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・・・『集結』・・・

ご近所さん廻り

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私の家が所属する班は10軒で構成される・・1軒ずつ全員揃って訪問させて頂き、朝のご挨拶と共にこれから少々お騒がせするかも知れない旨を申し伝えてお詫びかたがた寸志を手渡すと、あとはスタッフクルーのメンバーを紹介するルーティンだが・・彼女達は実に上手くやってくれる・・。
 
プロのトップ女優であるにも拘らず、様々なファンサービスを笑顔で惜しみなく提供して共有し、その場を盛り上げ続ける彼女達を観ていると、頼もしさを感じる・・。
 
4軒目への訪問を終える頃になると、野次馬が目立って増えてくる・・。
 
彼女達の野次馬への対応も、流石と言うしかない・・。
 
ゲーム大会の事・・・リアリティ・ライヴバラエティショウの事・・・私の事・・・『ディファイアント』の事・・・自分達の事を要領よく説明しながら、様々なファンサービスを交えつつ応援への協力を明るく盛り上げながら
取り付けていく・・その流れるような人捌きには、舌を捲かされる・・。
 
10軒目への訪問を終えると野次馬も50人ほどに膨れ上がっていたので、暫く時間を取って記念画像の撮影会と、画像へのサイン会を歩道の路上で行う・・。
 
これには確かにいつまでもついて来る野次馬を捌いて帰らせる効果があったのだが、同時にこれ自体が周辺の人を呼び寄せてしまう結果にもなった。
 
ある程度捌けても、20人以下には減らない状態が続く・・。
 
私の自宅が所属している班の周囲にある5つの班の班長さんのお宅にも全員揃って訪問させて頂き、ご挨拶とお詫びかたがた和やかに交流した・・。
 
スタッフクルーの彼女達が明るく盛り上げてくれるので、訪問先のご家族にも大層喜んで貰えたようだ・・。
 
アリソンが噂で聞いた、報道関係者が訪問したらしいお宅にも伺い、ご挨拶とお詫びの上で寸志を手渡してお話を聞いたが、報道関係者がこれまでに8軒のお宅を訪問した事が判ったので、その8軒を順次に訪問していく・・。
 
気が付くと野次馬は10人ほどに減っていて、その殆どがアリシアの学校の生徒だ・・。
 
訪問から訪問の間に改めて彼等とも話をして、アリシアを中心に一つのグループとしてまとまって貰う事になる・・。
 
8軒への訪問を終えて最後に自治会長さんのお宅にもお邪魔させて頂いた・・。
 
自治会長さんとは少し時間を取ってお話させて頂き、自治会としても報道関係者への対応は改めて考え直したいとの意向を覗えた・・。
 
自治会長さんがシエナ・ミュラーさんとリーア・ミスタンテさんのファンであったのは行幸だった・・彼女達とのスリーショットの画像に全員のサインを添えて進呈させて頂いたが、いたく喜んで頂けたようだ・・。
 
自治会長さんのお宅を辞してから自宅へと戻る道すがらで、アリシアと生徒達は私達から離脱してカフェに行く事を示し合せたらしく、私は娘から小遣いをせびられる父親と言う役回りを演じさせられる羽目になった・・。
 
余ったギフトカードを1枚渡すと彼等と一緒に反対側の歩道へと渡り、程無くして角を折れて行く・・。
 
「・・歩いて行くのか・?・結構あるだろうに・・」
 
「・・若いんですよ・・」と、シエナ・ミュラーがそう言って微笑む・・。
 
自宅へと帰着した私は全員に向け、心を込めてミルクティーを淹れ始める・・勿論ティーカップは足りない・・大小様々な容れ物に心を込めて淹れていく・・全員に行き渡ったところで、皆の前に立つ・・。
 
「・・皆、今日はお疲れ様でした・・そして本当にありがとう・・助かりました・・ゆっくり休んでいって下さい・・ポトフもまだ食べられるからね・・それで・・激励壮行会には、何人くらい参加できるだろう・・?・・」
 
ハル・ハートリーが立ち上る。
 
「・・艦長・・ここに居る全員は壮行会に参加します・・問題はありません・・また、残りの全クルーに向けても参加を呼び掛けます・・明日の日没までには、私からご連絡を差し上げます・・」
 
「・・ありがとう、ハルさん・・宜しくお願いします・・」
 
「・・皆・・今からする話は『ディファイアント』が出港する直前に全クルーに向けてするつもりでいたんだけれども、良い機会だから今の君達にも話して置こうと思う・・私を支えて付いて来てくれるのは嬉しいし有難いと思う・・本当に感謝しているよ・・だが、私は普通の人間だ・・間違いもするし、思い違いや勘違いもあるだろうし・・足りない場合もあるだろう・・だから、盲信や盲従は御法度だ・・言い方を換えよう・・私が何かを指示したり方針や作戦を説明したりしている時には、改善点や修正点を探して欲しい・・そしてそれに気付いたり見付けたりしたら、遠慮せずに直ぐに言ってくれ・・よりベターなものを皆で一緒に見付けよう・・良いかな・?・宜しく頼む・・後もう一つ、これは今日思い付いたアイディアなんだけれども・・クルー全員の個室にアイソレーション・タンクベッドを設置して貰えるように、番組の制作サイドと交渉を始めます・・これは追加の費用を支払ってでも実現させるつもりでいるから、皆は何も心配しなくて良いからね・・」
 
「・・アドルさん・・アイソレーション・タンクベッドは高額です・・総ての個室に設置するとなると巨額になります・・ほぼ確実に費用を請求されますが・・?・・」
 
と、ハル・ハートリーが心配そうに訊くが・・。
 
「・・うん・・会社にも言って、出してくれと頼むよ・・多分、渋らないだろうと思うんだ・・私達の『ディファイアント』を強く視聴者と世間に印象付ける為に、わざわざ巨額を投じて自前の艦を参加させようとしているんだからね・・まあ渋ったとしても半分は出して貰うさ・・残りの半分を支払う方策は、幾らでもあるだろう・・それと・・これはまだ噂の段階なんだけれども、カウンセラーには話してある・・本社営業本部内に営業第4課が創設されて・・私がそこの初代課長に抜擢されるんじゃないかって話だ・・これはまだ私の口からは何とも言えない段階なんだが・・そう言う噂もある・・と、まあ今のところ私からはこんなところです・・」
 
そう言って私は彼女達の中に入り、どっかりと腰を降ろして胡坐を掻く・・
見遣るとアリソンが、ポトフのレシピを希望するメンバーにプリントを配って廻っている・・。
 
眼の前にアリシア・シャニーンが座っていたので、お互いに微笑み合う・・。
 
「・・ああ・・君と娘を引き合わせたかったんだけれども・・先に友達と遊びに行ってしまったよ・・申し訳ないね・・?・・」
 
「・・いいえ・・お嬢さんとはご近所での訪問から訪問の間に結構お話しましたよ・・」
 
そう言って娘のメディア・カードを見せてくれる・・。
 
「・・そうだったんだ・・どうもありがとう・・」
 
「・・いいえ、どう致しまして・・素敵に可愛い、明るいお嬢さんですね・・アドルさんと奥様がとても素晴らしい方なので・・明るい娘さんに成長しているように思います・・」
 
「・・まだ表現者とか、演技者への志望を固めているのかどうかは、微妙なようだけどね・・」
 
そう言いながら私はポトフのカップを貰って食べ始める・・。
 
「・・今はまだそれでも良いと思いますよ・・何と言ってもハイスクールの1年生ですからね・・」
 
「・・そうだね・・私も今は、それで良いと思うよ・・」
 
「・・お嬢さんのお父さんがアドルさんで・・お嬢さんが羨ましいです・・少し嫉妬しました・・」
 
「・・父親としては、まだまだだけれどもね・・」
 
「・・いいえ・・素晴らしいお父さんだと思いますよ・・」
 
「・・そうですか・・どうもありがとう・・」
 
そう応えた後である事を思い出した私は、「・・ちょっとごめんね・・」と彼女に言い置いて、ポトフのカップを持ったまま立ち上がって、また皆の前に立った・・。
 
「・・ちょっとごめんなさい・・たった今思い出した事があって・・良い機会なので、ここで協議して決定します・・『ディファイアント』に搭載されている8機のシャトルの内の1機を、エマ・ラトナーさんの専用機にする、と言う提案についてです・・捕捉しますが、専用と言っても絶対とはしません・・非常時に於いては状況・状態に応じて臨機応変に対処します・・それを踏まえた上での専用機認定です・・賛成及び諒承される方は、挙手をお願いします・・」
 
全員が手を挙げる・・予想通りではある・・。
 
「・・はい、ありがとうございます・・全員一致で決定され、司令部としても諒承されました・・エマさん・・機体の選抜は任せますので、判りやすい印を考えて置いて下さい・・カラーリングの変更については、追々に考えましょう・・皆さんと出掛ける前に会社が営利法人としてゲームに参加すると発表しましたが、もしかするともっと単純に、この『ディファイアント』を自艦の引き立て役にしようって積りなのかも知れない・・もしもそうならやってみれば良い・・こっちが逆に食ってやろう・・何にしても『ディファイアント』の周りをチョロチョロと纏わり付くようなら、容赦なく撃沈して辞職すると釘は刺してありますから・・こちらを追尾して来るような事は無いだろうと思います・・何も気にしないで始めましょう・・改めまして、今日は本当にありがとうございました・・お疲れ様でした・・他に何か報告や提案や発言があれば、遠慮なく言って下さい・・」
 
私がそこで言葉を切るとリサさんがどこからか私の隣迄来て立ち、皆を見渡す。
 
「・・皆さん・・私もアドル・エルクさんを心から支える者の1人として・・今ここで皆さんにお伝えしなければならないと思い、立ちました・・・私は、私とアドル・エルクさんが勤務するクライトン国際総合商社の社長・・トーマス・クライトンの娘です・・・」
 
「・・!?・・えっ・?・・娘って・・ミルズって・・?・・」
 
と、エマ・ラトナーが言葉を上ずらせる・・。
 
「・・ミルズは母の旧姓です・・ですから、私の本名はリサ・クライトンです・・会社で私の素性を承知していると、私が承知しているのは、副社長・専務・常務・人事部長だけの筈です・・素性を隠して入社したのは、特別扱いをさせたくなかったのと、されたくなかったと言う両方面での思惑と言うか、理由からです・・信じて頂きたいのですが、今の私は100%アドル・エルクさんを心から支えます・・アドル・エルクさんの秘書として立候補したのは、私自身の意志です・・認めたのは会社ですが・・会社がアドル・エルクさんに対して、どのような思惑を持っているのか、私は知りません・・本当です・・例えどのような思惑を持っていようとも私は、アドルさんを支持して支えます・・会社の思惑がアドルさんとご家族を動揺させるようなベクトルを指向しているのなら・・それに基づく指示には従いません・・絶対に・・父が言っても従いません・・それは、今の私の総てを懸けて誓約致します・・私も・・皆さんの仲間の1人にして欲しいんです・・どうか・・お願いします・・・」
 
最後は言葉を詰まらせて俯き、涙を零した・・。
 
私は彼女を抱き寄せてハグし、右手で彼女の頭を・・左手で彼女の背を優しく宥めるように3回擦ると身体を離して、私のハンカチを彼女の右手に握らせる。
 
「・・リサさん・・よく話してくれましたね・・正直・・こんなに早く・・それも皆の前で・・打ち明けてくれた事には・・驚きましたし・・感謝もしています・・こんなに早く打ち明けてくれるとは思っていませんでしたよ・・僕は以前にも言ったね・・?・・僕は君を全面的に信頼すると・・だから僕と君との関係に何も変化は無いよ・・それに、ここでも君にも言ったけど・・会社は僕に強要も干渉もしないだろう・・だから、それに類するような指示を君に出す事も無いだろう・・だから君も・・何も気にしなくて良い・・君は最初から、僕達の仲間だよ・・・」
 
「・・そうだよ、リサさん・・あたし達は最初から貴女を仲間として観ていたよ・・だってリサさんが秘書として就いていないと、アドルさんが最高にならないもん・・これまでも、今も、これからも、貴女は最高の仲間だよ・・分かった・?!・・」
 
ハンナ・ウェアーがそう言いながら、涙ぐみつつリサさんの両手を両手で握る・・シエナ・ミュラーは何も言わずにリサさんを両手で抱き寄せてハグする・・他のメンバーは全員立ち上って、拍手でリサ・ミルズを称えている・・。
 
「・・リサさん・・大丈夫・・?・・」
 
改めて彼女の右肩に左手を置いて訊く・・。
 
「・・ありがとうございます・・大丈夫です・・」
 
ハンカチで涙を拭うが眼は赤い・・無理もない・・。
 
「・・リサさん・・『ディファイアント』に所属する全員は、今後も何も変わらない・・君も含めてね・・良いね・・?・・」
 
「・・はい・・はい・・ありがとうございます・・これからも宜しくお願いします・・取り乱してすみません・・・」
 
「・・良いんだよ・・皆何かしら一つはあるさ・・だから、謝るのも気にするのも無しだ・・ここでのこの話はこれで終わりだよ・・リサさん・・今日ここで君が打ち明けたと言う事を・・お父上や会社の役員に・・言うか言わないかは君に任せる・・この件に関して、私に君に対して何かを指示できる権限は無いからね・・君の心に一任するよ・・ただ、マーリー・マトリンさん・・君にはお願いしたい・・職場の皆には黙っていてくれないか・・?・・これは指示じゃないが、職場の同僚としてのリサさんを守るためのお願いだ・・どうかな・・?・・」
 
「・・分かりました・・職場の人には言いません・・」
 
「・・アドルさん・・私は・・
 
「・・君は何も答えなくて良い・・君の心に一任すると言った・・だから、この件に関してのみ・・私と君との間に、今後も会話は無い・・」
 
言い掛けるリサ・ミルズの言葉を遮り、私はそう言い渡した・・。
 
「・・アドルさん・・宜しいのですか・・?・・」
 
そう言って歩み寄るハル・ハートリーの左肩に左手を置いて言う・・。
 
「・・これで良いんですよ、ハルさん・・私は誰も束縛したくないし、しません・・私が指示を出すのは、艦内でだけです・・それに知られても知られなくても・・会社の私に対する思惑とか対応に、変化は無いと思います・・大丈夫ですよ・・心配ありません・・改めて、貴女に作戦参謀のポストに就いて貰ったのは、正解でした・・」
 
それを聴くとハル・ハートリーは顔を赤くして俯いた・・。
 
「・・さあ、副長・!・それに皆さん、今日も予定があるでしょう・・?・・ご近所さん廻りに付き合って頂いて、本当にありがとうございました・・ですが、ここでお開きにしましょう・・駐車スペースまで送りますので、気を付けて帰って下さい・・」
 
「・・皆さん、今日は本当にありがとうございました・・私からもお礼申し上げます・・大したおもてなしも出来ませんでしたのに、ありがとうございました・・これからも宜しくお願い致します・・」
 
アリソンがエプロンで両手を拭いながらそう言って、頭を下げる・・。
 
スタッフクルーの皆もそれぞれ口々にお礼と別れの挨拶を述べて立ち上り、身嗜みを整えて1人ずつアリソンと握手を交わして玄関に向かう・・。
 
私もアリソンと最後に玄関に向かい、そのまま外に出て私が彼女達と一緒に歩いて行くのを、アリソンは手を振りながら見送る・・。
 
ハンナさんのエレカーに着くまで、誰も何も言わなかった・・。
 
「・・それじゃ、副長・・後は宜しくお願いします・・」
 
「・・了解しました・・お任せ下さい・・」
 
「・・ハンナさん・・リサさんを頼みます・・」
 
「・・分かりました・・お任せ下さい・・」
 
「・・マーリー・・気を付けて帰ってね・・また月曜日に会社でな・・」
 
「・・はい・・分かりました・・」
 
リサさんは涙ぐみながら縋るような目付きで私を観ている・・。
 
私が両手で柔かく抱き寄せてハグすると、彼女は顔を私の右肩に押し付けて震えた・・。
 
そのまま5分程そうしていたが、彼女は自分から身体を離し、涙を拭ったハンカチを私に返して俯いたまま車に乗り込んだ・・。
 
右手を挙げてハンナ・ウエアーに合図すると、エレカーは動き出して車道に入り、加速して行く・・。
 
見送りつつバスの駐車スペースに向けて歩き始める・・。
 
「・・アドルさん・・彼女の素性をご存知だったのですか・・?・・」
 
ハル・ハートリーが私の右側を歩きながら訊く・・。
 
「・・役員の内の誰かの親族だろうな、とは思っていたけどね・・社長の娘だとは知らなかったよ・・」
 
「・・これから、どうされるのですか・・?・・」
 
「・・基本的にはどうもしない・・知られても知られなくても、状況は然程に変化しないと思うよ・・私に干渉するようなら辞職すると、釘は刺してあるからね・・しかし・・彼女・・2度と会えなくなるみたいな顔してた・・辛かったんだな・・もっと話を聴いてやるべきだった・・あの部屋を観た時に・・訊けば良かったよ・・」
 
「・・私・・申し訳ないですけど・・リサさんに嫉妬しました・・」
 
そう言いながらエマ・ラトナーが私の左手を右手で取ったが、リサさんに貸していた私のハンカチに触れると驚いて手を離す・・。
 
「・・ああ、ごめん・・ぐっしょりだろ・・?・・」
 
そう言ってハンカチをポケットに入れる・・。
 
するとエマさんがまた私の左手を取ったので、そのまま手を繋いで歩く・・。
 
「・・ちょっと、エマ・!?・・何をやってるのよ・・?!・・」
 
そう言ってハル・ハートリーがエマ・ラトナーを咎めたが・・、
 
「・・ああ、良いですよ、ハルさん・・別に手を繋いで歩くくらいは・・エマさん・・来週の金曜日までは、時間が取り難いだろうとは思いますが・・開幕までにジェットで2回は飛んで貰えませんか・・?・・」
 
「・・分かりました・・必ず、2回は飛びます・・」
 
「・・宜しく・・リーアさんは、彼女の機体の整備をお願いしますね・・?・・エンジンマニュアルは読み込んでいますか・?・何か難しい所はありませんか・?・」
 
「・・はい・・承知しています・・なかなか手応えのある読み物です・・難しい箇所もありますが、調べながら何とか読み進めています・・」
 
「・・そうですか・・ロリーナさん・・開幕までに機関部長と2人で、エンジンマニュアルの読み合わせ読了を3回終了して下さい・・それが機関部長と副機関部長への宿題です・・宜しいですか・・?・・」
 
「・・分かりました・・3回読了して、100%理解するようにします・・ありがとうございます・・」
 
「・・アドルさん・・ロリーナと呼んで下さって、ありがとうございます・・分かりました・・リーアと一緒に100%理解できるようにします・・」
 
「・・宜しくお願いしますね・・ハル参謀・・課題の検討はどうですか・・?・・」
 
「・・すみません・・まだ検討中です・・」
 
「・・良いですよ・・マニュアルを読み込んだら、落着いて考えてみて下さい・・そうだ・・エレーナさんにも説明して、一緒に考えて下さい・・」
 
「・・分かりました・・エレーナとも一緒に考えて、解答を出します・・」
 
「・・エレーナさん・!・ちょっとこちらへ・・」
 
と、私はエマ・ラトナーの右手と繋いでいた左手を離して、エレーナ・キーンを手招きし、傍に来させる・・。
 
「・・はい、アドルさん・・何でしょう・・?・・」
 
彼女が左から傍に寄って来ると、エマ・ラトナーは自然な形で後ろに退がった。
 
エレーナ・キーン・・34才・・女優であり歌手でもあるが、彼女はWSSBGS (ワールド・ステラテジィ・シミュレーション・ボード・ゲーム・ソサエティ)が公式に認めるプロのボードゲーム・プレイヤーであり、女流5段のランクを保持している・・女性芸能人でこれ以上のランクを保持している人はいない・・3段に1人・・2段に3人・・初段に5人がいるだけだ・・彼女が私の貰ったリストに載っていたのも僥倖だった・・正直、彼女を参謀に据えても、不思議でもおかしくもない・・やや細面でやや細身で・・ふくよかな温かさと言う印象ではないが・・白と黄色が数条入るライトブラウンで、ナチュラルボーイッシュショートの髪が、美しい青年のような印象を与える・・。
 
「・・開幕までに、カップ戦かリーグ戦での対局はありますか・・?・・」
 
「・・はい・・えっと・・2局ありますね・・それが何か・・?・・」
 
「・・その内の一局は、必ず勝って下さい・・それが貴女への宿題です・・宜しいですか・・?・・」
 
「・・分かりました・・一局は必ず勝てるように、最善を尽くして臨みます・・」
 
少し驚いたようだったが、直ぐに笑顔を見せて応える・・。
 
「・・宜しくお願いしますね・・」
 
そう言って歩きながら右側を見遣ると、エドナ・ラティスとレナ・ライスが並んで歩いていて、エドナと眼が合ったので右手で2人を手招いて傍に呼び寄せる。
 
「・・はい・?・何でしょうか・・アドルさん・・?・・」
 
と、レナ・ライスが訊く・・。
 
「・・宿題を与えて頂けるのでしたら、嬉しいです・・」
 
と、エドナ・ラティスが笑顔を見せる・・。
 
「・・そうです・・再来週から開幕までに、射撃競技会はありますか・?・大きいものでなくても良いです・・」
 
「・・そうですね・・クレー射撃で一つと・・ビームライフルがありますね・・地方開催の中規模なものです・・それが何か・・?・・」
 
「・・出場できますか・・?・・」
 
「・・できます・・」これは2人同時に答えた・・。
 
「・・では2人とも、双方に出場して下さい・・課題は、2人とも3位以内の入賞です・・宜しいですか・・?・・」
 
「・・分かりました・・頑張ります!・・」と、レナ・ライス・・。
 
「・・承知しました・・ご期待に添います・・それであの・・?・・」
 
そう言ってエドナが右側から顔を寄せて来たので・・
 
「・・うん・・?・・」
 
「・・優勝できましたら、ご褒美に3時間デートをお願いできますか・・?・・」
 
と、かなりの小声で恥かしそうに訊いて来たので、私は彼女の左手を右手で取った。
 
「・・良いですよ・・ハンナさんに聞いた・?・んじゃない・・君がハンナさんから訊き出したの・・?・・」
 
と、そう訊くと彼女は驚いて左手を引っ込め・・
 
「・・よく・・判りますね・・?・・」
 
そう言って私の右横顔をまじまじと観るので・・
 
「・・何・・ちょっとした勘ですよ・・では、2人とも体調には充分に留意して出場して下さい・・これは厳命です・・」
 
「・・了解・・しました・・」またこれも2人同時に答える・・。
 
「・・アドルさん・・会社の出す艦の種別は判りませんか・・?・・」
 
と、ハル・ハートリーが左側から訊いてくる・・。
 
「・・知らないし、知りたくもないし、興味もないし、関心もないし、関係も無いね・・ただ、艦長とメインスタッフに誰が就くのかぐらいは、知って置いた方が良いんだろうね・・まあどのみち・・来週の金曜日には嫌でも全部判るさ・・それよりもハルさん・・2人のお子さんの面倒を観なければならない貴女を・・作戦参謀に据えてしまって、本当に申し訳ありません・・平日は女優さんとしてのお仕事も入るでしょうし・・もしも大変でしたら・・土日のどちらかだけにして頂いても大丈夫ですよ・・?・・」
 
(私は彼女が配偶者と別居している事を知ってはいたが、口にするつもりは無い)
 
そう言うと彼女は私の右肩に左手を置いて立ち止まらせると眼の前に廻り込んで立ち、私の両手を両手で握る・・周りの皆も驚いて立ち止まる・・。
 
「・・アドルさん・・そう言って頂けて本当にありがとうございます・・感謝しています・・でも、大丈夫です・・お気遣いには及びません・・私の母も叔母も・・家政婦として来て頂いている方もおりますので・・子供の養育については、何の心配もしておりません・・それよりも・・こんなにやり甲斐のある仕事は、本当に久しぶりなんです・・私を皆と一緒に選び抜いて下さって、一緒に取組める仕事を与えて下さり・・皆と一緒に導いて下さるアドルさんには・・本当に感謝しています・・感謝と言う表現では足りないですね・・不謹慎かも知れませんが・・お慕いしております・・ですから、私達の事は一切、気になさらないで下さい・・思いっ切り何でも指示して下さい・・最後まで付いて行きますから・・宜しくお願いします・・」
 
ハル・ハートリーの表情は、先刻観たリサ・ミルズのそれとは少し違うが、縋るようだった・・私は両手を持ち替えて自分の両手で彼女の両手を包み込んで握る・・。
 
「・・ハルさん・・ありがとう・・貴女にそこまで言わせてしまって申し訳ない・・分かりました・・今後私からはもう言いません・・思い切り指示させて貰います・・勝ち抜き続けるためにね・・」
 
「・・ハル・ハートリーが17才に観えるよ・・」と、エドナ・ラティス。
 
「・・うん・・ここにシエナとハンナがいたら、2人とも泣くわ・・」
 
と、エマ・ラトナー・・。
 
私は右手でハル・ハートリーの左手を握り、左手でエマ・ラトナーを手招いて呼び寄せると彼女の右手も握って、そのままもう観えているバスに向かって歩く・・バスの向こう側にはハンナ・ウエアーのエレカーが停まっている。
 
リサ・ミルズとマーリー・マトリンを車内に残して、ハンナ・ウエアーとシエナ・ミュラーが降りて来る・・バスに辿り着いたメンバーと合流して、打ち合わせや確認や指示が行われる・・それは今日、明日、明後日に渡るスケジュールの調整、確認、指示の作業だ・・皆、よくやってくれる・・。
 
終わるとシエナさんとハンナさんを残して、バスで来たメンバーは乗車する。
 
私が運転手に合図すると、彼はドアを閉めてバスをスタートさせた・・。
 
バスを見送る私を2人が見遣る・・。
 
「・・アドルさん・・気のせいかも知れませんが・・ハルの様子が少し変わっているように観えたのですが、何かありましたか・・?・・」
 
と、ハンナさんが少し首を傾げて訊く・・。
 
「・・あ、いや何・・ハルさんに告白されたんですよ・・(笑)・・」
 
これには2人とも仰天した・・。
 
「・・!?・ええ・!?・・本当ですか・・??!・」
 
と、シエナ・ミュラーが少し仰け反る・・。
 
「・・!?・何があったんですか・??・・」
 
と、ハンナ・ウエアーが私の顔を覗き込む・・。
 
「・・ああ、いや・・詳しくはエマさんにでも訊いて下さい・・ただ、その時のハルさんの様子を観ていたエドナさんが・・17才に観えるって言ってました・・」
 
それを聴いて2人とも・・妙に納得したような、安堵したような表情を浮かべる・・。
 
「・・そうですか・・ハルがね・・」と、ハンナ・ウェアーさん・・。
 
「・・分かりました・・詳しくはエマに訊きます・・アドルさん・・予定もありますので、これで失礼します・・また、お会いしましょう・・?・・」
 
と、シエナ・ミュラーさんが私の顔を真っ直ぐに観て言う・・。
 
「・・はい、気を付けてお願いします・・お疲れ様でした・・彼女ら2人もお願いしますね・・また会いましょう・・」
 
そう言って2人の左肩に、軽く右手を置く・・2人とも微笑んで会釈してから車に戻って乗り込み、私を一瞬観てからスタートして行った・・。
 
気が付けば1人で立っている・・結構な朝の散歩だったな・・帰ったらまたポトフを食べて落着くか・・これでウチの近所は大丈夫だな・・
 
私は家に向けて歩き出すと、煙草を出して点けた・・明日社宅に戻るまでは、ゆっくりしよう・・。
 
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