オリオンの館~集められた招待客~

翔子

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 真相へ導く切り札

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 黒田龍三の遺体は、香川と協力して安置室へと苦労の末運び込んだ。初めて安置室を訪れたが、死体を腐らせないように強力な冷房が掛かっていてドアを開けた瞬間、身震いがした。

 安置室というより病院の霊安室のような設えだった。異常に殺風景で、室内が冷えるように鉄板のような壁がこちらを見つめてくる。床はタイル状になっており、薬品が並んだカートが傍らにひっそりと佇んでいる。部屋の中央には遺体用のストレッチャーが二台置かれ、それぞれに白い布が被されている。

 ただでさえ体格のある黒田龍三を辛そうに支える重崎を内心で笑いながら、土倉は奥の扉にある物置部屋から平べったくなった予備用のストレッチャーを組み立て、ほかの遺体の傍に寄せて、動かないようにブレーキペダルを踏んだ。肩と脚、それぞれ抱える香川と重崎を輔けながら遺体をストレッチャーに乗せた。表情を歪ませることなく香川は足早に物置に向かい、白い布を被せた。

「ご協力ありがとうございました」

 ゆっくりと頭を下げながら香川が言った。平然を装いながらも肩を小さく揺らしている所を見て、相当疲弊しているようだ。

「いいえ……。あの、これからどうなさるんですか?」

 土倉は白い布を眺めながら香川に尋ねた。

「これからご遺体が腐敗しないようにエンバーミングを行います」

「エンバーミング? そんなことまで出来るんですか?」

「はい。執事としてご主人様にお仕え始めた頃からお時間を頂戴し、遺体処理方法の学びを得ましてございます」

「確か、この安置室をお墓とするためでしたっけ」

「左様にございます。ご主人様は大変、火葬を嫌っておいでなので身体を保ちながらこの世を去りたいとお考えなのです」

───────────────────────

 その後、身体は疲れているはずなのに一向に眠れなかった。いや、眠れるわけがなかった。しかし、呑気にも隣にはひどい鼾をかいている男がいる、

「良く寝れるな……本当に刑事かお前……」

 聞こえるわけのない愚痴を呟きながら、土倉は様々な証拠や手がかかりを整理した。

 まず、第一の犠牲者、宮下薫。
 招待状を受け取った───いわゆる「主客」側の、専門学生。同じK美容専門学校に通う同級生にして親友の堤冷花を同伴者に据え、二人揃って『オリオンの宴』に参加した。『オリオンの館』を別荘として貰い受ける為にここにやって来たようで、その点から松岡美幸が受け取った招待状と全く違うものが送られていたことを意味していた。
 不幸にも『宴』初日に何者かによって首を折られ、殺害されてしまった。元気でイマドキの若者という感じで土倉自身、好感を持っていた。


 そして、第二の犠牲者、城定。
 【オリオンの裁き】によって殺害された住所不定の男。【裁き】そのものの正体や目的は未だ不明だが、土倉が考えるに、「寝込みを襲う」という勝手な行いをしたとして処刑されたのだろう。
 その殺され方は俊敏で残忍さを帯びていた。何者かによって胸を矢で射抜かれ、壁に頭や両手足をナイフで打ち付けられていた。遺体の血で両手両足との間に点と点で奇妙に結ばれてあり、その形はさしずめ鼓のようでまさしくオリオン座に見えた。それらは直接的な死因にはならず、体中をめった刺しにされ、その刺し傷からこぼれ出る事による失血死だ。



 続いて、第三の犠牲者、黒田龍三。
 妻・黒田冴子と眠る豪華な客室で残酷にも頭を斧でかち割られ絶命した。布団を深く被り、目を瞑ったまま亡くなっていたのを見ると、寝ているところを一息で殺された。相当な恨みが無ければあそこまで残酷非道な行いはできないはずだ。もっとも、黒田龍三は妻以外の者に対する態度は褒められたものではない。それ故に、意趣遺恨のいしゅいこんのある人間を生んだとしても不思議ではない。

 しかし、この『館』は招待された客とそれに同伴する者、『館』の主と執事以外のよそ者は存在しない。『オリオンの館』に続く橋は上げられたままにされているはずだ。それに、事務所でコピーしておいた地図で見る限り、ここは周りの社会から遮断されただ。深い森が広がり、数キロ先には大きな川が流れている。

 土倉はあることに違和感を抱いた。それは、なぜなのかという事だ。

 胸に向かって斧を一気に振り下ろせば秒で息の根を絶つ事が出来る。しかしそこを外して頭を真っ二つに割ることを選んだ。相当な返り血を浴びることになったはずだ。
 防弾チョッキを着こんでいたことを、まるで知っていたかのような行為……。

「防弾チョッキ? ……は?」

 事情聴取で黒田冴子が教えてくれた。言葉を詰まらせたところを見ると夫に口止めされていた様子だった。聴取を待つ容疑者たちは皆、螺旋階段の所で待機するように伝えてあった。書斎の外から声が聞こえはしないか重崎と試しに確認したが、防音はしっかりしていた。盗み聞きすることなど出来るはずがない。
 
 目頭を押さえながら記憶の引き出しを開け放っていると、ある瞬間が目に入った。ゆっくりと開かれる書斎の扉、そこから現れた麗しい人物。

「まさか……」

 信じたくはなかったが、どうしても合点がいく。
 依頼人として事務所に訪ねて来た時、宛名も住所の記載もない招待状を開けたという行為は普通の人間ではできないことだ。招待された理由を尋ねても、彼女はどぎまぎするだけで何も教えてくれなかった。招待状を読み終えた途端に電話が鳴り、招待状に記載されてないことを告げられたということも半ば理解不能だった。電話番号を一体どこで知り得たのか、住所をどうやって入手したのか、様々な謎が蘇ってきた。

 初めて会った時と『館』にいる時の彼女は別人に見えた。なんと言おうか、生き生きとしているようにも。香川に対する接し方も慣れており、図書館ではなく、中庭に直行したのも違和感があった。あれは、まるで、慣れ親しんだ場所に行く、子供のようだ。さらに付け加えると城定が【裁き】で死んだことを知っていたかのような素振りも見せた。

 美人でタイプだからと言って、探偵でありながら基本的な ”疑う”という行為を放棄してしまっていた。土倉は大きくため息をつきながら、自身の愚かなが無性に腹が立った。
 
───────────────────────

一月二十八日(木) 

八時三十分 ───────

 寝不足のまま、朝がやって来た。香川のモーニングコールに応答出来ず、逆に重崎が土倉を起こした。朝食を摂った後、二人は香川に安置室に入る許可をもらった。

安置室**

 白い布が被された三台のストレッチャーは微動だにせず横たわっている。

 張り詰めた寒い空気が、大広間で食事していた時と似ていると思った。沈黙を貫く三つの遺体は土倉に語り掛けてはくれなかった。しかし、触れて確認することはできる。

 宮下薫の遺体から白い布を取り外すと、香川によって死化粧されたことで生前の姿を思い起こされた。手袋を嵌め、首元に触れた。骨が完全に折られている。初見で見た通りの赤黒くなった痣。そして、蛍光灯の明かりではっきりとした掌の形。

「一度、紐状のもので括り、その後に手を掛けられた」

「なあ……急に独り言いうなよ。ビビるぜ」

「強靭な力の持ち主の仕業だろう。男か、もしくは女」

 土倉が宮下薫の首に顔を近付かせながら言うと、重崎は反論した、

「おい! 女はありえねーだろ! この『館』にいる女は力持ちそうには見えねーぞ」

「女の身体は大体が脂肪だ。体内で筋肉が発達してる可能性は大いにある。それに何度も言うが、男女関係なくこの『館』にいる全員が容疑者なんだよ。─── それに、俺のポケットに入ってた釣り糸、あれは確かに凶器だ」

「お前、そうとは限らねぇって言ってたじゃねえか!!」

 初めはそう思っていた、だが、よくよく考えると宮下薫の傍には確かあいつがいた……。


 続いて、城定じょうじょうに被された白い布を外した。死化粧を施しても胸と腹の傷は生々しく残っている。身体を貫通し、ストレッチャーの鉄板が見えるほどだ。どれほど残忍な殺され方なのか、きっと日本の事件の犯罪史に残るだろう。猫背の男が伸ばされたまま壁に打ち付けられたあの姿……今でもあの光景を思い出す。

「こいつの名前……なんだったけ?」

 重崎が、今にも吐きそうになりながら土倉に尋ねた。土倉は掠れ声で応えた、

「城定……」

「城定って珍しい苗字だな?」

「日本で四百人ぐらいしか居ない珍しい苗字だよ。ちなみに八王子に多いらしい」

 顔を上げながら土倉が言う言葉に、重崎は驚いた、

「八王子!? え、じゃあ、この男はここら辺で生まれたって事か?!」

 城定の遺体を掌で指しながらに思わず大声を出した。

「さあな……。ただ、所持品の中に身分証は入ってなかった、文字通りホームレスなんだ。俺を殺そうとして【オリオンの裁き】を受けた犠牲者。けど俺は【裁き】に見せかけられた殺人と見ている」
 
 次に黒田龍三の遺体から白い布を取り外すと、安置室に続く階段から下りてくる足音がした。土倉たちは思わず身構えた、しかしそれはすぐに解かれた。突然の訪問者の正体は、官僚事務次官をしている佐藤晴彦であった。安置室を興味深そうな顔で見回しながら階段を下りて来た。

「佐藤さん? ここに何しに来たんですか」

 土倉が尋ねると、佐藤晴彦は上から目線で吐き捨てた、

「君たちがここに入るのを見て、来たんだ。何か悪いか?」

 初めて会った時からプライドが高くて、偉そうにするその態度。警視庁にも似たような者はいたが、そいつは決まって逃げ出し、挙句交番勤務に逆戻りしていた。

「何の用だよ!」

 重崎も相当気に食わないのか、喧嘩腰で威嚇した。このままじゃ殴り合いになりそうな勢いだ。しかし佐藤晴彦は怯まずに土倉たちの前に近づき、三人の遺体を眺めながら呟いた、

「君たちは知っているかな? 押田おしだ財閥の事」

 唐突に語り出した、佐藤晴彦の呟きに土倉は記憶を巡らした。それは二十年前、中学三年生だった土倉は、探偵もののテレビドラマを観ていた折、突如として画面上に速報が流れた。

~大手企業資産家・押田財閥が倒産 社長含め一家心中~

 その言葉の羅列が、今の土倉の記憶にも鮮明に残っている。

「二十年前に倒産し、一家心中したっていう……」

 土倉が応えると佐藤晴彦は何事もなかったように続けた、

「この『館』は、押田財閥がかつて所有していた屋敷だ。それを二十年前、ここに横たわっている黒田龍三が買収し、押田夫妻を自殺へと追い込んだ。今度はきっと、僕が殺されるに違いない」

「何故、そう思うんですか?」

 土倉が尋ねると、佐藤晴彦は思い詰めた瞳で黒田龍三の亡骸を睨み付けた、

「僕が、押田財閥の社長を騙したからだ」

 佐藤晴彦は事の次第を語り出した、

「僕は官僚事務次官になる前、弁護士だった。ただ、弁護士と言っても閑古鳥の鳴く事務所でね。一人も依頼人が来ない日の方が多かった。どうしても金が必要だった。それで知り合いのツテを使って、押田財閥の次に多くの資産を所有する黒田と繋がる事が出来た。弁護士から官僚になれる道を作ってくれる代わりに、押田家の資産を騙し取るように依頼されたんだ」

 土倉と重崎は住む世界が違う話に息を呑んだ。佐藤晴彦はさらに続けた、

「押田家には一人娘がいる。経営破綻する前に、両親から親戚に養女に出されて今も生きている。きっと、あの『仮面』の正体はその娘で、押田家を潰された腹いせに、黒田を殺したんだ……。次は、押田社長に契約させたこの僕……」

 押田家の娘がこの『オリオンの宴』を開き、押田家と関係がある人物を招待客として呼び寄せた。二十年ものの間、佐藤晴彦が黒田と何らかの理由で疎遠になり、思い出せないほどに刻ませた皺は、一人娘の一つ一つの恨みと悲しみの証なのだ。

 土倉は佐藤晴彦に尋ねた。この事が世間に知られれば、地位も名誉も奈落の底。何故、赤の他人である土倉たちに話してくれたのか、気になったのだ。探偵の問いに佐藤晴彦は思わず噴き出した、

「君たちがいつまで経っても解決策が見つからなさそうに思えたから、少しでも力になりたいと思ってね。君たちの仕事は事件を解明する事だろ」

 土倉は驚いた。大げさに芝居じみた手振りをするところが、自分に似ていた。当初、土倉はこの男の第一印象ですべてを決めつけていた。プライドが高そうで威張り散らす。しかし本心は誰かのために役に立ちたいという固い意志が感じられた。毎夜スーツを着て仕事をしているのも、事務次官としての責任感を忘れまいとする誇りなのかもしれない。

 佐藤晴彦は、土倉と重崎を足した様な人間に思えた。確かに、押田財閥を騙したのは悪いことだと思う。しかし、生きるためには仕方のないことだ。この男も黒田に操られた犠牲者なのだ。

 重崎も同じことを感じたのか、嫌っていた男に対し称え始めた、

「あんた、ただのプライド高え、いけ好かねえ野郎かと思ったが、ちょっとは見直したぜ」

「安い歩合制で働いている君たちを見て、可哀想だなと思ったまでだ。勘違いするな」

わりい、前言撤回だ」

 一度露わにした心の内を照れ隠しから嘲笑するのを受け、重崎が途端にふざけ出し佐藤晴彦にヘッドロックをかました。

 緊迫な空気を纏ったこの『館』に、初めて笑いが満ちた。この瞬間何かが変わるかと土倉は二人を眺めながら期待に心を弾ませた……。
 
 しかし、オリオンの輝きは決して微笑んではくれなかった。
 

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