、素早く皮をむく。くるくる回しながらナイフを動かすと、滑らかな皮が床へと垂れ下がっていった。
「ジェス……上手だね……」
ぼそりとした声で呟かれ、アデルジェスははっとする。見れば、ミゼアスの顔からは喜びの色彩が失われ、悲しげに俯いていた。
「あっ……い、いや、これは……つい癖で……」
かつてアデルジェスのいた兵舎では、野菜や果物の皮むきは下っ端の仕事であったり、罰当番であったりもした。アデルジェスも幾度となく経験済みで、慣れきっているのだ。
しかし、このままでは花嫁修業に勤しむミゼアスを傷つけてしまうかもしれない。
「で、でも、俺は味付けとか、ミゼアスのように繊細な盛り付けなんかはまったくもって無理だし! 兵舎で皮むきを繰り返していたから、慣れているだけで……」
「うん……慣れ、だよね」
必死に言葉を探して慰めようとするアデルジェスだったが、意外にもミゼアスは柔らかく微笑んだ。
「そうだよね。僕はまだ花嫁修業を始めたばかりだし……もっと、頑張って慣れていかないとね」
健気に頑張ろうとするミゼアスの姿に、アデルジェスは胸が熱くなる。思わずミゼアスを抱きしめると、ミゼアスはアデルジェスにそっと身を預けてきた。
「……ミゼアス、さすがにお腹いっぱいなんだけど……」
「まだまだ、こんなものじゃ足りないよ。もっといっぱい食べて」
アデルジェスの訴えなどあっさりと無視し、ミゼアスは皮をむいたリンゴを量産していく。
「やっぱり、慣れるためには回数をこなさないとね。僕、頑張るよ」
市場で大量のリンゴを仕入れてきたミゼアスは、皮むきの修行に勤しんでいた。もちろんその成果を味わうのはアデルジェスである。
「さすがにもう……残していい?」
「ダメに決まっているだろう。僕は食べ物を無駄にするのが大嫌いなんだ。全部食べるんだよ」
「はい……」
満腹だと悲鳴をあげる腹を押さえ、アデルジェスはうな垂れる。
「せめてリンゴだけじゃなくて、他の果物も取り入れてください……」
「考えとく」
最大限の譲歩を提案するが、ミゼアスはちらりとアデルジェスを振り返って答えただけで、すぐにリンゴの皮をむく作業に戻った。リンゴ責めは終わらない。
この後しばらく、アデルジェスはリンゴを見ただけで、胃のもたれを覚えるようになったのだった。
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